第一話 『そして鐘は鳴る』
本日よりやっと第一話です。
アズワール王国では、十五歳から成人として扱われる。
成人として扱われるというのは、つまり婚姻が可能になるということ。
また、十五歳を迎えた最初の年越しの日、学生生活は終わりを告げる。
学生の間に、各々自分の勤務先を決めて、そこに骨を埋めるのである。
本日誕生日を迎え、成人として認められるといっても、まだあと三ヶ月ほど学生生活は残っている。
のんびりと過ごしたいわけだが、一つ大きな問題がある。
俺の就職先が未だ定まらぬことだ。
普通、こんなギリギリまで就職先が決まらないなんてことはない。
卒業日の半年前に就職が決まっていないなんてのは、落ちこぼれたことの証左と言える。
それがなんと三ヶ月前になっても決まっていない。
学生生活を如何に無駄にしたのか……本来であれば、誹りを免れないところである。
しかしながら、言い訳させてほしい。
我が家たるアベール子爵家には、先の戦争において英雄となった父親ユジン。
軍内部で父親の名に恥じぬ活躍をしている長兄ベイリー。
軍より入団が難しく、エリート集団の代名詞とも言うべき近衛騎士団に所属した次兄アランがいる。
それらが引き起こしたのは、軍と騎士団による三男――つまり、ハルト・アベールの取り合いなのだ。
他国との戦争やその抑止力として必要とされる軍において、死霊術士の有能さはアベール一族が代々証明してきている。
父親の活躍は言わずもがな、長兄は若手の出世頭である。
出来れば三男も引き込みたいと考えるのは当然と言える。
一方、王族の最後の防壁を自認する近衛騎士団は、入団テストが非常に厳しい。
血筋や実力、精神面といったあらゆる点において、選別された最上級の騎士。
生半可なものを近衛騎士団に加えることは決して許されないのだ。
そんな騎士団のテストを軽々と突破していった次兄がいる。
騎士団として弟に期待をかけるのも、気持ちは理解できる。
将来は軍へ。
もし本人が希望するなら、騎士団の入団テストを受けさせてみても良い。
そんな風に両親は考えていたと思う。
そんな両親の想いとは裏腹に、軍と騎士団が対立の様相を見せたのだ。
しかしながら、この程度の問題であれば、本人たるハルト・アベールが、どちらかに入団希望を出せば問題は解決するはずだった。
その本人――つまり、俺が追加で余計な問題を引き起こすことさえなければ。
この世界、魔法があるせいで日本に比べて科学の進歩が遅い。
何が言いたいかというと、つまり教養科目たる算数などは、明らかに日本のほうが進んでいるのだ。
十歳の時に日本で大学生だった頃の記憶を取り戻した俺は、学内のあらゆるテストに間違えなかった。
ひたすら満点を取り続けたのである。
貴族たるもの、学ぶべきことは多い。
勉学だけでなく、望む就職先に必要なことをドンドン身につける必要がある。
騎士や軍に入りたいなら、乗馬を覚える必要がある。
魔法や剣術といったものを学んだり、算数や文字の読み書きに加えて、軍規など法律を学ぶ必要もある。
文官を目指すのなら、剣術等は不要かもしれないが、法律や税、アズワール王国の歴史など本当に多岐にわたって学ぶ必要があるのだ。
そのうえ、貴族として必要な礼儀や、典礼についての知識を身につけ、果てはダンスまで。
それらを学びつつ、婚姻相手を探す。
国の為とは言いつつも、低位の貴族にとっては家の存続、発展こそ肝要である。
少しでも良いところに就職するため必死に勉学に励むのは、そのまま良家との縁を紡ぐために必要な行為であるのだ。
さて、ここまで言えば分かってもらえると思うが、俺は非常に有利な立場だったのだ。
日本で大学生だった記憶を持つのだから、算数なぞ再度勉強する必要はない。
魔法については、アベール一族はアベール一族にしか扱えない死霊術を扱うため、適切な採点など学校では出来やしない。
結果、死霊兵の一体でも発現していれば、問題なく合格点が与えられるという環境なのだ。
1日25時間のこの世界で、仮に貴族の子女の平均学習時間が10時間だったとする。
その10時間を割り当てる学問の数が、俺は他の子女より少なくて済んだわけで。
真面目にやれば、そりゃ周囲より成績も良くなるという寸法だった。
「あらゆるジャンルで常に好成績を取り続ける人間であれば、わざわざ軍や騎士団でなくとも、十分以上の活躍が見込まれる。是非その能力を活かして欲しい。」
軍、騎士団と並ぶ国の最重要機関の一つ。
行政府の長、宰相閣下直々のお言葉である。
俺の溢れんばかりの才能が、世界に火をつけちまった。
全く、罪な男さ、フッ。
なんて冗談をかます余裕は一晩で消えた。
金食い虫の軍と行政府は予算を巡って日々争っている。
先の戦争を経験した軍は、騎士団を実戦未経験の青瓢箪どもと馬鹿にし、それを受けて騎士団は、軍を血筋も実力も低い野蛮な奴らだと見下している。
そんな騎士団は、王家の方々に侍るのに必要だと嘯いて、高額の経費を行政府に請求する。
もともと軍、騎士団の綱引き状態だったところへ、行政府が参戦した。
三つ巴の様相を呈するようになって、もう二年近くなる。
こうなってくると俺やアベール家の意向はあまり関係がなくなってしまう。
軍も騎士団も行政府も、そのトップは侯爵家以上の家柄である。
如何な英雄といえど、子爵程度の爵位では口を挟むことなど許されない。
というか変に口を挟んで、どこかに肩入れすることになれば、他の二組織から攻撃される羽目になる。
結果として、俺の就職先は宙に浮いたままである。
正直嫌気が差しているが、俺にこの争いを止める術はない。
どうせ俺は爵位を継ぐことはないんだから、いっそ冒険者にでもなって世界を旅しようかとも考えた。
ところが、なんだかそれは無責任な気がするのだ。
たとえ爵位を継ぐことはなくとも、民の税で生活し、貴族としての恩恵を十五の年まで享受して、爵位が継げないから旅に出まーす!、ってのはちょっと恩知らずみたいで嫌だった。
そして俺は、就職先が決まらぬまま十五歳の誕生日――今日を迎えることとなった。
頭上より、鐘が鳴る音が都合七回。
成人の儀の刻限である。
第二話は明日更新予定です。