ドクターローズ
とある日の昼頃。私は今、ドクターから呼ばれて繁華街にある彼が占いをしているという店へと向かっている。今日は珍しく仕事中だというドクターが、なぜ私を呼んだのかはわからないが、とりあえず彼がわざわざ私を呼ぶということは何か意味があるのだろう。
ドクターから聞いた彼の店の名前は『ドクターローズの愛の館』と言うらしい。
……何というか、すごい名前の店だ。
そういえば眠れる獅子のドクター以外のメンバーの名前は聞いていたが、彼の名前だけはちゃんと聞いたことがなかった。店の名前にあるローズの部分がドクターの名前に関係があるのだろうか。ドクターに対して特に興味があるわけではないが、何らかの機会があれば聞いてみようかな。
とりあえず私はいろいろなことを考えながらドクターから聞いていた道順を頼りに繁華街を歩き続けると、何やら少し不思議な外観をした建物ばかりが並ぶ通りの入口へと辿り着いた。
その入口には『桜海占い通り』と書かれた大きな看板があった。どうやらここがドクターの店があるという場所のようだ。通りに入ると占いに使うような道具が売られている店や、様々な占いをしてくれる店が並んでいる。
桜海占い通りを歩いていると、不思議な外観をした建物が並ぶ中、さらに独特な雰囲気を醸し出す建物が目に入る。それは壁一面をピンクで塗りつぶし、どこかで見覚えのあるような大きなピンクのハートを中央に施したステンドグラスの扉の建物だった。
私はまさか……と思い、この建物の看板を恐る恐る確認してみる。ここが件のドクターの店ではないことを願ったが、残念なことにそこには『ドクターローズの愛の館』と書かれた大きなハートの形をした看板があった。うん、わかってはいたけど何というか……相変わらずすごい趣味だ。
正直なところ、この建物に入るのはすごく勇気がいる。できることなら避けたいが、呼ばれている以上は入らないといけない。私は周りに人があまりいないことを確認すると、意を決してこのすごい趣味をしたハートの扉を一気に開けて店内へと入る。
建物の内部の様子は教会を思わせるような内装で薄暗い照明で照らされ、中の壁も外の壁と同じように一面がピンクで塗りつぶされていた。そして中央にはハートの形をした大きなピンク色をした水晶玉が置かれていて、その水晶玉の前にドクターは立っていた。しかしその姿はいつもの白い白衣姿ではなく、すごい蛍光色をしたピンクに真っ赤なバラが刺繍された白衣姿だった。
うん……今までにないくらいのやばい趣味だ。
「あら。来たわね、山田ちゃん。迷わないかと思っていたけれど、早かったじゃないのん」
「……いやいや、こんな特徴的過ぎる目印で普通なら迷わないかと思うよ。それよりもドクター、珍しく占い師の仕事中なのに急に呼び出してどうしたの?」
私はドクターに今回の要件について尋ねてみる。
「うふ。実はね。この前の鋼鉄の心臓との戦いで山田ちゃんには頑張ってもらっちゃったから、お礼にちょっと占ってあげようかと思ったのよん」
「……え? ドクターが私にお礼? なんか怖いんだけど……」
ドクターは自分にメリットのないことは基本的にしない人だと思っていたので、わざわざ私にお礼をしようとするなんて予想外だった。
「あらやだ、失礼しちゃうわね! これでもアタシと空くんが二人きりになれるように光ちゃんの足止めしてくれたことはありがたく思っているのよん」
「あー……そういえばそんなこともありましたね。でもそれなら予定していた作戦を変更してくれたエリーちゃんにお礼してあげたほうがいいのでは?」
「うふふ。エリーちゃんには魔法少女の杖を作ってあげたからそれでいいのよん。だから次は山田ちゃんの番よ。これでもアタシの占いは人気もあってよく当たるって評判なのだから損はないと思うわよん」
「はぁ……そういうことでしたらせっかくなので占ってもらいましょうかね」
「うふ。それじゃあ早速だけれど、この水晶玉に触れてみてちょうだい」
そう言ってドクターは大きなハートの形をしたピンク色の水晶玉を指差す。私はそれに近づくとそっと水晶玉に右手で触れてみる。
