第7話 潜む陰謀、浅はかな悪意
今年最後の投稿です。皆様、良いお年を!
一方その頃、タツ達がドベルのお説教を受けていた時、訓練場の裏で複数の人影が集まっており、その中心に苛立つように座り込んでいる人物がいた。矢守である。
そして周りにはいつもつるんでいる三人組とかつてタツに喧嘩に挑み、ことごとく返り討ちにされた不良達であった。
唐突に座り込んだヤモリは吐き捨てるように不満気に呟いた。
「クソ! タツの野郎、なんで全然諦めねえんだ!」
「ホントだな、あれだけやって心が折れねえなんて思いもしなかったぜ」
「チクショウ! あんな女みてえな奴にこのままコケにされちゃあ腹の虫がおさまらねえ」
何故この場所で集まっていたのか、それはタツが関係していた。
ヤモリを含め、以前タツに喧嘩を売り、敗北した者同士による打倒タツを信条にヤモリの美愛を彼女にしたいという目的が結果的に一致したことで共同戦線として同盟をむすんでいた。
そしてイグドに召喚され、ジョブの判明とタツの弱体化に目を付けたヤモリはこれ幸いと同盟を組んでいた仲間に情報を流し、共にタツを襲い続けていた。
しかしこの2ヶ月、何度も襲撃を試みたもののそのことごとくが失敗に終わっていた。主な要因としてはタツの身体能力が予想外に高かったことである。
ヤモリ達から見て、そう思っているが実際はそうではない。
タツは、今まで培ってきた喧嘩と相手の力量を見極める程の観察眼に優れており、数えきれない程の喧嘩の経験によって相手の動きを先読みできる技術を会得していたことで今までの攻撃も回避していた。
「きっと敏捷とかにステ振りしてるとかだろ」
「んな訳ないだろ!」
「だったら俺達即やられただろ!?」
「あ、確かに」
「あぁ……って納得してんじゃねえ! 余計みじめになんだろ!!」
無論そんなことを知る由もないヤモリ達は口々に愚痴をこぼしており徐々にフラストレーションを溜めていた。
すると、一緒にいた仲間が思わずといった風に口にこぼした。
「なあおい、いつになったらあいつをぶちのめせるんだよ! タツにばっか手こずってんじゃねえよ」
そうだそうだ、いつまでやってんだよと周りの仲間も不満の声を漏らしている。
当然である。仲間といっても所詮は互いの目的の為に組んだに過ぎない彼らはほんの少しのはずみでその協力関係は瓦解してしまうそんな脆い関係であった。
無論ヤモリもそれを理解していた。不良としての経験はそこそこ積んでいるヤモリはこの協力関係は初めから利用するだけの捨て駒にするつもりでいた。
そんな不良達にヤモリは吐き捨てるように言う。
「うるせえ! 言われなくても分かってんだよ!!」
「だったらどうやったらタツを倒せんだよ? お前さんのお目当ての黄桜も手に入んねえんだぞ」
核心を突かれたヤモリはあからさまに舌打ちをし、
「んなこた分かってんだよ!」
そう吐き捨てあさっての方向を向き、思考を巡らせる。
(クソ! んなこた分かってんだよ! じゃあどうすんだよ、どうやったらあいつを潰すことができんだよ? 周りにはあいつの味方する奴ばかりだし、大体こいつらだって考える頭は持ってねえバカだけだし、何より下手にリンチでもしてみろ俺が危ねえだろ!)
