王子様との出会い
声をかけられた瞬間、ビクッと肩が揺れてしまった。
反射的に顔を上げると……。
「……!」
(うそ……)
生垣の向こうから心配そうに姿を現したのは、なんとウィリアム殿下だった。
彼はひとりきりで、さっきまでウィリアム殿下を取り囲んでいた令嬢たちの姿は見られない。
(どうしてウィリアム殿下が、人気のない中庭なんかに……)
茫然として彼を見上げる。ウィリアム殿下は私の顔を見て、ハッとしたように息を呑んだ。
(え? なぜそんな表情を? ……って、ああっ!)
突然、ウィリアム殿下が現れたことに気が動転して、すっかり涙は止まったけれど、たった今までボロボロと泣いていたのだ。自分がひどい顔をしているだろう点に思い当たり、慌てて頬を拭う。
「申し訳ありません……! お見苦しいところを、殿下にお見せしてしまい……」
「ああ、いけません。そんなふうに拭ったら頬が赤くなってしまいます。さあ、これを使って」
差し出されたのは白いハンカチだった。恐れ多いけれど、まさか断るわけにもいかない。私は委縮しつつお礼を言って、ハンカチを受けとった。
「実は青ざめた貴女がホールを横切っていったのを見て、心配になって追ってきたのです。もしよろしければ涙のわけを話してくれませんか? 何か力になれるかもしれない」
ウィリアム殿下は気遣わしげな口調で尋ねてきた。彼の眼差しは真っ直ぐだ。本気で心配してくれているのが伝わってくる。
(口を聞いたことすらない相手を、ここまで案じてくれるなんて……)
聞いていたとおり本当に優しい方なのだろう。
でもまさか自分の身に起きている問題を、打ち明けるわけにはいかない。
お耳汚しとしか思えないし、恥をさらすようなものだ。
「た、たいした問題ではないので、どうかお気になさらないでください」
なんとかそう伝えて、頭を下げる。しどろもどろしてしまった。
みっともない。恥ずかしい。
「あの……それでは私はこれで……!」
「待って。そちらから出て行ってはだめだ」
逃げるように踵を返そうとしたら、慌てた声に呼び止められた。
「そのまま進むと、ホールに面したテラスへ出てしまうから」
「あ……」
泣きはらした顔でホールへ戻ったりしたら、また注目を浴びてしまう。
「落ち着かれるまで、どこかで休まれますか? それとも今日はもう帰りたい?」
「帰りたいです……」
優しい声で尋ねてくれるから素直にそう答えると、ウィリアム殿下は微笑んで頷いてくれた。
彼の微笑みはとても甘く、束の間、見惚れてしまった。
すごい……。笑いかけるだけでドキドキさせるほどの美貌を持った人が、この世に存在しているなんて……。こんな状況だというのに、しみじみと感心している自分に気づき恥ずかしくなった。
「わかりました。それでは正門までお連れいたしましょう。人目につかずに抜けられる裏道があるので」
「え……! で、でも……殿下にそんなことを頼むのは……」
「私も少し息抜きがしたかったのです。だから遠慮せず、案内役を任せてください」
私が躊躇わずにすむよう、少し茶目っ気のある言い方をして、ウィリアム殿下が手を差し出してきた。
信じられないような展開が次々と起こる。
(どうしよう……。どうしたらいいの……?)
私は混乱しながら視線を彷徨わせた。完全に挙動不審だ。
「……」
ここまで言ってくださったのだ。
ハンカチのときと同じで、断るほうが失礼に値するだろう。
「あの……それではお願い致します……」
「ええ。よろこんで」
おずおずと腕を伸ばし、差し出された手を取る。ウィリアム殿下はまた優しく笑いかけてくれた。
お互い手袋をはめているから、体温が伝わってくることはない。本当に指先が触れているだけ。
それなのにものすごく緊張した。相手が王子様だからなのか、ときおり安心させるように微笑みかけてくれるからか、理由はわからないけれど、心臓の鼓動は早鐘のように鳴り響いている。
アイザックと一緒にいるときも緊張したけれど、その比ではない気がした。
(できれば早く正門に辿り着きたい……)
失礼ながら正直、そんなことを思ってしまった。