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第十二話 『憑依』

 俺が喚びだすより先に、自ら現世に顕現した悪鬼。

 暗殺者たる黒ローブの男が構える暴風の砲弾を前に、不適な笑みを浮かべて、泰然と腕を組む。

 

「残念だ。アベール家に伝わる死霊術の真髄も、今となっては手遅れだろうに。本当に残念だ」

 

 真髄もなにも、この鬼、物質に触れたりできないみたいだけどな。

 それはつまり、暴風を受け止めることも、仮面野郎を殴ることもできないわけで。

 

 全身打撲に加え、炸裂した暴風に学生服はズタボロにされた。

 あちこち裂傷だらけになって身動きすら辛い状態だが、酒呑童子が時間を稼いでいる間に、手を考えないとまずい。

 

「ガーハッハッハッハ! 残念なのはお前の頭じゃな! 力量差を感じることすらできんのじゃからのう」

 

 俺の不安とツッコミをよそに、我が家の煽り名人は相も変わらず絶好調。

 なんだその余裕は。

 もしかして物に触れないとか、嘘なの?

 

「残念だ。先ほど、この部屋で行われた会話が全て筒抜けだと知らず、必死に時間を稼ごうとするなど。本当に残念だ」

 

 その言葉を受けた酒呑童子は、キョトンとした顔をした後、その腕で近くにあった瓦礫――壁の破片を掴もうとして、しかしすり抜ける。

 

「なんじゃ! バレとったか! ガーハッハッハッハ!」

 

 暗殺者の男は嘆息し。

 暴風を凝縮した砲弾を頭上に掲げるその右腕が、軽く後方に振られ……。

 

「残念だ。――死ね。本当に残念だ」

 

 まるで野球のオーバースローの如く、放たれるッ!

 空気を焦がすかのように、唸りをあげて。

 死への恐怖を掻き立てるように、敢えてゆっくりと迫り来る風の暴威。

 

「――さて、ハルト。儂の力を使うときじゃ」

 

 そう言って()()()()()()酒呑童子。

 

 

 

 死霊術とは、この世界に存在する霊的存在の力を借り受け、行使する魔法である。

 俺が使用した(ボーン)円盾(ラウンドシールド)は、この世界に実在するスケルトンという怪異の、力の一部というか身体の一部を借り受ける形で行使している。

 そして、アベール家が行う交霊の儀は、怪異と契約を交わし、より効率的に怪異の力を行使できるようにする。

 具体的には、怪異そのものを喚びだすことを可能にする。

 

 たとえば、アベール家の長兄ベイリーが契約したリッチは配下を多数従えており、またリッチ自身も戦闘に加わることで、数による蹂躙を得意としている。

 ベイリーの指揮、リッチの強力な魔法、リッチの配下たるアンデッドの群れ。

 対多数戦闘において、まさに一個師団の戦闘力を単身で発揮する。

 

 アベール家の次男アランは、騎士霊デュラハンという、単騎でしか召喚できぬ代わりに、近接戦闘において強大な力を有する存在を喚びだすことができる。

 デュラハンとアランが二人がかりで敵を切り裂いていく戦闘スタイルは、特に建物内部などの狭いスペースで行われる戦闘や、少人数対少人数の戦闘において、無類の強さを発揮する。

 

 彼らは、この世界に実在する怪異と契約を交わしているので、喚びだされた怪異は、この世界に当然、物理的干渉を行うことができる。

 一方で、その力の根源たる死霊に精神や身体を奪われぬよう、互いに干渉できない契約が自動で結ばれる。

 

 では、酒呑童子はどうか?

 そもそも、俺は現世では東洋的な怪異を見たことがない。

 なにより俺と悪鬼は、前世の世界で邂逅を果たしている。

 つまり酒呑童子は、もともとこの世界に存在しない類いの怪異であるのだ。

 

 この世界に実在しない怪異たる酒呑童子が、この世界で物質に干渉ができないのは必然。

 酒呑童子が干渉できるのは、この世界でたった一つ。

 いや、互いに干渉できない契約が適切に結ばれていれば、この悪鬼に干渉できるものは何一つあるはずがない。

 

 そうだ、思い出せ。

 交霊の儀、契約のとき。

 酒呑童子が全ての物質に干渉できないのなら……。

 俺はどうやって、この悪鬼と握手を交わした?