「占いに使われている水晶玉って透明で丸い形ってイメージだったけど、ドクターが使う水晶玉は形も色も全然違うんだね」
「うふふ。ええ、そうよん。このピンク色の水晶はローズクォーツって呼ばれる石なのよ。美や愛を象徴していることからアタシにピッタリだと思わないかしら。それに恋愛にも効果のある石だと言われているのよん。素敵でしょう」
「へぇ、そうなんだ。それならドクターの占いって恋愛に関する占いなの? そうなら少なくとも今の私にはあまり関係なさそうなんだけど」
「うふ。アタシがよくやる占いは確かに恋愛に関係していることが多いけれど、何もそれだけじゃないわよん。そうね、それなら山田ちゃんはこれからの未来に関することを占ってみましょうか」
ドクターはそう言うと、水晶玉に手をかざしながら魔法の詠唱のような言葉を発する。するとその水晶玉は輝きだすと眩い光を放った。そしてその光が徐々に収まると、大きなハートの形をしたピンク色の水晶玉は中央からヒビが入り、真っ二つに割れてしまっていた。
「あらやだっ!? アタシの占いで未来を見ることができないだなんてこんなことは初めてよん! 山田ちゃん! 魔法男の娘の杖の時もそうだったけれど、あなた一体何をしたのかしらっ!?」
「いや、私にも何がなんだかわからないんだけど……」
むしろこちらが何があったのか説明をして欲しいところだ。
「うふ。まあいいわ。少しだけ見ることが出来たから見えたことを教えてあげるわねん。山田ちゃん、あなたはこれから先、魔法少女として戦ったり様々な困難が待ち受けているわ」
「平和のためとはいえ、世界征服を目指している以上はまたどこかの組織と戦うことになるのはわかってはいるし、鋼鉄の心臓との戦いをした時に覚悟もしていたよ。でも世界の平和を実現したいという、眠れる獅子のみんなには少しでも協力したいって思ってるよ」
「あらあら。最初は女子力欲しさに入った子だとは思えないわね。でもね、これから先は鋼鉄の心臓よりも強い組織や目的のためなら手段を選ばないような組織と戦うことになると思うわ。そうなったら冗談抜きに命のやり取りにだってなってしまうわよん。まあ事故とはいえ、アタシの作った杖に選ばれて魔法少女になった山田ちゃんを、眠れる獅子に入れることを提案して巻き込んだ張本人のアタシが今更こういうのもなんだけれど、今ならまだ記憶ワスレールを使えばあなたの日常生活に戻る事だってできるわよん」
ドクターは再び、私がこの眠れる獅子に入ることになった時のことで私をイジろうとする。むしろ、その記憶ワスレールでドクターの記憶を消し去ってやりたい。今から思えば、あの時は一度にいろいろなことがあり過ぎて、混乱していたこともあってあのようなやり取りとなってしまっただけである。とりあえず、反応するとドクターを喜ばせるだけなので私はあえてスルーをする。
「確かに今なら何もかも忘れてしまえば、秘密結社同士のことなんて知らないで普通の生活が送れるのかもしれないけど……今は光と一緒に頑張ろうって約束を守りたい。それに魔法少女として私にも平和の実現のために戦う力があるなら、そのためにこの力を使いたい」
「うふ。山田ちゃんがそう思うならそれで構わないわよん。まあ気が変わったら相談しなさい。ただ、ある程度のラインを超えちゃったら完全に後戻りはできなくなるから、それは覚悟しておきなさいな。それとこの前の鋼鉄の心臓との戦いでのことなのだけれど、山田ちゃん、あなたは何か気づいたことはなかったかしら?」
突然に気づいたことと言われても、心当たりのない私はドクターの問いに答えることはできなかった。
そんな私の様子を見て察した様子でドクターは話を続ける。
「あら。その顔は何も気付いていないって感じね。まあ急に山田ちゃんにとっての日常や常識から外れた環境に身を置くことになったのだから仕方はないわよねん。それじゃあアタシから一つアドバイスをしておくわ。常識に囚われない考え方はそれはそれで必要なのだけれど、時には常識的な考え方も必要ってことよん。覚えておきなさいな」
