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第十四話 『裁判』

 三日月公爵たるカストロ・ドレーンはひとしきり俺を嘲笑うと、そのまま立ち去った。

 残された俺は、カストロの言葉を胸の中で反芻しながら、馬車へと歩き出す。


 カストロの言葉を鵜呑みにするのであれば、命令書が発行されてから、今日に至るまでに事情が変わった。

 そのため、本日行われるのは和解ではなく、俺にとって非常に拙いイベントだということになる。

 しかし、俺の立場は被害者であり、俺自身に責がないことは捜査にあたった兵士たちが確認している。

 そうなると、例えば暗殺者の家が非常に高位の貴族で、和解ではなく全面戦争を仕掛ける腹積もりであるとか、被害者が死ねば良いはずと考えて、別の暗殺者が送ってくるとか、そういう事態が起こり得るのだろうか。

 仮にそんな計画があったとして、なぜ無関係なカストロが知っているのかという疑問も残る。


 答えの出ぬまま馬車に乗り、王宮へと到着する。

 馬車が停められた場所には、半円を描くように複数の騎士が待機していた。

 彼らは、俺が馬車から降りるのを確認するや否や、俺をぐるりと取り囲む。


「ハルト・アベールだな」


 先頭に立っていた騎士が、居丈高な様子で口を開く。

 その断定に限りなく近い問いかけに対して、俺は諾の意思を込めて頷く。


「我々は近衛騎士団。規定に従い、貴様を拘束の上、裁判所へ護送する」


 そう言って先頭の騎士が掲げたのは、拘束具。

 それを腕にかけられた者は、魔力を封印され、一切の魔術行使ができなくなる手錠。


「近衛騎士様。恐れ入りますが、私は、本日和解の場へ出頭せよ、という王宮からの命令書に従って馳せ参じた次第であります。和解の場に参上するにあたり、拘束具が必要でありましょうか?」


 王宮の命令に従って和解へ参上した人間を拘束するなど、あり得ない。

 それでは和解ではなく、拘束された側が脅迫される場になってしまう。


「貴様が行くのは和解の場ではない。裁判所であり、貴様は貴族殺しの容疑が掛かっている。よって拘束具は必須である。貴様が規定に従う気がなかろうが関係ない。力づくでも従ってもらう」


 先頭の騎士の言葉に反応するように、その場にいた騎士全員が、腰の剣に手をかける。

 その様子を見ながら、俺は先ほどの三日月公爵の言葉を思い返す。

 なるほど……確かに、命令書の記載から暗殺者は貴族であると推測はしていたが、まさか正当防衛ではなく、殺人容疑へすり替えられるとは思わなかった。


「かしこまりました。それが規則であるならば従います」


 そう言って後ろを向き、両手を後方へ差し出す。

 先頭の騎士が俺の後ろ手に手錠を掛ける。

 さらに数名の騎士が近づいてくると、俺の身体検査を行い、武装を解除していく。


「それでは裁判所へ護送する。――おい」


 全ての検査を終えた後、先ほどの騎士が俺を蹴り倒す。

 受け身も取れず地面に倒れこむ俺に対し、その騎士は顔を近づけて囁く。


「抵抗してくれていいんだからな? そうすれば俺たちは合法的に貴様を殺せるんだから」






 引っ立てられるように連れてこられたのは、裁判所であった。

 王宮の敷地内、されど王宮とは隣に建てられたこの裁判所を運営するのは、行政府管轄の司法部である。


 さて、アズワール王国の裁判は、大きく分けて三種類ある。

 一つ目が、王国裁判と言われる形式である。

 王が裁判長を務め、裁かれるのは、国家に関する重大な事件などである。

 テロであったり、貴族同士の不和であったりといった内容が対象となる裁判である。


 二つ目が、宗教裁判である。

 国教たる救世教会の教義や、その在り方に多大な影響を与えるような事柄に関しては、この方式で裁判が行われる。

 裁判長は、救世教会の高位の役職者が務め、例えば異端審問などが対象である。

 過去には、教義を捻じ曲げて解釈し、殺人を繰り返した者を異端認定するのに使用されたことがある。

 しかし、ほとんど開かれることのない裁判であり、少なくとも俺がこちらで生を受けてからは一度もない。


 三つ目は、一般裁判と呼ばれ、裁判長は司法部の人間が務める。

 王国裁判、宗教裁判のどちらにも属さないような事件を裁くのに使用される裁判であり、もっとも頻度が多い裁判である。


 この三つの形式のうち、俺が出廷させられそうになっている裁判は、王国裁判だと思われる。

 今回の事件は宗教がらみではないため宗教裁判ではないだろうし、一般裁判を開廷して、行政府に配属される予定の人間を、行政府に所属している人間が裁くのは、適切な裁きが下されにくいのではないかという懸念がある。

 また加害者も被害者もともに貴族であるので、貴族同士の不和という見方ができる。


 時折、後ろや横から強く押されたりしながら、なんとか裁判所へたどり着く。

 扉の前で先ほどの騎士が口上を述べると、入室許可が下り、扉が開かれる。


 そこには複数の人間がいた。

 部屋の三面をぐるりと半円を描くようにかこむ貴族席が用意されている。

 左方には、将来の上司たるベルガル・ソラーシュ宰相や父ユジン・アベール。

 父ユジンの後方で縮こまるように席についているのは、若年の軍総司令官トマス・ミーファだろう。

 そして、その反対、右方にてどっしりと席につくのは、近衛騎士団長シルド・ドレーン。

 なぜか、その隣には三日月公爵がニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら座っている。

 そして、前方。

 真ん中にある一席だけ高台になっている場所には、まだ誰もいなかった。

 そこは、裁判長の席であり、俺の予想が正しければこの後、この国の王が座られる。


 俺は、近衛騎士に部屋の中央へ引っ立てられ、その場で後ろから膝を蹴られる。

 両膝を床についたところで、後頭部を鷲掴みにされ、そのまま床へ叩きつけられる。

 ――石材の床にゴンッと鈍い音が響く。


 思わず呻き声を漏らしたものの、その声は扉の横に控えた儀仗兵が発した言葉によって掻き消される。


「フィロス・ホーフェンハイム・アズワール国王陛下、御入来」


 この言葉に、俺は自分の予想が正しかったことを知ったのだった。

明日は第十五話を投稿予定です。

ブックマークや評価、応援等をくださり、本当にありがとうございます。

モチベーションを保てているのは、皆さまのおかげです。

これからも楽しんで頂ければ幸いです。

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