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第二話 『契約の時』

「では、これより成人の儀を始める」

   

 救世教会は、アズワール王国の国教である。

 唯一神を崇めており、その神の名を呼ぶことは不敬とされる。

 つまり、誰も名前を知らない神様なのである。

 

 特段、他宗教に対する弾圧等も行っておらず、また、教義も非常に分かりやすいため、アズワール王国の国民の大半は、救世教会の信者である。

 貧民に対する炊き出し、時間を知らせる鐘の管理等に、成人や結婚、出産の儀式と本当に生活に根付いた宗教だと思う。 

 

「成人を迎える神の愛し子よ、前へ」

 

 深緑の軍服を着用し、腰のベルトに短杖を差しているのは父親と長兄。

 青を基調とした騎士服にきっちりと着こなし、腰に剣を携える次兄。

 上半身は体のラインに合わせほっそりと、スカート部分はふんわりと膨らませた山吹色のドレスに身を包んだ母親。

 高齢の神父の指示に従い、家族の並んだ列から一歩前に出るのは、黒のローブ――学生服姿の俺である。


 厳粛な空気で行われるこの儀式は、様々な意味を持つ。

 子が成人となるということは、本人にとっては旅立ちの時である。

 その子の親にとっては、無事に子を育て上げた、一区切りのタイミングでもある。

 アズワール王国にとっては、働き手が増えたことを示すし、救世協会にとっては寄付金を集める大切なイベントだ。

 

 純白の神官服に身を包んだ神父が祝詞を唱える。

 すると、神父と黒の学生用ローブを着た俺に天井から光が降り注ぐ。

 

 光の魔法の一種。

 特段効果はない。

 光が指定された地点に降り注ぎ、その場所を照らすだけの魔法。

 光魔法に適正があれば、誰でも使える魔法だが、教会内部で見るとなにやら荘厳な気がするから不思議だ。

 初めてみたときは、長兄の成人の儀の時だった。

 それ以来、俺はこの魔法を内心で『スポットライト』と呼んでいる。

 そんなには派手じゃないけど、狙ったところだけ光らせるんだからスポットライトだろ、こんなもん。


 一生自分では使うことのできない魔法――スポットライトに思いを馳せつつも、無事に成人の儀を終えて、帰宅する。

 ここから先は我が家、アベール子爵家で連綿と続いてきた交霊の儀である。


 アベール子爵家に名を連ねる者は、死霊術以外の魔法を使用することができない。

 どれだけ訓練しようが、一切使用することができない。

 魔力に乏しいと言われる平民ですら、可哀想な子を見るよう眼差しを向けてくる。

「貴様は一家の恥さらしだ!」と才能がなさ過ぎて捨てられた子供ですら、俺たちを見ると手を差し伸べてくる。

 使えないっぷりが極まってて泣けてくる。


「死霊術という魔法をその手にしたときから、我らはそれ以外の全てを捨て去ったのだ」


 アベール家の初代が残した言葉である。

 生活魔法すら使えないため、子供でも出来る身の回りのことが、何一つできない。

 その割には、偉そうな言葉を残したオッサンだなというのが正直な感想である。


 では、そこまでして手に入れた死霊術というのはどのような魔術か。

 とどのつまり、死霊術というのは、あらゆる怪異を使役する魔法である。

 使役とは言うが、実際は代価を捧げて力を貸してもらっている。

 もちろん、自分の魔力を代価として行使しても、それなりに力を奮うことはできる。

 しかしながら、より高位の存在、より強大な力を使役するためには、代価として魔力以外にそれなりのモノが必要になってくる。

 そこで必要となるのが契約である。

 高位の存在の要望を聞いたうえで、それが提供できそうなら契約を交わす。

 そうするとこちらが契約を遵守する間は、その強大な力を奮うことができるようになる。

 

 いきなり見ず知らずの人に「この死ぬほど重い荷物を運ぶのに手を貸せ! 金はないしお礼を言う気もない!」って言われて手伝う人ってあんまりいないでしょ?

 これが、「運んでくれたら一個当たり一万円お支払いしますので、手伝って頂けないですか?」って言われたら、手伝うことあるでしょ?

 もっと言うと友達だったら、「そんなにいらんわ! でも晩飯はおごれ!」だけ言って手伝ったりするじゃん?

 

 そのための契約相手を探すことを交霊の儀と呼ぶ。

 この儀式はアベール家以外には全くもって不要な儀式であるわけで。

 そうなると当然救世教会ではこんな儀式やっていないわけですよ。


「それでは交霊の儀を始めるわけだが、手順については頭に入っているかい?」


 後方にいる父親から優しく声を掛けられる。

 本当にこの父親の優しいことよ。

 こういう儀式のたび、いちいち茶々を入れて邪魔してきた前世の親父とは比ぶべくもない。

 そもそも、交霊の儀を行うのに必要な人員は、本来契約を結ぶ当事者だけ。

 つまり俺だけでよいのだが。

 儀式部屋――アベール邸の地下室の 部屋の中心に敷かれた魔方陣の前に立つ。

 その俺の背後には、父を筆頭に家族一同勢揃いである。

 授業参観かな?


