表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/50

プロローグ3 『そろそろお分かりいただけただろうか』

初めての評価に興奮が冷めやらぬ状態のため、少し文字数多めです。

「――我が家には、神便鬼毒酒も童子切安綱もないんだぞ。この野郎」


 俺の呟きに反応したのか、鬼はそのどんぐりまなこをこちらに向けた。

 腰巻にぶら下がった瓢箪を掴むと、そのまま中の酒を呷る。

 一息に飲み干すと、満足げに息を吐き、にやけ顔でこちらを眺める。


 途端、周囲には日本酒の芳醇な香気が漂う。

 梅の花を思わせる華やかな香りが御堂を柔らかく包む。

 呑んだ後の吐息でこれなのだから、呑んだ当人はどれほどの香りを感じているのだろうか。


 この香りの元である酒は、酒呑童子が自ら醸造している。

 生きたままの人間を、まるで真綿で首を絞めるように、時間をかけてじっくりと苦しめていく。

 すると、人間は生きていくことに絶望し、生気ともいうべき気力が体から逃げ出していく。

 その生気を集めていく。

 最後は奪った生気の持ち主である人間の血を混ぜ合わせることで作られる酒。

 どのようにその血を集めるかなぞ、推して知るべし。


 間に合わなかった、と俺の中の冷静な部分が判断する。

 この酒はきっと『出来立て』だ。

 どれほどの高級酒だって、もし長い期間、栓もされず空気にさらされ続けていれば、香りが飛んでしまう。

 こんなに艶やかに芳しく香りが広がるわけがない。

 それは、例え酒呑童子の酒だって同じだから。


「その酒、いつ出来上がった?」


 冷静じゃない部分、身を焦がすような情動を抑えながら問い質す。

 遠くで聞こえる救急車のサイレン。

 男性ADが、立ち去ってどのくらい経っただろう。


「これか? ……今じゃ」


 地鳴りのような低い声で返答を寄こしながら口の端を吊り上げる。

 やおら腰に手をやり、その手に持ったモノを放り投げてきた。


 頬や輪郭の形から推測するに少し肥満気味な、見慣れない中年男性――件の写真の撮影者だろうか。

 ショートカットの女性は、写真左側の女性と同じ顔をしている。

 長い黒髪をした美人さん、足元に陰影を携えていた本人。

 汗を拭い、車に乗ってこの場を立ち去った筈の男性。

 ――その頭部を。


「瓢箪1本につき、成人4人分じゃ。小童」


 恐怖に慄いた表情を浮かべる中年男性

 快活さは影を潜め、悔しそうに顔を歪ませ、涙をこらえる女性

 ガラスのように空虚な瞳をして、感情を失ってなお、美しい顔をした女性

 狐につままれたような、唖然とし、眼鏡の奥で目を丸くする男性

 床に放り投げられたそれらは、まるで今引きちぎられたばかりのように、その離合面


「搾りたてとも云うべき血を混ぜ合わせるのが、最高の酒の条件の一つなんじゃ。そのために生きたまま首を引っこ抜くと、よーく血が吹き上がって、そりゃもう真っ赤な線香花火みたいで綺麗なんじゃよ。小童も見たいじゃろう?」


 怖気をふるいそうになるほどの凄惨な笑みを浮かべた鬼。

 その雰囲気に呑まれそうになるが、それでも。


「そうだな。お前で試してみることにするよ」


 軽口を叩き、4つの首を飛び越え、一気に鬼へ肉薄する。


「|羯諦(ぎゃてい)羯諦ぎゃてい 波羅羯諦(はらぎゃてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい) 菩提僧莎訶(ぼじそわか) 般若心経(はんにゃしんぎょう)


 往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸に全く往ける者よ さとりよ 幸あれと、亡くなった者の魂が穏やかに過ごせるよう祈りを込めて。

 理不尽な悪を吹き払えと、己が霊力を向上させるための呪文を唱える。

 溢れる霊力を右腕に集め、ひた走る。


『確かに、「格好良さそう!俺の右手には封印されし闇の力が!」という、熱い妄想の果てに退魔に力を入れた時期』

 というものが男の子にはあり、それは俺自身もしっかりと経験している。

 思い出すと胸が切なくなる、そんな時期に生み出した俺の渾身の一撃。


 集めた霊力に反応したのか、瓢箪ごと左腕を振りかざした酒呑童子。

 豪腕による迎撃を前方に飛び込みながら転がり躱す。

 勢いそのまま、鬼の股下を潜り抜け、飛び上がりながら振り向く。

 背後の俺に慌てて振り向こうとするが…遅い!