いつもと違い、何やら真剣な表情で話すドクターのアドバイスに私は無言で頷いた。
「あら。そういえばすっかり忘れていて今思い出したのだけれど、この前の光ちゃんとの戦いで山田ちゃんの魔力が成長したから新しい魔法を使えるようにしてあげようと思ったのよん」
「え! 新しい魔法!?」
私は思わず新しい魔法という言葉に反応してしまう。
「うふふ。ええ、そうよん。それで今回、山田ちゃんに教える魔法なのだけれど、魔力を変化させる魔法よ」
魔力を変化させる魔法とは一体どんな魔法なのだろうか。この意味をあまり理解していなさそうにしている私の様子を見てドクターは話を続ける。
「あらあら。その顔はどんな魔法なのか理解できていないみたいね。簡単に説明すると、魔力を障壁のように変化させて防御に使えたりするのよん。使いこなせるようになれば他にもいろいろなことができるようにもなるわ。身体強化による防御は打撃や衝撃を軽減することはできるけれど、剣などの鋭い斬撃や魔法のような攻撃には効果はないの。でもこの魔力変化魔法が使えれば、それらに対しても防御策が取れるから行動の幅は広がるはずよん」
確かに私の戦い方は大鎌や身体強化による格闘戦で、どちらかと言うと防御よりも攻撃を重視したような感じだった。しかし、これは光の戦い方との相性が良かったからこそできたのだろう。これから先、魔法の相性が悪い相手が出てくることだってもちろん考えられる。そうなった場合、この魔法はきっと必要となってくる。
「うふ。それじゃあ山田ちゃんの契約の魔石に魔法を上書きするから、少し貸してくれるかしら?」
私は指輪に加工された契約の魔石を指から外してドクターに手渡した。ドクターはそれを受け取ると、魔法少女の契約を行った時のように何らかの魔法の詠唱を思わせる不思議な言葉で魔石に語りかける。すると無色で透明だった魔石は淡いピンクのような色に染まった。
え……私の魔石までピンクにされちゃうの?
「うふふ。これで契約の魔石はパワーアップしたわよん。今までの山田ちゃんの魔力は雷属性の魔法にしか変換は出来なかったのだけれど、これで障壁みたいに無属性の魔法にも魔力を変換することができるようになるわ。それと実戦も一応経験済みなのだから、魔法の基本的な使い方はもう大丈夫よねん。この新しい魔法もイメージすることで使うことができるわ」
ドクターは説明をしながら、ピンクに変色した魔石の指輪を私に返す。私はそれを受け取った瞬間に、さっきまでとは違う明らかな変化を感じる。自分の内側から魔力が溢れてくるような不思議な感覚があった。
「うふ。さすがに山田ちゃんでも変化に気付いたようね。魔石の色は持ち主の魔力に応じて色が変わっていくのよん。アタシが魔石の上書きをしたことで山田ちゃんの魔力の成長具合も反映されたってわけなの。これならこの前よりも強い雷魔法が使えるわねん」
そういえば光が暴走して私の姿をした人形と戦った時、私は跡形もなくぶっ飛ばすつもりで魔力の全てを込めたケラウノスを放った。しかしあの時は半身くらいしか破壊することができなかった。単純に魔力を消耗していたことと光の魔力による強化の影響もあったのだろうが、今のこの魔力なら同じ条件だったとしてもあの時より強い魔法を使うことができる気がする。
「うふふ。さて、山田ちゃんにアタシの大事なローズクォーツの水晶玉を壊されちゃったからもう商売上がったりよん。だから今日はこれにて閉店するわ。それじゃあアタシはこれから夜の町にいい男を探しに行くから、山田ちゃんもあとは好きにしなさいな」
ドクターはそう言うと、店を閉めるために私の背を押しながら外へと向かう。外に出るといつの間にか日は沈み、空はすっかり暗くなってきていた。彼はさっさと閉店作業を済ますと、店内での真っ赤なバラが刺繍されたピンクの白衣そのままの格好で、夜の繁華街へと消えていった。
この独特な雰囲気を放つ建物の前に一人取り残された私は、人目につく前に早々に立ち去り帰宅し、この日を終えたのであった。