どこまでも自分本位なヤモリであった。
しかしいくら考えても思いつくことはなかった。何とかして策を考えようとしていたその時、
「おやぁ随分と困っているようですねぇ?」
「「「「「!!」」」」」
「だ、誰だ!?」
そこには見知らぬ男が立っており、ヤモリ達は身構えた。
「なんだ! てめえどこから湧いてきやがった!!」
「今の話聞いていやがったのか!? ああん!」
「場合によっちゃ無事に帰れると思うなよコラ!」
口々にそう叫ぶヤモリ達、しかし突然現れたその人物に驚愕と恐怖を感じているのか声に若干の震えが混ざっていおり、虚勢を張っているのが見え見えだった。
「ハハ、まあまあ、そう警戒しないで下さい。少し興味深いお話を聞いたのでつい聞き耳を立ててしまいましたぁ。申し訳ございませんねぇ~」
クックックと、不気味に笑うその姿にヤモリ達は後ずさった。あまりにも不気味な印象を持つその男はまるでこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
しかし、
「んだよコイツ? ラりってんのか? オイコラ」
不用意に近づいていく仲間がいた。
仲間は無謀にも男の胸倉に掴みかかろうとする。
だがしかし、
「おやおやいきなり喧嘩腰はいけませんねえ」
素早く身を躱し、がら空きになった腹に右手をそっと当てた。ただ手を当てた。たったそれだけで仲間が浮き上がり壁にたたきつけられた。壁に叩きつけられた仲間は痛みに呻きながらその場に蹲る。
「て、てめえ何しやがった!!」
ありえない光景にヤモリ達はそれぞれの武器を抜き、いつでも攻撃できるようにした。しかし男はそれとは逆に飄々とした態度を一切崩さず、逸るヤモリ達を手で制した。
「まま、落ち着いてください。あれはちょっとした事故ですよぉ。いきなり襲ってきたら誰だって反撃したり逃げ出してしまうでしょう? それにワタクシはあなたがたの味方かもしれないのにぃ、悲しいですねぇ」
「ああ!? 何ふざけたことぬかしてんだ? 味方だ? ありえねえしどこからそんな話が出てくんだよ!」
ヤモリは己の武器である剣を突き出し怒鳴った。
「ですからぁ、先程のお話、聞かせてもらいましたっておっしゃいましたでしょぅ。その件についてですよぉ」
ヤモリは先程、自分達の話を聞かれていたことを思い出しあからさまに舌打ちをしつつも剣を収めた。
「じゃあなんでその話に関係ねえてめえが味方になるんだよてめえが得られるメリットなんて……」
「邪魔なんでしょう? 彼が、欲しいんでしょう? 彼女を、それをワタクシには叶えられる」
「……!!」
言い掛けるヤモリの言葉を遮り、そのささやきにも等しい問いかけに思わず息が詰まった。それはヤモリが一番求めていた事を突かれた言葉だった。
「なん……嫌、て、てめえそれホントか?」
「ええ、あなた方々がそれをお望みであるならばご協力いたしましょぅ」
その言葉を聞き、ヤモリは顔を醜く歪めた。最早、男が何者であるかや何故ここにいたのか等の疑問は頭の外へとすっ飛んでいた。
それを見ていた仲間の一人が恐る恐るといった様にヤモリに話しかける。
「お、おい、良いのかよ? こんな怪しい奴の話なんて聞いてよぉ?」
「ああ? ビビってんのか? こんな美味しい話を投げるなんてそっちの方が良いにきまってんだろうが」
「で、でもよぉ」
「それに、タツの野郎をぶちのめせんだぜ? 上手くいきゃあ俺らの天下になんだぜ」
「お、おうそりゃあそうだな」
ヤモリの言葉が徐々に、だが確実に心の中に浸透していく。周りの仲間にも波紋が広がるように同意していく。
それを見ていた男はそのタイミングを見計らったかのように悪魔の誘いを口にする。
「では、ワタクシの提案を受け入れてくれますか?」
「……ああ、テメエの考えってやつを教えろよ。協力してやるから」
「ククククッ、良いでしょう! それでは皆様、これから宜しくお願いしますねぇ」
その言葉を聞きヤモリ達は歓喜した。最早誰も疑問に思わなかった。
それを見た男は誰からも見えないように悪魔のような笑みを浮かべていた。
これが後に自らの行いが首を絞めることになることを……まだ、知ることはない。
誰もいない訓練場の裏に潜む浅はかな悪意を止める者は誰もいなかった。