 弓を構えるように右腕を引き絞る!


「くそ野郎! てめーは、俺の人生が偉人伝になるときに『出落ち野郎』として汚名を残してやる! 消え失せろ!」


 握りしめた拳を鬼の頚椎に向けてまっすぐに突き下ろす!

 右腕に集めた霊力をそのまま鬼の頚椎に叩き込む!


「ガァッ!」


 短い悲鳴をあげ、膝をつく酒呑童子。


 すかさず懐の符を暗闇の中心点、鬼の足元へと投げ入れる。


「……くっ! おのれ! 小童ッ!」


 不意打ち気味に決まった一撃は、しかしダメージを与えたとは言いづらい。

 だがそれでも、体勢は崩したぞ!


「そのままあの世へ還れ! 酒呑童子!」


 本来は封印のため使用する予定だった、『扉』を開閉するための符。

 開いた『扉』を閉めるつもりで準備したが、今回はその逆。

 奴が姿を完全に現出したことによって閉まった『扉』を力づくで開く!


「何故じゃ! 何故貴様は儂の前で普通に動けるのじゃ!?」


 体勢が崩れていたために、膝まで一息に闇――『扉』へと沈みながらも鬼が叫ぶ。


 そう。一定以上の霊力を持つ存在を前にすれば、誰だって動けなくなる。

 雰囲気に呑まれ、怪異が放つ狂気に沈む。

 だから、霊や怪異と戦うための術として最初に学ぶのが、相手の威容に負けぬ精神鍛錬である。

 しかしながら精神鍛錬を行えど、あまりに実力差がある場合は、やはり動けなくなることが多い。

 一方で、特に高位の霊や怪異は相手が震えることしかできぬと見くびり、嘲っている。


 そして、親父が俺を認めた理由がこれ。

 幼き頃、感情によって扉を作ることもできず、霊を見たり感じたりすることもできなかった俺が、この業界へ足を踏み入れることを、誰よりも心配性な親父に許された理由。

 恐怖は感じる。足が竦みそうになる。でもそれだけ。

 実際には普通に動ける。

 この鬼によって理不尽に失われた命を思えば、身体は動くのだ。

 この一点だけは誰にも負けない。

 この部分だけを切り取って天才と名乗ってよいほどの価値ある才能。

 実力差を無視して、精神的束縛を逃れ、自在に動くことができる――俺の性質を親父はこう呼ぶ。


「俺はただ、誰よりも怖い物知らずなだけだ!」


 やっと、こちらを振り向いた鬼へ叫ぶ。

 たとえ沈んでいく最中だとしても、これほどの高位存在を前にして油断することはできない。

 いつでも動けるように、軽く腰を落として構えている俺に対して鬼は――笑った。


 「カーッ!なるほどのう!ただの小童だと侮ったわい!」


 既に腰から下は沈んでいる。

 上半身だけになった酒呑童子が、まるで長年の友人のような気軽さで語りかけてくる。


「しかし……。惜しいのう。分かっておろう?謂われのある道具を使わずして、儂を討伐することも、封印することもできないことは」

 そうなのだ。

 現実問題として、討伐や封印に必要とされる謂われのある道具――神便鬼毒酒や童子切安綱――がない。

 どんだけ俺が気合いを入れようが、酒呑童子の封印や討伐を行えないのだ。

 しかし、一時帰宅させるだけなら可能だ。

 封印と一時帰宅の違いは単純である。

 この世から『扉』に閂をかけ、扉が開かないようにするのが封印。

 『扉』の鍵は開けっ放しだけど、それでも取り合えずあの世へ送り返すのが、一時帰宅。

 戻りたければ、すぐにでも戻ってこれてしまうので、一時帰宅を行う意味は全くない。


「あぁ。だからこうするしかない」


 そういって、俺は鬼が沈みゆく闇へ足を進める。

 鬼の隣、闇の中心まで歩を進めた俺の身体はゆっくりと沈んでいく。

ブックマークや評価は誰かに見てもらえてることが実感できて、大変嬉しく思っています。

興奮が止まりません!

ご意見やご感想も頂ける日が来るようにこれからも頑張ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