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第十一話 『吹き荒ぶ』

「――というわけで、この酒は、今生の父親からの御礼の品ということらしい」

 

 寮の自室に戻った後、俺は酒呑童子を喚びだした。

 父親から渡されたワインボトルをテーブルの上に置き、簡単に事情を説明する。

 酒呑童子は興味深そうに、その身を机に乗り出しながらボトルを眺めている。

 

「ほほう……。赤い酒か……。旨そうじゃ」

 

 凶悪そうな犬歯をのぞかせながら、舌舐めずりをする悪鬼。

 

「何を想像してるか大体想像がつくが、先に伝えておくと、血じゃないぞ」

 

 ワインボトルのコルク栓を抜いてやる。

 するとボトルに顔を寄せ、大きく息を吸う。

 

「ふむ。確かに錆のような臭いはせぬの」

 

 だから血じゃねーって。

 俺も顔を近づけると、途端にブラックチェリーのような甘酸っぱい香りが鼻腔を刺激する。

 

葡萄酒(ワイン)だから、原料はそのまんま葡萄だと思うぞ」

 

 ブドウって分かるかな?

 まぁ伝わらなければ、そういう果実だと教えるしかないが。

 

「早速この酒を味わいたいところではあるが……。どうやって飲めばいいんじゃ?」

 

 ワインに釘付けにされていた視線をこちらに向ける酒呑童子。

 

「どうやって……って、普通にグラスに注ぐか、面倒ならそのまま飲んでもいいぞ」

 

 いつもその瓢箪から直で飲んでるから、グラスやお猪口とか使ったことなさそうだな。

 まぁ、父親からあんたへの御礼の品だから好きに飲んでくれ。

 

「いや儂、物を掴んだりできんみたいなんじゃが」

 

 ……は? え?

 

「……は? え?」

 

 内心がそのまま口をつく。

 何言って……いや…………え……?

 

「いやだから、人とか物とかに触れないんじゃよ。このワインとやらも持つことが出来ぬし、この様子じゃと口に注いでもらっても身体を通り抜けそうじゃ! こんな状態でどうやって飲めばいいんじゃろうなぁ? ガーハッハッハッハ!」

 

 大口を開けて笑い出す馬鹿鬼。

 おい、ふざけんな

 

「……問題はそこじゃないんだが。どうやって戦うつもりなんだ?」

 

 なんか交霊の儀で偉そうなこと言ってた記憶があるんだけど、口だけだったの?

 口だけくそ野郎だったの?

 俺のそんなジト目に対して。

 

「あぁ。それに関しては」

 

 口の端を吊り上げて。

 この世界に来てから、鳴りを潜めていた元来の粗暴さを。

 その身に漂う死臭を。

 暴威を撒き散らしながら、窓の外、暗闇のその向こうへ視線を向ける。

 

「――それに関しては、実際に試せばよかろう。百聞は一見に如かずじゃ」

 

 その身に纏うは、鬼としての矜恃。

 妖怪として、怪異として、一つの最強へ至った者のオーラ。

 

「丁度良いサンドバッグがほれ。来てくれたみたいじゃからのう」

 

 蠢く闇を見通そうにも、俺の眼には何も映らない。

 しかし、窓の外、闇へ視線を向け続ける俺と鬼の姿に観念したのか。

 ソレは姿を晒す。

 暗闇に溶け込むことを主眼において作られたであろう漆黒のローブ。

 そのフードに隠れて顔を見ることは叶わないが、纏う空気は強者のそれ。

 

「さて……ハルトよ。念のため確認するが、心当たりはあるか?」

 

 さっき、お前宛の赤ワイン(プレゼント)と一緒に俺に渡された忠告(プレゼント)そのものだと思うわ。

 ていうか早すぎません?

 もうちょっと油断したタイミングを見計らうとかないの?

 苛ついたら即殺とか、カルシウム不足してるってレベルじゃないと思いますよ。

 もっとこう……小魚とか摂取した方がいいんじゃない?

 そんな言葉を口の中で転がすと。

 

「……小魚? ――あぁ! それを言うなら雑魚じゃろ」

 

 大口を開けて笑いながら、俺の言葉を拾う悪鬼。

 まさかこんな身近にも煽り名人がいるとは思わなかったわ。

 そういう小魚じゃねーよ!

 

 そんな俺たち見ながら一歩ずつ近づいてきた黒ローブの暗殺者。

 窓の外にいるわけだし、この馬鹿でかい鬼の声が届いていませんように。

 窓辺まで歩み寄った暗殺者は、窓の外から俺たちの方へ右手をまっすぐと伸ばす。

 音は聞こえないが確かに口元が動いた。

 

「飛べッ! 小童ッ!」

 

 鬼の声が先か、瞬時に左手へ跳ぶ。

 窓ごと壁を突き破り、テーブルを破壊しながら部屋を荒らしたのは、弾丸のように圧縮された暴風。

 

「残念だ。それで死んでくれれば楽に済んだのに。本当に残念だ」

 

 感情のこもらない平坦な声であった。

 今しがた人を殺そうとしたとは思えぬほど、そこに感情の色は見えない。

「――いったん戻れ、酒呑童子。……アンタ、何者だ?」

 

 攻撃手段について議論する余裕がないため、一度酒呑童子に引いてもらう。

 我ながらなんて間抜けな台詞だと、心の中で自嘲して。

 目の前に立つ黒ローブへ誰何する。

 

「残念だ。他者を雑魚呼ばわりしといて、色好い返事がもらえると考えるほどの低能が標的だとは。本当に残念だ」

 

 あぁ、やっぱり聞こえてましたか。

 一つだけ言い訳させてもらえると、その台詞は俺じゃなくて、馬鹿鬼です。

 

 だが、俺が口を開く前に、暗殺者は再度右手を俺へ向ける。

 その手のひらに渦巻く風が凝縮されて、砲弾を形作る。

 

「残念だ。このような雑事までこなさねばならぬ我が身が。本当に残念だ」

 

 斯くして放たれた暴風の砲弾を、黙って受けるわけにはいかない!