 

 

 

「――そういうことか。」

 

 勝ち筋は見えた。

 悪鬼の腕に引き上げられるようにして立ち上がる。

 迫り来る暴風の向こう、仮面の暗殺者を睨み付ける。

 

「残念だ。今更どう足掻こうと最早手遅れ。本当に残念だ」

 

 余裕綽々の面で見下してられるのも今のうちだ、変態仮面野郎。

 見せてやる。

 これが俺の、異世界へ渡ってきた俺たちだけの力。

 

「我が身を依り代に 顕現せよ 暴虐の悪鬼」

 

 理不尽に蹂躙され、救われず見捨てられた者を救うため。

 前世で渇望し、今生で手に入れた力の形は。

 我が身に、その理不尽の権化を降霊する――憑依。

 

「――来いッ! 酒呑童子ッ!」

 

 刹那、俺の身体を中心として、放射状に衝撃が走る。

 迫り来る風の砲弾を吹き散らし、瓦礫を弾き飛ばして。

 爆心地に立ちながら、身のうちに凄まじい熱量を感じる。

 

 この身に宿すエネルギーがそのまま酒呑童子であると、本能的に理解する。

 そのうえで、自身の身体を眺める。

 特に見た目に変化は無い。

 腕が太くなったとか、真っ赤な皮膚になったとか、服がいつの間にか虎模様の腰巻きになったとか。

 そういった変化は見受けられない。

 

「……その角はなんだ?」

 

 自分の身体を確認していた俺に、呆然として話しかけてくる暗殺者。

 頭部に向けられたその目線の先へ手を伸ばすと、確かに二本の角らしき存在が確認できる。

 

「これか。これは酒呑童子――さっきの鬼の角……だと思うぞ」

 

 そう返事しながら、他に変化はないか確認を続ける。

 すると腰の後ろあたりで瓢箪を見つけ、苦笑する。

 

 そんな俺の表情を見て何を思ったか途端、仮面の男は激昂した。

 

「貴様ッ! 一撃防いだくらいで調子に乗るなよッ!」

 

 怒りのままに吼え、そして叫ぶのは、暗殺者が初めて見せる詠唱。

 

「風よ! いと疾き風よ! 我が敵を打ち砕き! その命を吹き消せ! 暴風砲弾(ウインドシェル)!」

 

 背後に風の砲弾を生成していく。

 数は先ほどと殆ど同じで、二十を超え、しかし一発一発のサイズや込められた魔力は、さきほどの馬鹿でかい一撃と同じ規模。

 

 それでも、先ほどのような威迫を感じることは……ない。

 

「それより、口調はそれでいいのか? 残念仮面」

 

 ドミノマスクを着けた男に、右手の拳を向ける。

 溢れるこの熱量は、そのまま酒呑童子が内包する霊力。

 身体を駆け巡るエネルギーは、酒呑童子の破壊衝動。

 

「申し訳ないが、もう終わりだよ」

 

 怒りに燃えた眼差しを向ける仮面の男に対して。

 

「お分かりいただけただろうか――もうアンタじゃ相手にならないって言ってんだよ」

 

 口元ににやりとした笑みを浮かべながら。

 突き出した右手の甲が下向きになるようにくるりと返し、ついでに中指を立ててやる。

 

「殺すッ! 殺してやるッ!」

 

 俺の挑発に対し、暴風砲弾を連射することで応える、仮面の男。

 俺は、殺到する砲弾、その奥の男に向かって――跳ぶ。

 一つ目を跳び越し、二つ目は左へステップ、三つ目と四つ目は前転することで回避。

 酒呑童子が憑依したことによって、肉体性能が向上している。

 見てから回避が成立するほどの運動神経なぞ、前世も今生もなかったからな。

 

 雨あられと降り注ぐ、風の暴威を躱し、暗殺者へ肉薄。

 飛びかかるようにして右腕を振り下ろし、頭部に一撃。

 着地するとそのまま、拳撃、蹴撃を交えての連打(ラッシュ)を放つ。

 その場から一歩も動けず、ろくな抵抗もできぬ暗殺者に対して、大きく左足を踏み込み、前方に突き出した左手を引く。

 同時に腰を回転させ、ひねりを加えた右拳をまっすぐに放つ。

 酒呑童子の力を込めた俺の正拳突きは、がら空きの胸部に吸い込まれるように直撃する。


 ――肋骨は折れ、肺に刺さり、しかし衝撃は減衰することなく、男の脊椎をへし折った。

 

「……ゴフッ」

 

 仮面の男は、吐血し、震えながら膝から崩れ落ちて。

 

「バ……馬鹿な……。こんな……こんなはずでは……ッ」

 

 白目を剥き、前のめりに倒れ込んだのだった。

いつも応援本当にありがとうございます。

お陰様でユニーク数も1,000を突破し、ますますやる気に溢れております。

少しでも楽しんで頂けるよう頑張りますので、どうぞお付き合いください。

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