砦の攻防戦
「バルドロウ殿、退却だ。一足遅かった。態勢を立て直しつつ守りを固めるのだ。」
「違う。今こそが機だ。」
「何を?」
「奴らは魔法部隊。こちらの砦を攻め落とした手腕は褒めるしかないが、現在のあいつらに魔力は残っているのか?」
「なるほど……いくらかは回復させているとしても、全員が全回復などできるはずがない。さすがバルドロウ殿だ。」
「まず俺が行く。後から突撃の指示を出してくれ。」
「なんと……単騎で行くと言われるか……やはりそなたはアイリーン殿下の夫に相応しいようだ。」
かつて自国のものだった砦に向かい、ゆっくりと歩くバルド。
近付くバルドに火の魔法が浴びせかけられる。しかしバルドにとっては何の意味もない。矢も混じっているが変わりはない。見事に斬り裂き、前進が止まることはない。
様々な魔法が激しく放たれる。しかしバルドは斬り裂いたり避けたりと、魔法が何の意味も為していない。そしてついに閉ざされた扉、砦の出入口にまで辿り着いてしまった。
「はあっ!」
気合い一閃。扉を斬り落とし活路を開く。その時だ。ホプキンス侯爵の声がかかった。
「突撃! 砦を奪還せよ!」
バルドを先頭に砦内部に突入する。出会うに任せ斬りまくるバルド。なんとホプキンス侯爵もバルドの後方で奮戦している。何やら魔法を使っているようだ。
数時間を待たずして砦を奪還することはできた。しかし勝負はこれからだった。後詰めの軍が南から押し寄せて来たからだ。本来なら魔法部隊と同時に出陣したかったのだろうが、相手国にとっても今回は時間との勝負だ。帝国がメリケイン王国を滅ぼす前に少しでも領土を手に入れる必要があるのだ。セントウル王国も必死だったのだろう。
「バルドロウ殿! 何か考えはあるか?」
「すまん。野戦ならともかく砦の守り方など分からない。だが、もし城門が破られたなら俺が食い止める。」
「なるほど……一部採用だ。城門を片方だけ半分開くのだ! もう片方は決して開かぬよう後ろに巨岩でも置いておけ!」
「さすが侯爵だ。ならばその片方から入って来た敵は全て斬って捨ててくれよう。」
味方は五百に満たない。敵軍は少なくとも二千は超えている。それだけの敵を相手に城門だけでなく城壁を登る敵も撃退しなければならないのだ。各々が死力を尽くさなければ砦は再び陥落してしまうだろう。そしてそうなった時、メリケイン王国の命運は……尽きる。
バルドは斬った。すでに百人は超えているだろう。敵とて無知ではない。メリケイン王国側が精鋭による各個撃破を狙っていることなど早々に見抜いている。それでもなお、わずかに開かれた城門を突破できないでいた。破城槌を叩き込むことはもちろん、火の魔法で燃やす方法は試みている。しかし、城門上からの抵抗が激しく迂闊に近寄れない。通常の兵士だけは素通りできている、いやさせられているのだ。
夕暮れ時。セントウル王国側は軍を引いた。しかし、それは一旦引いただけであって撤退したわけではない。だがバルド達は休息を取ることができる。
「交代で休憩をとるのだ! 半数ずつだ!」
「侯爵は夜襲があると見ているのだな?」
「ああ、必ず来る。違うか?」
「違わない。俺は城門前にいる。そこで寝ているとしよう。夜襲があれば起きる。門は開けておいてくれていい。」
「うむ、頼んだ。何という豪胆さよ。」
バルドは体は眠っても物音がすればすぐにでも起きて対抗すると言っているのだ。昼からずっとバルドの活躍を見ている兵士達は皆、羨望の目で見ている。侯爵が集めた兵なので剣奴上がりはおらず、一般兵がほとんどだ。バルドの強さを聞いてはいたが、いざ目にすると感嘆を禁じ得ないでいた。炎姫アイリーンが婿に選ぶのも納得だと。
嫌がらせ程度に数回の夜襲を経て、朝を迎えた。少し眠いバルドだが、今頃アイリーンも戦っているのだと思うと力が湧いてきた。しかし……昨日かなり数を減らしたはずのセントウル王国の兵が、増えていた。その数およそ、三千……
「セバスチャン、伝令は送ってあるな?」
「はい。昨日の夕方に出しております。」
「ならば……援軍の到着まで持ち堪えるしかあるまいな……バルドロウ殿にばかり負担をかけてしまうが。」
セントウル王国の攻撃は激しかった。早くこの砦を落として中心部まで進軍しなければ近隣一帯を帝国に牛耳られてしまうという焦りもある。
そして昼。ついにバルドに傷が付いた。今まで見事な見切りで傷一つ負わずに戦い続けていたバルドがだ。剣先も鈍っているように見える。じりじりと疲労が襲いかかっているようだ。しかし、まだ砦は落ちない。
そしてまた夜を迎えた。
その頃アイリーンは……