「はい、父上」


 振り向くことなく返事をする。

 目を瞑り、身体を循環している魔力を意識する。

 ゆっくりと右手を魔方陣の上へかざしながら、指先から魔力を注いでいく。


「世を遍く包む終焉の 最奥に座す 我が盟友にして死の体現者よ」


 この世界に転生して、身体に霊力があることには安心したが、この世界ではそれを魔力と呼ぶ。

 使い慣れた力を失うことなく、こちらの世界では大っぴらに利用できるのは有り難かった。

 同じくらい、学友が手から炎とか風とか光とか、派手な魔法を使ってるのが羨ましかったけど。


 ちなみにこの交霊の儀、兄二人の時は俺も参加していた。

 長兄は、リッチと契約していた。

 父親のそれと同じく長兄のリッチもまた配下を多数従えており、数による蹂躙を得意とする。

 次兄は、単騎でしか召喚できない代わりに、特に近接戦闘において強大な力を有する、騎士霊デュラハンを召喚した。

 なかなか、高位の死霊を召喚した兄二人を見て、俺も早く交霊の儀に臨みたいと胸を躍らせたものだ。


「我が望むは力 等しく訪れる最期の時まで 世の理不尽を振り払うため 手を携え共に往かん」


 ……どうでもいいけど、呪文の中二病っぽさが凄いな。

 俺が中学生だった頃のノートに書いてある”最強の呪文”と変わらんレベルだぞ、これ。

 というか、あのノートどうなった?俺が死んで、あのノートが親父の手に渡ったのか?

 他人の傷口に塩とレモンを同時に揉み込むような、あの親父の手に?詰んだ……。


「汝の力を我の力とし 汝の望みを我の責務とする」


 魔方陣に注がれた魔力は、今度は魔方陣をなぞるように循環する。

 そして、魔方陣が魔力で満たされると、その中心から、いつか見たような闇が溢れた。


「契約の時は来た! 今こそ顕現せよ! 儚き地の支配者よ!」


 そして『扉』は開かれる。


 魔方陣の中心から溢れだした闇は、ゆっくりと波打ちながら地面を浸食し、部屋全体へと広がっていく。

 その闇からゆっくりと浮かび上がってくる。


 真っ白なざんばら髪と共に目に映るは二本の角。

 真っ赤な皮膚、大きな目玉をぎょろりとさせている。

 裂けたような口には、これまたやけにデカい牙が生えてらっしゃる。

 上半身は裸だが、虎模様の腰巻をしている。

 体つきは一見すると肥満にも見えるが、それらは総て厚い筋肉であり、腰には瓢箪が……って、あれ?


「ガーーーッハッハッハァァァッ! 久しいのう! 晴人よ!」


 こっちの世界の人間とは異なる抑揚で俺の名を呼ぶ。

 ――前世の仇、酒呑童子が立っていた。


「なんじゃ! せっかく会いに来てやったのに、その白けた顔は!」


 まじかよこいつ。

 会いに来るって異世界だぞこっちは。


「まだ、こちらは名乗っていないはずだが? なぜ名前を呼ぶことができる?」

 

 酒呑童子を見上げ、呆然とする俺を庇うようにして、今生の父親が進み出る。


「――なんじゃ? 儂が人違いしているとでも言いたいのか?」


 途端、空気が張り詰める。


「逆立てた黒髪! 生意気そうに吊り上がった目! 何よりこの霊力の匂い! 間違えるものか! どれだけの時! どれだけの世界! 探したぞ晴人! 次は貴様が約定を果たす番じゃ!」 


 鬼が吼えた。

 暴力と呼んで差し支えないほどのプレッシャーがその内より爆発する。


 父親が右手で杖を抜き放つ。

 長兄は母親を庇うように立ち位置を変え、次兄は俺の隣に来るとそっと腰の剣に手を添えた。


 鬼の咆哮は怒りと見紛うような感情の発露だった。

 だが俺には、まるで子供の癇癪――幼子が親を探すために泣き喚くような、そんな風に映る。


 約定とか全く身に覚えがないんだが……。

 確かに俺の名前を忘れないとか言ってたけど、俺なんか約束したか?

 何も浮かばない役立たずの頭を捨て置いて、自然と口をついたのは。


「――あぁ。旨い酒でも飲みに行こう」


 前世日本において、三大妖怪の一柱とされる酒呑童子。

 人の生き血を、恐怖や苦しみといった負の感情を、酒へと変えて魂ごと飲み干す悪鬼。

 俺の言葉を聞いた鬼は、然して破顔した。

明日は第三話公開予定です。

いつも読んでいただいて本当にありがとうございます。

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