風雲急を
「バルド、起きているか……」
「起きた……おはようアイリーン……」
バルドの腕枕で眠っていたアイリーン。目を覚ましたものの、どのように声をかけていいのか分からず、事実確認だけをしてみたのだ。
「妾は……肉欲に溺れる女は愚かだと思っていた。自制もできない半端者だと。何のことはない……半端者は妾の方だ。」
「俺もだ……休みの度に娼館に行く仲間を、バカな奴だと思っていた……だが今ならあいつらの気持ちが、分かる気がする……」
「ふっ、ならば今の我らは二人揃って一人前だな。バルド……そなたが愛しくてたまらぬ。」
「アイリーン、俺もだ。今ほど生き残ってよかったと思うことはない。」
朝から抱きしめ合う二人。このままベッドに沈み込むのかと思われた時、乱入者が現れた。
「殿下! 火急の知らせでございます!」
侍女だった。通常ではあり得ない行動にアイリーンは一瞬にして目が覚めた。
「何事か!」
「申し上げます! 帝国が攻め込んで参りました! すでにアフサカ谷が突破された模様! 一番隊は全滅との知らせです!」
「バカな!」
バルドが怒鳴るのも無理はない。王国で一番の精鋭部隊、それが一番隊なのだ。仲間達の実力はバルドが一番よく知っている。
「分かった。バルド! 出陣だ! 妾とそなたならば! 帝国一万騎が相手だろうと必ず勝てる!」
「あ、ああ! 行こう!」
手早く指示を出し軍を編成する。どうにか千人程度の軍備が整ったところで、さらに伝令が来た。
「申し上げます! 南の国境が攻められております! セントウル王国の魔法部隊が中心となっている模様!」
「くっ、今が好機と見たか……バルド! そなたは南だ! 魔法を斬り裂けるのはそなただけだ!」
「そん、な……」
「心配するな。妾を誰だと思っておる。剣姫アイシャブレの娘、炎姫アイリーンだ。母上が守り抜いたアフサカ谷を抜かれたのだぞ! 妾が取り返せば丁度よいわ! 帝国など全て燃やし尽くしてくれる! それよりそなただ。必ず無事に帰って来るのだぞ?」
「あ、ああ。絶対帰ってくる。アイリーンも無事で……」
心配を隠しきれない表情でアイリーンと話すバルド。初夜から一転して亡国の危機なのだ。
「殿下! お待たせいたしました!」
「おおシンクレア! それにホプキンス侯爵も!」
「南への援軍は私が指揮をしましょう。シンクレアは殿下と共に。」
「よかろう! ホプキンス侯爵よ! 見事南の国境を守り抜くのだ! バルドは預ける! くれぐれも使い道を誤るでないぞ?」
「御意。バルドロウ殿、ご助力お願い申す。」
「ああ、全力を尽くす。」
アイリーンは最後にバルドに口づけをして出立した。背中を見つめるバルド、しかし彼にも時間はない。国を守れるかどうかは時間との戦いなのだから。
「バルドロウ殿、此度の奇襲をどう見る?」
ホプキンス侯爵が話しかける。
「分からない。ただ、一番隊が全滅したと聞いた。アフサカ谷で戦う限りそれはほぼ不可能に近い。ならばアフサカ谷を迂回する道を開拓したか、それとも……」
「それとも?」
「あり得ない話だが、何者かが内通するなりして国境の門を開いたか……」
「なるほど。ならば南についてはどうだ?」
「それこそ分からない。帝国が我が国を攻め落としてからでは遅いので慌てているのではないか?」
「ふっ、そなたを野良犬だ賎民だなどと言った者どもはとんだ節穴だったようだ。私の見解と同じだよ。南のセントウル王国にしてみれば、帝国がこの国を獲るようなことがあれば明日は我が身。逆に先に押さえてしまえば帝国や他の国々に対して優位に立つことができる。恐るべきはその情報収集の早さだがな。」
「なるほど。さすがの慧眼、恐れ入る。」
「なんの。バルドロウ殿こそ魔法を斬るなど前代未聞だ。魔力の切れた魔法使いなど赤子も同然。期待させてもらおう。」
「ああ、全力を尽くす。」
こうして夕方にはホプキンス侯爵率いる王国軍五百が南の国境を守るガイウス砦に到着した。そこでバルドが見たものは、敵国の旗が高々と掲げられた砦だった。
一足遅かったのだ……




