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第五話 『三日月』

 我らがアズワール王国では十五歳になればその時点で大人としての扱いを受けることになる。

 具体的に言えば、婚姻が可能になる。

 ところが、たとえ婚約者を持つ貴族の子女でも、十五歳を迎えると同時に結婚することは稀である。

 単純な話なのだが、十五歳を迎えた時点ではまだ働いていないからだ。

 働くことが可能になって初めてわかることがある。

 その人間の優秀さを現す一つの指標、つまり就職先である。


 ――例えば軍に入団したとして、配属先はそれこそピンキリである。

 エリートコースに乗れるか否かは、入団するまで分からない。

 そして、少しでも優秀な子を作り、家を繁栄させていくためにも、貴族はその婚姻相手をしっかりと見定める必要がある。

 如何に家同士の結び付きが重要であるとはいえ、無能を引き取るわけにはいかないのである。


 少しでも良い就職先を得るために、必要なのが学び舎での成績である。

 貴族の子女は、その殆どが十歳から学校に通っている。

 卒業して就職するのは、十五歳を迎えた後、最初の年明けである。

 つまり五年間で、どれほど優秀な成績を収めたかによって、エリートコースに乗れるかが決まっていく。

 エリートコースに乗れなくても、一般的な成績であれば、よほど高位の家と婚約をしていない限り問題にはなりにくい。

 しかし、あまりに酷い成績、就職先であると、婚約破棄は免れないのである。


 十五歳未満の子供が通う学校にはいくつかの種類がある。

 我ら王国の貴族やよっぽど金銭的に余裕がある平民の子女が通うことになるのが、王立アズワール学院。

 王立学院の特徴としては、全寮制であること。

 これは領地持ちの貴族だろうが、学院のある王都に家があろうが関係なく、全員寮にぶち込まれる。

 学院に入学するまで我儘放題が許された子女たちは、この寮で貴族としての力関係や集団行動のためのルールを学ぶ。

 もっとも長期休暇や何らかの理由がある場合は、帰宅することが許される。

 俺の十五歳の誕生日も、家族と迎えることができたのは、交霊の儀という特殊な儀式を行う必要が認められたからである。


 一方で、一般的な平民が入学する学校は町や村ごとにあるため、本当に多岐にわたる。

 その殆どが町立であり、授業時間は一日二時間程度。

 王立学院が少なくとも一日八時間以上拘束されることを思うと非常に短い時間である。

 これは平民は、子女であっても家にとっては大変重要な労働力であり、学校に長い時間拘束されると困るからだ。

 それでも最低限の読み書き等は教わることができる。

 また希望者には、二時間の授業が終わった後、税や法律、最低限の武術や魔法等の授業が行われる。

 これは主に、家業を継ぐのが難しい子や比較的余裕がある家柄の子が、国に仕えるために受ける授業であり、必須ではないそうだ。


 さて、アベール子爵家の三男たる俺が通っているのは当然王立学院である。

 交霊の儀も無事終了し、すぐに寮に戻ったのだが、相変わらず就職先が決まってはいない。

 好成績を維持しつつも、就職先が未定という非常に珍しい状況に陥っている俺を見る周囲の目は、大きく二つに分かれている。


 一つは、同情的な視線である。

 多少なりとも事情を推察する程度の頭があれば、爵位だけ見れば高位とも言えぬ子爵家の三男が、国の派閥争いに巻き込まれていることを、不憫に思うだろう。

 この目線の人間のグループは更に二つに分かれており、一方は俺の友人たるグループ。

 もう一方は、君子危うきに近寄らずグループである。

 要するに巻き込まれたくないから揉め事には近づかない人たちだ。

 とはいってもこちらを攻撃してくるわけでもないので、俺としては有り難い話である。


 厄介なのはもう一つの視線である。


「おや? おや? おや? 君はハルト・アベール君じゃないか! この栄えある王立アズワール学院に! 卒業まで残すところあと3ヶ月なのに! 未だ! 未だ! 未だ就職先が決まらない! 役立たずのハルト・アベール君じゃないか!」


