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第十三話 『命令書』

 暗殺者を返り討ちにした後、俺は寮の管理人へ連絡した。

 部屋は崩壊。

 共用部分の廊下まで、壁を破壊して吹っ飛ばされてるわけだから、事情を説明しないわけにもいかない。

 こんな開放的に過ぎる部屋で寝る気にもなれないしね。


 事情を一通り説明すると、管理人は通信用の魔法を使用し、兵士の詰所へ連絡を取った。

 通信用の魔法は、音を運ぶ性質上、風魔法に分類され、当然のことながら俺は使用できない。

 携帯電話やメールといったものがないこの世界で、通信用の魔法が使えないというのは、現代っ子だった俺にはなかなか不便に感じる。


 風魔法に適正がある者は、攻撃魔法を覚えなくとも、緊急連絡が必要な部署へ配属されやすく、それ故に危険な職務に就かずとも高給を得やすい。

 暗殺者の男もまた、風魔法への適性が非常に高かった。

 それなのにわざわざ暗殺を生業にする必要があったのか。

 戦闘用の魔法を使用しながら、周囲に音が漏れぬよう別の魔法を行使する手腕は、かなりの実力があったことを示している。

 正規兵はもちろん、真っ当な職でも、十分以上にやっていけるだろうに……。

 寮の管理人からの連絡を受けてやってきた兵士たちが俺の部屋を検分するのを横目に、俺は自分が殺した仮面の男について考えていた。


 それから数日、兵士たちから事件について、何度も同じ話を確認されたり、部屋の修理に時間がかかるので、住み慣れた部屋から別の部屋へ移動したり、なんとも慌ただしい日々を送ることになった。

 そんな(せわ)しない日々が、引っ越しが終えて少し落ち着いた頃、王宮から一通の手紙が届いた。

 ――出頭命令である。


 手紙の内容は、暗殺者の正体が判明したため、三日後に開かれる暗殺者の家との和解の場への出頭を命じるものだ。

 貴族が別の貴族を害した場合、加害者側が被害者側の家へ謝罪を行うのが一般的である。

 この世界では、罪は犯した個人だけのものという考え方がそもそもない。

 爵位返上の上、一家全員縛り首なんて判決が下ることもある。

 その判決は、加害者が生死に左右されない。

 なぜなら加害者になるような人間、または犯罪の尻尾を掴まれるような人間を輩出する家は、貴族に相応しくないという考えが根底にあるからだ。

 それ故、加害者側の貴族家は和解を強く希望する。

 当人が罰を逃れることはなくとも、家は守られる可能性が高いからだ。

 そこに爵位の差は関係なく、仮に加害者の家の方が爵位が高くとも変わらない。


 これが、貴族対平民の争いだと話は変わる。

 和解制度は、平民に適用されないからだ。

 加害者側が平民なら、当然貴族は一家全員復讐対象になる。

 被害者側が平民なら、多少の金を握らすか、被害者たる平民を消すか、どちらにせよ揉み消される。

 司法という分野においても、平民と貴族には越えられない壁があると言える。


 この命令書は一つの事実を示唆している。

 つまり、暗殺者は裏の稼業を生業とする正体不明の人間ではなく、貴族に名を連ねる者だということだ。

 なおさら、暗殺なんかに手を出す必要性がないように感じられるが、もしかすると脅迫されたとか、俺の知る由もない理由があったのかもしれない。




 出頭命令を記載した手紙が届いた三日後。

 つまり出頭日たる本日、王宮からの迎えの馬車が校門前にやってきた。

 以前、近衛騎士団長と同席することになったときと同じような馬車である。

 授業を終えた後、校舎を出て校門の馬車まで向かう俺の足を止めるように、一人の男が立ちはだかった。


「おや? おや? おや? 何をそんなに急いでるんだい? ハルト・アベール君」


 常人の三倍近い長さを誇る、そのしゃくれあがった顎。

 金髪をキノコのようなオカッパへ整えた男の名は、カストロ・ドレーン。

 近衛騎士団長の甥であり、三大公爵家の一つ、ドレーン家の正統後継者である。


「また! また! また! 何か問題を起こしたわけじゃないだろうね? 就職先も長らく決まらず、貴族の恥さらしだった貴様が、寮を破壊するほど暴れまわってから、それほど日にちは経ってないと思うのだが?」


 厭味ったらしく、ニヤニヤと笑いながら話しかけてくる三日月公爵を、無視できれば楽なのだが……。

 そういうわけにもいかないのは、分かり切っているので、その場で腰を折り返答する。


「ご心配をおかけして誠に申し訳ありません。王宮より出頭命令が届きました故、急ぎ向かっているところでございます」


 暗に、俺の足を止めるのは王宮からの命令を妨げることになるぞ、という意味を込めてみる。

 これで伝わるだけの地頭があれば、俺に絡んでくること自体ないだろうけど。


「出頭! 出頭! 出頭! つまり、裁判に呼び出されたというわけかね? とうとう貴様という人間がいかに賤しく、貴族に相応しくないかが裁かれる時が来たわけだ!」


 これ以上ないくらいの暗い悦びに溢れた笑顔ですね。

 そんなに気にくわないなら、近づいてこなきゃいいのに。


「命令書には、先ほどカストロ様が触れられた寮の件で、和解の場を開くため出頭せよと記されておりました」


 暗殺者に襲われた翌日、王立学院や寮から、説明があったのを聞いてなかったのか?

 寮に侵入者が現れたこと、同様の事件が起こらないように、今後はより警備を厳重することなどの説明があったのに。


 三日月公爵の耳は、都合の良いことしか聞こえない耳なんだろうな。

 都合の悪い部分は、こうあればいいのにという妄想で書き換えて、俺を攻撃する材料にしてるんだろう。


 呆れた表情を表に出さないよう、俯いたまま返答する俺に対して、カストロ・ドレーンは、その唇の端を吊り上げた。


「馬鹿が! 馬鹿が! 馬鹿が! そう思ってるのは、貴様だけだよ! 今日! 今日! 今日! 開かれるのが和解の場だと? 違う! 違う! 違う! 今日開かれるのは、貴様の罪を問う裁判だ! ハルト・アベール!」


 大騒ぎする三日月公爵に、道行く生徒が足を止める。

 こんな大勢の生徒の前で、そんな妄想を垂れ流すとか、恥ずかしくないの?


「……そのような内容は命令書には記されておりませんでしたので、私には――」


「いつ? いつ? いつ? その命令書はいつ届いたものだ? その命令書が出てから、本日までに状況が変わっていないとでも思っているのか? 無能! 無能! 無能! 貴様だけだ! そんな風に思い違いしているのは!」


 俺の話を遮り、唾を撒き散らしながら叫ぶカストロ。

 俺は顔をあげてカストロを見る。

 その目は愉悦に歪み、その声はやっと本懐が遂げられると言わんばかりに喜色に溢れていた。


「二度と! 二度と! 二度と! 会うことはないだろう! その生意気なツラも! 卑賎な行いも! 本日! 本日! 本日! 見納めだと思うと感動も一入だよ! では、さようならだ。ハルト・アベール」

明日は第十四話を投稿予定です。

いつもブックマークや評価、コメント等の応援をくださり、本当にありがとうございます。

なるべく、毎日投稿は続けたいと思っておりますので、今後も末永くお付き合いください。

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