初めてもらった花束
甘い匂いの正体は、カーネーションだった。
ウィリアム殿下は手にしていた花束を私に差し出すと、にっこりと微笑んだ。
「お見舞いです。受け取ってください」
薄桃色のカーネーションとカスミソウで作られた花束は、とても愛らしくて頬が自然と弛んだ。
「まあ……! ありがとうございます。とても素敵なカーネーションですね」
うれしくって花束の中に顔を近づけ、甘い匂いを吸い込む。
実を言うと父親以外の異性から花束をもらうのは初めてだ。
まさか初めての花束が王子様からの贈り物なんて……。
こんな経験、もう一生できないだろう。今日のことは特別な思い出として大事に覚えていたいとまで思った。重いし大げさだし怖いと感じられたら落ち込むので、もちろん自分の心の中で思うだけに留めておいた。
「急に訪ねてきた失礼を許してくれますか? いただいた手紙に体調を崩されたと書いてあったので……」
心配そうに顔を覗き込まれて、緊張と動揺でドキドキしてしまう。
ウィリアム陛下の甘い顔立ちは、心臓に悪い。
あんまり視線を合わせていられなくて、すごく挙動不審になる。
(ドキドキしている場合じゃないでしょう……)
お見舞いにいらしてくれたお礼と、心配をかけた謝罪を伝えなければ。私は焦りながら、殿下に向かって頭を下げた。
「ウィリアム殿下。ハンカチをお返しできなかった理由をお伝えしたくて、あのような手紙を出させていただいたのですが。かえってお気遣いいただくことになってしまって……。本当に申し訳ありません」
「謝らないでください。私が望んでしていることなのですから。それで、お加減はいかがですか?」
「もう大丈夫です……! もともとただの胃痛でしたので……あっ!」
慌てて自分の口に手を当てる。心配をかけたくなくて、たいしたことがないと伝えたのだけれど、そんなたいしたことのない理由でバラ園鑑賞会を欠席したのかという話になる。
「すみません……。そうではなくて……。バラ園鑑賞会の日は激痛で意識が混濁するほどだったのですが……」
「そんなにひどかったのですか……。かわいそうに」
ウィリアム殿下が眉根を寄せて呟く。
(私の馬鹿……! こんな顔をさせたかったわけじゃないのに……)
「違うんです……いえ違くなくて……ああ、もう……」
立ち振る舞いの下手な自分に心底がっかりする。融通が利かなくて、ちっともスマートじゃない。そのせいで向き合っている相手に負担をかけてしまう自分が嫌いだ。
私が自己嫌悪を感じながら顔を上げると、ウィリアム殿下は優しく目を細めてクスクス笑い声をこぼした。
「リディア嬢、そんなに気を遣わないで。どうか思ったままを口にしてください。私もそのほうがうれしいので」
「殿下……」
本当にそれでいいのだろうか?
戸惑ったまま見上げると、安心させるように頷き返してくれた。
「舞踏会の夜にも思いましたが、貴女は優しい女性ですね。私がどう感じるかをまず先に考えてくれているでしょう?」
「え!? 優しいだなんて……」
びっくりして、慌てて両手を振る。ウィリアム殿下のように完璧な優しさを持った相手にそんな言葉をかけてもらうなんて。恐れ多いにもほどだ。
今だってウィリアム殿下は私がオロオロしているのを感じ取り、安心させてくれようとした。私の失敗している気遣いなんて、まったく足元にも及ばない。
「それに貴女はとても誠実な方なのですね。あの手紙をくれたこともそうですし、言葉の端々から貴女の人柄の良さを感じます」
馬鹿真面目で融通が利かないだけなのに、私の欠点を美点のようにウィリアム殿下は言ってくれた。
「どうしてそんなに褒めてくださるんですか……。恥ずかしいです……」
「ふふ、本当だ。頬が赤くなってしまいましたね」
頬だけでなく顔中が、熱くなるのを感じる。恥ずかしさのあまり、ウィリアム殿下から視線を逸らすと……。
「……!」
そこには乙女のように頬を赤らめた父親が、気まずそうにモジモジしている姿があった。
あああ……!! 忘れてた……!
ひどいことに父の存在を完全に失念していた。
父親の前でとても恥ずかしいやりとりを繰り広げてしまった気がする。