プロローグ4 『安部 晴人、そしてハルト・アベール』
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「ハッハーッ! そこまでの覚悟があったか! もしや、先ほどの四人に貴様の女でもいたかのう?」
沈みゆく俺に対して、鬼は天晴れと大笑いしながら問うてくる。
一時的にあの世へ送り返したところで、すぐにこの世へ渡ってくる気満々だろうに。
酒呑童子を抑えるために、俺が取り得る方策はふたつ。
――ひとつは、一時的にあの世へ送り返し、鬼がこちらへ再度渡ってくる前に死に物狂いで逃走すること。
命を守れるかは賭けだが、親父が戻るまで耐えきれば、俺の勝利と言える。
唯一欠点があるとすれば、鬼から逃げている間、他者の生命を犠牲にするしかないということだ。
親父の背中を見て育ち、その姿を目標とした俺がこの作戦を選ぼうにも、なけなしのプライドが邪魔をするのが目に見えている。
「男の知人はいたよ。でも命を張るほど親密じゃないな」
――必然、残りの策を実行するしかない。
鬼と共に沈み、『扉』をあの世側から開けられぬように、この身を盾とする。
自らを人柱として閂をかけることにより、この『扉』は二度と開くことがなくなる。
あの世側から閂をかけても簡単に開けられそうなら、ドアノブをぶっ壊すとか、鍵穴を潰すとか、比喩表現は何でもいい。
重要なのは、命を代償にすれば、謂れのある道具がなくとも疑似的な封印が行えるということ。
「ほぅ。ではなぜじゃ?なぜ命を張ったんじゃ?」
こちらの瞳を覗き込みながら問うてくる。
既に胸まで沈み、ほとんど首から上しか動かすことができないのに、器用なことだ。
「――俺がこれを仕事に選んだからだ」
俺はこの仕事に誇りを持っている。
親父や一族が積み重ねてきた歴史を誇りに思っている。
一族に名を連ねる者として、親父の背を追うことを選んだ者として。
理不尽が通り過ぎるのを、ひたすら待つだけの存在にはなれない。
「そんなもんのために命を捨てたかッ! 小童! あの世できれい事は通用せんぞッ!」
途端に牙を剥き出しにして、鬼が吼える。
プライドをそんなもの扱いされるのは癪だが、命とプライドなら命を大切にする人の方が多いのは理解しているつもりだ。
だが、ここで命を選ぶなら、最初からこの道を選んだりはしない。
「そうか。まぁでも、それならそれでいいさ」
俺の瞳に曇りはない。
自らの実力不足は悔いても、この選択を後悔することだけはない。
何度生まれ変わろうとも、俺は必ず同じ選択を繰り返す。
「この仕事に、自分の目標に、命を懸ける価値があると俺は思っている。鬼だろうがなんだろうが、俺の内心にまで口を出すんじゃねーよ。おまえは俺の親父じゃねーぞ」
首まで沈んだ鬼に向かって、おどけたように返した言葉は誓って本心そのものだ。
口調は軽くても、思いの丈は鬼へと伝わったようだ。
「……小童。名を聞いておこうかのう」
代々、霊媒師の家系として、悪霊を祓い、霊障を除き、そうやって世に安寧をもたらすために命を懸けてきた一族。
その末席を汚す俺の名は。
「霊媒師、安部 晴人」
「……その名、決して忘れはせぬぞ。晴人よ」
そして、俺たちは闇へと沈んだ。
これが俺の持つ「安部 晴人であった頃」の最後の記憶である。
「おはようございます。ハルト様。お召し替えに参りました」
ベッドの上で微睡んでいると、扉の外より声がかかる。
二度寝せぬようにと、ベッドの脇にある窓のカーテンは既に開けてある。
朝陽が差し込む窓から庭を見下ろせば、今の時期なら赤や橙、紫に白と色鮮やかなダリアの花が目に映るだろう。
「あぁ。おはよう」
