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第三話 『結ばれた契約と解けそうな絆』

いつも読んでいただきありがとうございます。

ブックマークや評価を入れてくれる方も日々少しずつ増えて、本当に嬉しいです。

『やる気! 元気!! 狸!!!』の勢いで頑張って書いていきたいと思います!

「どういうことか、きちんと説明してくれるかい? ハルト」


 家族の心配ごもっとも。

 ところが、正直に前世の話なんかしても「可笑しいのは顔だけじゃなかったんだね、ハルト」とか言われたら立ち直れない。

 適当に誤魔化すしかないわけだが、中途半端に情報を垂れ流した酔いどれ鬼のせいで、辻褄合わせが大変そう。

 そうなると抜くしかないよね、伝家の宝刀。


「――話はのちほど必ず。今は契約を」


 秘技、臭い物に蓋。

 目前の問題から目を背け、一旦後回しにすることで、その場逃れを敢行する。

 この技の弱点は、先送りしたことによって問題が悪化することが多々あること。


「分かった。必ず後で聞かせてもらうよ」


 こちらを見向きもせず返事をした父親は、そのまま横へ一歩。

 俺と酒呑童子を遮るものは何もない。


「――汝、名を」


 儀式を進めるため、静寂の中、声を発する。


「酒呑童子」


 空気を読んだのか、落ち着いた声で名乗る鬼。

 先ほどの激情は鳴りを潜め、それでもなお、鬼の双眸に燃え盛る炎を幻視する。

 熱量を感じるのだ。

 永遠の時を生き、手に入らぬものなど何もないだろう、妖の頂点たる存在。

 それほどの存在が、わざわざ俺から何を欲するのか。


「我、ハルト・アベール。汝、酒呑童子との契約を欲す。我の血と感情を引き換えに汝の力……」


 血と負の感情から酒を醸造する鬼なんだから、代価はこれかなと当たりをつける。

 粛々と決められた通りに歌い上げる俺に対して酒呑童子は再度吼える。


「否! 儂の望みはただ一つじゃ!」


 この世の道理など知ったことかと圧し折るように声を張る鬼。

 俺ごときに何をそんなに求めてんのか。

 その渇望に、正直応えてやれる自信がない。

 なんせ何も覚えていないんだから。

 ――それなのに、俺の胸にはなぜか確信めいた予感があった。


「……分かった。世界中の旨い酒を飲み交わそう。酒呑童子」


 手順通りに進まないことに苦笑いしつつ、俺は右手を差し出した。


「相分かった! 交わした約定を違えぬ限り、儂は必ず小童――晴人の力となると誓おう」


 そうして悪鬼は俺の手を握った。






「……さて、ではハルト。約束通り、説明してくれるかな?」


 酒呑童子との契約を無事に交わした直後、未だ地下室にいるにも関わらず始まったのは、父親を中心とする家族からの追及だった。

 もう少し落ち着いた場所で、とは言える状況じゃないですよね。


 しかしどう説明したものか……。

 俺としては、今生の家族に含むところはないが、それでもやっぱり前世の話をするのは、正直なところ気が引ける。

 この十五年間、家族はたっぷりと愛情を注いでくれたと思っている。

 その愛情に応えられているかは分からないが、同じように愛情を持って接してきたつもりだ。

 だが、俺の中にはハルト・アベールとしての自我だけでなく、安部 晴人の記憶が確かにあって。

 それを知った家族が俺をどんな目で見るのかと思うと、素直に怖い。

 

 感情面だけでなく、貴族の責務から考えてみても、家族が俺の存在を異質なモノとして排除する、という結論に達する可能性は非常に高い。

 国防の要であり、先の戦争において英雄となったユジン・アベールが当主を務める、アズワール王国唯一の死霊術士一族――アベール子爵家として、万が一にも怪異に呑まれ狂気に堕ちた人間を輩出するわけにはいかないのだ。

 前世がどうのこうのとか、そんなイカれた話をしだす奴を貴族として放っておくことなどできはしない。



「……黙っていても何も解決しないよ。それとも、家族に話すことが出来ないような疚しいことをハルトはしたのかい?」


 押し黙る俺を見ながら、あくまで優しげに話しかけてくる父親――ユジン。


「――誓ってアベール子爵家の名を汚すような、恥ずべきことはしておりません」


 俺は何もしてないし、それは恐らく間違いない。

 異世界転生を果たすための呪文や儀式なんて、糞親父から習った覚えもないし。


「では何故なにも話してくれないんだい? 家族が信用できないかい?」


 十歳の誕生日に記憶が戻ってから、二度と前世に戻ることはできないと諦観の念を抱いた。

 前世の記憶は記憶として、今生を家族や民と精一杯生きていこうと誓った。

 親より先に逝くことになった前世を繰り返さないようにと。

 家族に悲しみや苦しみを覚えさせないようにと。

 俺は俺なりに努力を重ねて、自分の記憶にも折り合いをつけてきたのに。


「それは……。」


 それがこんな形で失われるとは思わなかった。

 どう説明すれば、家族を、今生を失わずにすむのか、見当もつかない。


「……それは?」


 促すようにして父親が俺の瞳を見つめる。

 今はまだその瞳には優しさが灯っている。


「あまりに荒唐無稽な話なので…」


 その灯りが消える瞬間を見たくはないと、俺は顔を伏せて応える。


「信用してもらう自信がない?」


 態度を変えることなく、あくまでも優しく問う父。


「仰る通りです」


 俺の言葉を最後に、静寂が部屋を包んだ。

 今まで父親の言葉に対し、ここまで頑なに返答を拒んだことはない。

 自分で言うのもなんだが、出来の良い末っ子というポジションを確立していただけに、家族の不安も一入だろう。


「そうか……。では、ハルト。言い方を変えよう」


 やがて父・ユジンは口を開いた。

 一瞬の間は、きっと一人の父親として末の息子の心情を思い、このまま聞かずにいようかと、そうやって悩んでくれた時間なのだろう。


「……父上」


 だが、アベール家は貴族なのだ。

 ユジン・アベールは、一人の父親である前に、一人の貴族であることを求められるのだ。


「アベール子爵たるユジン・アベールが命ずる。事の経緯を一切の隠し事、嘘偽りなく説明せよ。その話を信ずるか否かは、全てを聞いたうえで私が判断する」


 こうして俺は、前世で死に、そしてこの世界へ転生した全てを話すことになった。

 俺もまた、貴族家の一員であり、当主の命令に背くことは許されないのだから。

明日は第四話投稿予定です。


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