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六燈

作者: 古谷俊樹

六燈


帰り道。

五つの燈を数えたら見えてくる、玄関のあかり。

今日は魚か肉か、味噌汁があるか、誰かお風呂に入っているのか。

ただいま。


僕が、大阪に出てきて何年経っただろうか。

十年は経っていなかったと思う。

いつになっても聞き慣れない大阪弁は自分を仲間はずれにしてるみたいで好きになれなかった。帰りたかった。

でも就職も決まってしまって、ローンを組んで車を買って、帰るに帰れなくなった。

帰りたかった。

いつも僕は帰る時に思う。

道路の横を背中を丸めて立っている街灯を、いったいいくつ数えれば家に着くのかと。

そんな事を考えてると家に着くから不思議である。

地元の、山の中にある学校から帰る時、真っ暗な道を独りで歩いて帰る時、寂しいとか、悲しいとかそんな事は思わないけど、この暗い道を独りで歩くのは、幼い僕には心細かった。そうしてそろそろ不安で足が止まりそうになる時、あの燈籠が一つ、見えるのだ。

ひとつ、ふたつと数えてようやく五つ目になる所で夕飯の香りがしてくるのだ。

これが天使のファンファーレのようで、少し駆け足になるのだが、いきなり砂利道を走り出すものだから鈍臭い僕は転んでしまって膝を擦りむいてしまうんです。

泣きながら玄関をくぐる日も多くて、お母さんには「あんたはいつも転んで帰ってくるけんね」そう言いながら絆創膏を貼ってくれた。

……あの燈籠はまだ残っているだろうか。

あの柔らかい燈は都会では見ることが出来ない。LEDライトのぎらついた光は肌を焦がされてるようだった。

帰りたいなぁ、そう口から零れた。

目頭が熱くなって、涙も零れた。

鼻水を垂らしたまま携帯を手に取っていた。


翌日、新幹線と電車を乗り継いで長崎に帰った。仕事なんて辞めてやった。

地元へ近付いてくるにつれて潮の香りがしてきた。

そして、海沿いの道を走ってそろそろ風景にも飽きる頃で交差点を右に曲がり山の方へと入っていく。するとまるで世界が変わったように視界に引っかかりが増えていき、陽の光も影を落とし始める。

昔は嫌いだった木の葉の隙間からチラチラ零れてくる光の露が、今は懐かしく、こんなにも綺麗だ。この杉の木が右に左に立ち並んだ砂利道はどこまでも続いているような気がした。


まだ昼間なのに薄暗く、道が細くなってきた。あぁ、僕はこの道を知っている。学校帰りに寂しく歩いた道だ。

途中の道で少しだけ膨らんだ場所がある、車両がぶつからないように広げられた道だ。そこに車を止めて、歩き出した。

少しするとあれが見えてきた。

こけが生えて、欠けてしまっている所のある帽子をかぶり、まだ日が落ちていないからか、今は目を瞑ったままの五つの燈籠が。

その燈籠たちに「久しぶり」と声をかけてどんどんと歩いていった。

家が見えた。懐かしい、僕の実家だ。

道がひらけた時には僕はもう走り出していた。

引き戸に飛びつき、勢いよく開け放した。

ただいま。

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