俺の返答を待ってから入室してきたメイドに身を任せ、着替えを済ませる。
ちょうど五年前――十歳になる誕生日の朝に、俺は前世の記憶を思い出した。
最初は混乱もあったが、それも一週間程度もあれば落ち着いた。
こちらの世界で過ごした十年分の記憶と、日本で大学生だった頃の自我。
双方によって、現実に折り合いをつけることに成功したと言うのが正しいかもしれない。
着替えが終わると、朝食のためダイニングに向かう。
日本と文明レベルが違うのも当初はきつかった。
救いだったのは、新しい我が家は貧困とはかけ離れた家柄――貴族だったことだ。
「……おはようございます。父上、母上、兄上方」
既に席についていた、両親と兄二人に挨拶をする。
「おはよう、ハルト。さぁ、席に着きなさい」
父親に促されて席につく。
線は細く、黒髪を肩まで伸ばした父親は、一見すると陰気にしか見えない。
ビン底のように丸いフレームに分厚いレンズをした眼鏡のせいで、余計にその印象が強い。
深緑の軍服を身に纏い、落ち着き払った様子で腰かけている。
ユジン・アベール子爵。
我らがアズワール王国において、唯一の死霊術士一族。
他の系統の魔法が使えない代わりに、この一族は死霊術とよばれる類いの魔法に特化している。
その正当な後継者であり、先の戦争においては、大量の死霊兵を動員することで、たった一人で砦を守り切った英雄である。
しかし、使う術と見た目から、国内での評判はイマイチ。
なんというか、絵にならない。怖すぎて。
「ハルト。誕生日おめでとう。今日でハルトも十五歳ね」
母親――ミランダ・アベールが微笑みながら話しかけてくる。
豊かな金髪をハーフアップにまとめているこの女性。
手首なんか折れそうなほど華奢な身体をしている彼女だが、旦那の分を補うかのように、ハツラツとしている。
その身に向日葵の如きオーラを纏い、あちらこちらへと興味の赴くまま駆けていくのをよく見る。
若かりし頃、ユジン・アベールの見た目や噂に恐れを抱くことなく、夜会で話しかけ、そのまま結婚することを決めたそうだ。
そのくらいの行動力がある人じゃないと、この父親のハートを射止めるのは無理そうだもんな。
「七の鐘が鳴ったら儀式を行う。成人の儀と、交霊の儀だ」
「堅くなるなよ! 俺も兄貴も成功したんだ! ハルトも大丈夫に決まってんだからさ!」
本日のスケジュールについて話しかけてきた長兄。
母親譲りの金髪を父親と同じ長さまで伸ばしている。
アベール子爵家の正当な後継者であり、入隊から4年しか経っていないにも関わらず、既に軍内部で頭角を現している。
父、ユジン・アベールと同じように将来、国防の要となることを期待されたベイリー・アベール。
父親と同じ深緑の軍服に着替えを済ませ、しかつめらしい表情で、姿勢正しく席についている。
一方で、金髪を短く刈上げた男が肩をバシバシ叩きながら陽気に声をかけてくる。
次兄、アラン・アベール。
父親や長兄とは違い、近衛騎士団に所属した。
入団から二年ほどのため、まだまだ雑用係だとは本人の言。
青色を基調とした騎士服を少し気崩しながら、俺を手荒く迎えて入れてくれる。
彼は多分に母親の性質を継いだらしく、そこに陰気さはない。
「はい、兄上」
前世の俺は、輪廻転生があるかもとは考えていた。
俺は俺から形を変え、それでも同じ世界に生まれるものだと、なんとなく信じていた。
しかし、蓋を開けてみれば、異世界転生。
「事実は小説より奇なり」と心の底から実感する毎日である。
兎にも角にも、俺はハルト・アベールとしての生を手に入れたのである。
これにて、プロローグは終わりです。
明日からは第一章本編となります。
楽しんでいただけるよう、一生懸命頑張ります。




