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第十話 『査察官』

 宰相の言葉を受け、こちらに怒りの形相を向ける近衛騎士団長だったが、一時の間を置いて、大きく息を吐いた。


「……結果はでたか……では私は、これで失礼させて頂く」


 倒した椅子はそのままに、扉を開け部屋を出て行くシルド・ドレーン。

 俺の横を通り過ぎるときに、その熱情を視線に込めて、こちらを睨み付けながら立ち去っていく。


「さて……、ハルト・アベール。君の希望に従い、行政府で働いてもらうことなったわけだ。時間がないので、このまま職務内容について説明させてもらうが良いかね?」


 近衛騎士団長が立ち去るのをゆったりと見送った宰相が、こちらへ水を向ける。


「そっ……! そ……それではっ! 我々は先に退出致します!」


 慌てたように軍総司令官が立ち上がって扉へ向かい、我が父親たるユジン・アベールも追従する。

 その後ろ姿にあくまで鷹揚に声をかける。


「あぁ。ご足労かけたな、トマスよ」


 宰相の声に振り向き、一礼した後、二人は部屋から立ち去って行った。


「では改めて、儂が宰相のベルガル・ソラーシュじゃ」


 自己紹介からするの?

 俺もしたほうがいいんだろうか?


 悩みつつもひとまず腰を折って、宜しくお願いしますとだけ告げる。


「ふむ……。それでハルト君の所属部署じゃが……儂の直属部隊で働いてもらうことにした」


 宰相の直属部隊ってなに?

 部隊って何?

 部署じゃなくて?

 秘書部とか、なんかやたらカッコいい作戦司令本部みたいなそういう部署とかではなくて?

 部隊って言われると体育会系の臭いがプンプンするんですが……。


「平たく言えば査察官じゃ。各地にお忍びで赴いてもらい、汚職や不正がないか秘密裏に調査をしてもらいたい」


 これはあれですね。

 嫌われ者部隊ってやつですね。

 さっき近衛騎士団長に嫌われたとこなんですけど。

 各方面に嫌われていくスタイルなんでしょうか。


「お忍びで各地に向かってもらうことになるので、君の身分は公には別の部署に配属されることになる」


 バレなきゃ問題ないとでもいうのかこの爺。

 こんなもん大抵、どっかからバレるに決まってるんだぞ。

 というか俺の口が滑るとか思わないのかね。


「査察官としての適性は、忠誠心が高いこと。荒事を切り抜けるだけの武力を有すること。国の法や税、歴史や風土といったあらゆる知識に精通していること。それらを高いレベルで備えた人材というのは得難いのじゃ」


 それって近衛騎士団に入るのと同じくらいのレベルの高さを要求される仕事ってことじゃない?

 あっちは血筋がいるけど、こっちは知識がいるってくらいしか違いがわからん。

 というか、正直荷が重いんですけど。


「知っておろう。既に王都の平民街でも食料品の値段がジワジワと上昇しておる。このまま放置すれば、いずれ平民街は立ち行かなくなる。王都の平民街にそれほどの影響が出るころには地方の被害はどれほどになるか」


 それは、つまり。

 軍や近衛騎士団が、事件や被害が発生した後に動きだす部隊であるなら。

 査察官とは事前に動きまわり、問題が表面化する前に叩き潰す部隊。


「そういった問題を解決するためには、実力があり尚且つ信頼できる人材が必要じゃ。ハルト君にはそれを為す実力も、忠誠心もあると見込んでおる」


 まるで予防接種みたいな部隊だなと、口の中で呟いて。

 そういや前世では、理不尽に打ち勝つ力が欲しいと思ってたんだよなと考えて。


「儂の期待に応えてくれるな?」


 そもそもその理不尽が起きなきゃ、誰も不幸にならないんじゃないか。

 もちろん理想論だけど、そんな青臭い理想論こそが、前世の俺にも今生の俺にもピッタリな気がして。


「――身命を賭して」


 気が付いたら、俺は片膝をついたまま、最敬礼をしていたのだった。






 部屋を出たところで待っていてくれたメイドに再度の道案内を頼み。

 王宮の門をくぐった俺に声をかけてきたのは、英雄たるわが父――ユジン・アベールだった。


「ハルト。宰相閣下の話は終わったかい?」


 正直プレッシャーがやばかった。

 宰相閣下と近衛騎士団長の気迫は本物だった。

 その結果、あなたの息子はこんなに疲弊していますよ。

 そんな恨み言を込めつつ、頷いてみせる。


「ならよかった。実はハルトに渡したいものがあってね」


 そういって父が手に抱えていた、ガラスのボトルを手渡してくる。


「ほらこれ。酒呑童子殿に」


 赤ワインだけど、酒呑童子って日本酒以外飲むんだろうか?

 どぶろくとかなら飲みそうだけど。


「この間、契約を交わした直後だったのに、こちらの都合で外してもらったからね」


 父親が意味するのはつまり、お礼の品ということなのだろう。

 そういや本来であれば俺と契約を交わしたわけだし、俺が用意してしかるべきなのに。

 完全に失念してた。


「お眼鏡に叶えばいいけれどね。良かったら感想も聞かせてくれると嬉しい」


 優しく微笑みながら、まだまだ頼りない俺のフォローをさり気なく。

 だが、ひと呼吸おいて、その顔から笑みが消えた。


「……ハルト。仕方のない場面だったとはいえ、近衛騎士団長が君に不満を抱いたのは事実だ。宰相閣下が不満の矛先を自身へ向けようとしてくれていたが、あまり効果はないかもしれない。私も注意しておくが、ハルト自身も数日は気を張って生活しなさい」


 それは忠告。

 俺なんかより、王宮の事情に詳しいのだから、もしかしたら何か知っているのかもしれない。

 本来であれば、たかが一学生がどの部署へ配属されようが、あれほどの御仁が気に掛けるはずがない。

 ――だが、あの目は。


「何かあったらすぐに知らせてほしい」


 父親の言葉に、頷くことしかできなかった。






「おのれ……おのれ……ッ! せっかくこの俺が目をかけてやったというのに! くそガキが!」


 光の差さぬよう厚いカーテンで窓を塞がれた部屋。

 質の良い調度品が飾られた棚に、アズワール王国の騎士の頂点たる男の、その豪腕が薙ぎ払われる。

 静寂の暗闇を塗り替えるように木の破砕音と、荒い呼吸音が響く。


「……手に入らんのであれば目障りだ。殺せ」


 呼吸音のあと、低い声が暗闇に向けて命じる。

 暗闇は、まるで何者かを内包するように蠢きながら、それでも誰の瞳にも何も映すことはない。

 ただ、その暗闇は一言、諾と。

 まるでそこに返事をする何者かがいるように、蠢いていた。


「後悔させてやる!……この俺を怒らせたことをな」


 その暗闇に似た瞳の中に、妄執の炎を滾らせる男の悪意が、今宵ハルトを襲う。

明日は第十一話を公開予定です。

いつもブックマークや評価、感想等をくださり、本当にありがとうございます。

楽しんでもらえたら幸いです。

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