プロローグ 『お分かりいただけただろうか。』
小説家になろうにて、初めて投稿します。
ストックのある限り、毎日更新を続ける予定です。
世の中から怪異が消えたことはない。
川の氾濫によって多くの命が失われることがあれば、それを神の怒りと呼ぶ時代があった。
体中に発疹が出て、高熱により命を落とす赤子がいたら、きっと神へと捧げられたのだと慰めあう時代があった。
人は目に見えない物や原因の分からないものに恐怖する。
それは古き時代から変わらぬ人間の性質の一つと言える。
悪魔憑きと呼ばれる人が現れた。
彼らは体を痙攣させ、意味不明なことを叫んだりする者もいれば、突然暴れだすような者もいた。
そういった悪魔を呼び出す魔女と呼ばれる人間もまた現れた。
原因不明で対応できない事物を恐れるだけでなく、その怖れの感情を利用して、他者を貶める者がいた。
これらもまた、変わらぬ人間の性質の一つであることは間違いない。
そして、時代が進み、科学が発展して、これらに後付け的に理由が附される。
台風が来れば、川幅の狭い川が氾濫しやすいの自然なことであって、決して神の怒りではない。
体中に発疹が出るのは、はしかであって、決して呪いではない。
悪魔憑きとは、てんかんのような身体的理由や、精神疾患が原因であって、決して悪魔が体に宿ったわけではない。
『幽霊の正体見たり枯れ尾花』
江戸時代の句のように、「怖いなぁ……怖いなぁ……」と怯えていれば、大したことのないものでも、幽霊に見えてしまう。
目に映る映像は、その者の心情を多分に反映することの証左である。
しかしながら、時代の流れや人間の成長とともに一応の解決をみた怪異とは別に、新たに生まれた怪異もある。
「おわかりいただけただろうか」
そう、心霊写真である。
カメラという機械が生まれなければ、当然存在することもなかった怪異ではあるのだが、実際にそういったものが世の中に出回っているのも事実である。
ただまぁ、そうは言っても古くから伝わる怪異ですら、原因がわかってきたのだ。
心霊写真だって本当は幽霊とか呪いとかじゃなく、怖がる気持ちがそう見せているだけなんだと。
どうせ、そういった映像を面白半分に作る人がいて、それがテレビ等で放映されているだけだろうと。
――そうは問屋がおろさない。
いるのである。
悪魔、幽霊、神など、名称は何でも構わないが、科学では説明のつかない怪異な存在とも呼ぶべきそれらは実際にいるのである。
もちろん、耳目を集めるために作られた映像もあるだろう。
しかし……
「――女性が二人映ってるこの写真なんですけど……。右側の女性、足元が少し暗くなってるでしょ? こういうのはまずいですね」
なかなか引かない汗をタオルでぬぐっていた男性が目を丸くする。
「え……? そうなの? これうちの局に届けられた写真の中では、一番怖くないというか、インパクトが薄いんだけど……」
お堂の真ん中で対面に座る男性と俺との間には、数枚の写真が置かれている。
この男性は、とあるホラー番組のADをしている。
次回以降の番組放送で使用したい写真が何枚かあるので、念のためお祓いしてほしい、とわざわざ出向いて来られた。
8月。猛暑のなか、慣れない山道を歩いて、わざわざ我が家たる神社まで来てくださるとは、なかなか奇特な方だ。
その中の一枚、女性が二人写っているこの写真がヤバいと感じた。
ショートカットの快活そうな女性は、撮影時点ではまだ大丈夫だったと思われる。
ただ、この右側の女性は、撮影された当日に死んでいても不思議じゃない。
黒髪で少し長めのヘアースタイルをした美人さんになんてことしてくれてんだ。
「絶対に使用しない方がよいでしょう。というか、これ本当にまずいですね。ここまでハッキリとした影が出てると、うちじゃ対処できないかもしれません」
綺麗な陰影してるだろ。ウソみたいだろ。悪霊の瘴気なんだぜ。それで。
「いやいや! 高名な霊媒師である安部先生に祓えない霊なんていないでしょうに!」
いやこれもう霊とか、そういうレベルじゃないんすよ。
鬼なんすよ。まじでこれ持って帰れよ。こえーよ。
「昔ならいざ知らず、もう親父も年ですから」
内心はおくびにも出さず、淡々と答える。
というか、なんで親父がいないときに、こんなヤバいものを持ってくるんだろう。
俺のこと嫌いなのかな、この人。
「そうなのかい? でも、その先生の後を継ぐ君なら問題ないと思うよ。安部先生も、霊を祓うという一点に限ればもう君の方が上だって仰ってたよ」
確かに、「格好良さそう! 俺の右手には封印されし闇の力が!」という、熱い妄想の果てに退魔に力を入れた時期もある。
でも親父に勝てるわけがない。
恥ずかしい妄想に費やした年月も、命を張ってきた場数も全然違うんだぞ。
「……いえ、自分はまだまだ親父には及びません。とりあえず、この写真はこちらでお預かりします。他の写真に関しては、問題ないですから、どの写真を使われるかは、会社の方とご相談ください」
決して照れくさいわけではないし、嬉しくなって写真を預かるわけでもない。
持って帰らせるとマジで危ない。この人もちょっと死相が出てる。
多分汗がひかないのは、この写真の影響だと思う。
「わかりました。それじゃあ失礼するね」
預かると言った瞬間から、少しほっとした様子を見せた。
席から立ち上がって足早に去ろうとする男性に慌てて声をかける。
「あっ、すいません。この写真を送ってきた方と連絡はとれますか?」
これ多分この写真に写ってる人も、撮影した人も、全員やばいと思う。
その中でも特に、足元が暗くなっている美人は手遅れな気がする。
もう足元が見えないくらいにまで、陰影が『濃く』なっている。
「これは確か応募されてきた写真だから……。採用された場合のプレゼントの送付先として住所が分かるかもしれません。局に戻ったら調べてみますよ」
「お手数おかけしますがお願いします。」
お堂から外へ出て、車に乗り込んで去っていった男性を見送った。
「……はぁ。さて、どうすっかなぁ」
明日はプロローグ第二話公開予定です。