 ――自分の見たいものしか見ない人間性。

 自分たちより爵位の低い家柄の人間が、自分たちより成績が良いことに我慢ならない。

 そして、自分たちが努力して上昇するのではなく、他者の足を引っ張り、相手を自分たちより下位に引きずり下ろす。

 典型的な鼻持ちならない貴族というのも、ここアズワール王国には存在する。


「もしも! もしも! もしもだよ! そんな惨めな立場に! この私が陥ったら! 恥ずかしくて天下の往来を歩くことなんて出来るはずがない! そんな立場になったら! 祖国に迷惑を掛ける前に! 家に迷惑を掛ける前に! その首を自ら刎ねてしまうべきだと思うが! どうかね? ハルト・アベール君?」


 子爵家というのは、貴族としては決して高位とは言えない爵位である。

 そんな子爵家の跡継ぎですらない三男が誰よりも高評価を取り続けていたことは、彼らのような人種を憤懣遣る方無い心持ちにさせてしまっていたことに気づいてはいた。

 気づいてはいたが、そんな彼らからの悪意より、家族の期待に応えるほうが忙しかったので、敢えて無視してきたわけだ。


「どうした? どうした? どうしたんだい? なんで返事をしないんだい? ハルト・アベール君?」


 授業を終え、教室で帰宅準備をしていた俺に、鼻息荒く近づいてくる貴族。

 金髪をキノコのようなオカッパにし、その顎は常人の3倍近く、緩やかに上向きにカールしている。

 下卑た笑みを湛えて、口を歪ませながら、ゆっくりとこちらへ闊歩してくるのは、アズワール王国が誇る三大公爵家が一つ、ドレーン公爵家の長男。


「これは、カストロ・ドレーン様。お心を煩わせてしまい、申し訳ありません」


 ドレーン公爵家は、王国東方部の広大かつ肥沃な土地を治めており、その恵みの大地はアズワール王国の食料庫とも呼ばれている。

 また当主フルーム・ドレーンの弟たるシルド・ドレーンは近衛騎士団の団長を務めており、まさに王国が誇る貴族の中の貴族。

 その正当後継者たるカストロは、つまりどれだけ面倒な奴でも、たかが子爵家三男が無視することは許されぬ高貴な存在である。

 自然、俺が取り得る対応というのは、感情を表に出さぬよう、強張った笑みを浮かべての返答ということになる。


「相も! 相も! 相も変わらず! そのような生意気な態度! 貴様! 多少なりとも慎もうとは思わぬのか!?」


 お前が話しかけてきたのに、敬語で返答したら生意気になるってどうすりゃいいんだよ。

 なんて考えは露ほども表さず、顔には乾いた笑いだけ貼り付けて堪える。


 顔の造形に加え、話し始めに必ず三度繰り返すその様から、ついたあだ名は、三日月公爵。


「申し訳ありません。ドレーン様の仰るとおり、私は未だ就職先の決まらぬ恥ずべき身でありますれば。今後は更なる精進を重ねる所存です」


 そう言って頭を下げる俺に対し、にやけた顔で近づいてくるカストロ・ドレーン。


「今まで! 今まで! 今までのお前の成績は! 一体何だったんだ? 親のコネでも使って成績を上げてもらってたか? えぇ? 貴族の面汚しが」 


 むんずと俺の髪を鷲掴みにし、無理やり顔を引き上げ笑う。


「貴様! 貴様! 貴様のような下賤な者! どれだけ偉そうにしようとも、見抜ける者には見抜けるということだ! そのうえ、此処までコケにされても何も言い返すこともできぬ腑抜けとは!」


 至近距離でそれはもう嬉しそうに俺を罵りながら、なおも言い募る。


「所詮! 所詮! 所詮貴様は貴族の家を継ぐことのない三男! 化けの皮が剥がれた今となっては、勤め先もなく、緩やかに死を待つだけだろう? そのような! そのような! そのような惨めな生は送りたくないだろう?」


 俺の髪を掴んでいた手を離し、その手を自らの腰もとに携えた剣へ伸ばす。


「今! 今! 今ここで! そのくだらない生を終わりにしてはどうかね? 貴様! 貴様! 貴様が望むなら、その首を刎ねてやってもいいぞ」


 するりと抜き放たれた剣は、公爵家長男が持つに相応しい光沢と鋭さを併せ持つ。

 凡そ1メートル程度の剣身が、俺の首もとにあてがわれる。

 阿呆だとは思っていたが、こんな衆人環視の中で、よくもまぁこんな手段とれるなぁと逆に感心してしまう。


 さて、このまま適当に話をして去ってもらえるならそれで良かったのだが、そうもいかないか。

 それならばと、この状況を変えるために俺は――その剣身に向かって自らの首を押し当てた。

明日は第六話投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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