 両手を前方へ突き出し、詠唱!

 

「死は生と円環を成し、その力の一端を、ここに顕現する。骨円盾ボーンラウンドシールド!」

 

 両手を中心に骨で組まれた円盾は、砲弾が接触した瞬間に弾け飛ぶ。

 なるほど。

 俺の詠唱した防御魔法は、暗殺者の残念だの一言で生み出される風の弾丸と同レベルなわけだ。

 

「残念だ。無駄に足掻かれ時間ばかりが過ぎていく。本当に残念だ」

 

 でもまぁ、このまましっかりと相殺していれば、物音に気づいて誰か助けに来てる可能性も……。

 

「残念だ。風の特性も分からぬ阿呆が無駄な抵抗ばかりをする。本当に残念だ」

 

 火・水・風・土・光・闇とある六元素のうち、風魔法には、風魔法にしかない特性がある。

 光が癒やしの魔法を使えるように、闇が状態異常を与えられる魔法が使えるように。

 一つ目の特性として、風自体は無色であり、発光したり反対に暗くなったりもしないので、如何なる環境であっても視認しづらいという点が挙げられる。

 

 しかし、今回重要なのはもう一つの特性。

 風とは、つまり空気である。

 風魔法に高い適性を有する者は、空気を操作することができるだけなく、空気に伝わる衝撃をも操作することもできる。

 空気に伝わる衝撃、波として最も有名なものの一つが――音である。

 

「……消しているのか。この部屋から伝わる音が外部に漏れないように」

 

 なんたる力量。

 これだけの威力ある魔法を放つ一方で、繊細な技量を要する消音を部屋全体に行っているのか。

 驚愕する俺の言葉に反応するようにフードを外す。

 現れたのは、黒髪で、顔の上半分をドミノマスクで覆った男。

 

「残念だ。ヒントがなければこの程度も気づかぬ輩の無駄な足掻きにいつまでも付き合う気はないというのに。本当に残念だ」

 

 黙れ変態。

 中途半端なマスクを被りやがって。

 顔を隠したいのか、出したいのか、ハッキリしろや。

 

 そんな俺の心の声に反応するように、男の背後に渦巻く風の砲弾が一つ、二つ、三つ……と。

 徐々に数を増していき、それと共に膨れあがるのは、殺意。

 砲弾が十を超え、二十を超え、数えるのを辞めた頃、男が俺へ照準を定めるように、その右手の掌を再度こちらへ突き出す。

 

「残念だ。……本当に残念だ」

 

 砲弾が放たれる。

 男との間にあった空間を疾く駆け、俺に殺到する。

 

「――ッ! 死は生と……ッ! 骨円盾ボーンラウンドシールド!」

 

 詠唱が間に合わない!

 詠唱を破棄して生成したのは、先ほどより一回り以上小さく薄い円盾。

 さきほどは、詠唱ありで暴風弾を一発相殺。

 詠唱が間に合わず、咄嗟に生成すした貧弱な盾は、盾としての役目を果たすことなく瓦解する。

 

 少しでも躱そうと、必死に身を捩るも、一発の砲弾が俺のみぞおちを抉るようにぶつかり、弾けた。

 爆発するかのように弾けた暴風は、俺の身体を背後の壁に勢いよく叩きつける。

 

「ガッ……! ぐぅッ!」

 

 肺から息が強制的に押し出される。

 そのまま壁に背中から縋るように座り込む俺に、数多の砲弾が雪崩れ込む。

 壁は崩壊し、その先の廊下へと俺の身体は吹き飛ばされた。

 

「残念だ。あの英雄たるユジン・アベールが虎の子と呼ぶ逸材だと聞いていたのに、この呆気なさ。本当に残念だ」

 

 そのまま、まるで散歩にでも行くような気軽さで。

 ゆったりと俺に歩み寄りながら、右手を頭上に翳す。

 その手のひらの上で、周囲の物を吸いあげるほどの風の渦が生じる。

 形成される砲弾は、先ほどを倍するサイズで。

 

「残念だ――」

 

「――そうかい。それなら次は、儂の相手でもしてもらおうかのう」

 

 黒ローブの暗殺者の言葉に割り込むのは、暴虐の徒、前世における最強の悪鬼。

 俺の仇であり、契約霊たる怪異は獰猛な笑みを浮かべながら、現世に顕現した。

 

「さて。こっちの世界の人間の味を確かめさせてもらおうかのう」

 

 鬼が嗤う。

明日は第十二話を公開予定です。

毎日更新が続けられるのは、いつもブックマークや評価、応援のメッセージをくれる皆様のおかげです。

本当に嬉しくて嬉しくて、感謝しかありません。

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