王子様のキスは何もお姫様のためだけのものではない
私たちは何事かと思い部屋から出ると、声の聞こえたドクターがいる隣の部屋の扉の前へ来た。
「ドクター! 今すごい声が聞こえたけど何があったの!?」
私が勢いよく扉を思い切り開けながら部屋の中へと入ると、そこにはドクターによってベッドに押し倒されながらキスをされる光ちゃんのお兄さんが声にならない悲鳴をあげながら暴れている光景がひろがっていた。
「……え? なにこれ?」
この光景に対して理解が追いつかない私はただ呆然と立ち尽くしていると、私たちに気付いたドクターは光ちゃんのお兄さんを押し倒したまま、こちらへ振り返る。
「あらやだ。アタシのお楽しみ中に入ってくるなんてダメじゃないのん」
「いや……急に隣の部屋からあんな声が聞こえたら普通は気になるでしょう。一応聞いてみるけど……何があったの?」
少し落ち着きを取り戻した私はドクターに事の経緯を尋ねた。
「うふ。空くんがなかなか目覚めないから起こそうと思ってキスしたのよん。そうしたら彼が目を覚まして今に至るというわけなの」
「……は? キスして起こそうとしたの?」
「うふふ。そうよ。寝ている相手を起こすといえば王子様のキスは定番じゃないの」
……え? ドクターは魔法の世界にある国の一つの王子様らしいので間違ってはいないのかもしれないが……何言ってるのこの人。
「ドクターは確かに王子様なのかもしれないけど、それってお姫様にするものでは?」
「あら。王子様のキスで目覚めるのはお姫様だけだなんて、一体誰が決めたのかしらん」
確かに決められているわけではないが、面倒そうなので私はこの話にこれ以上触れないでおくことにした。
しかし自分の兄の……しかも男同士でのキスシーンを目撃してしまった光ちゃんは一体どんな気持ちでいるのだろう。やはり妹としてはショックな気持ちなのではないだろうか。
私はドクターに対して最初の頃と比べればかなり慣れてきてはいるが、それでもこんなシーンに遭遇したらどうすればいいのかわからない。
ドクターが私たちと話していて少し隙が出来たのか、光ちゃんのお兄さんはドクターの拘束を振り払うと、私たちがいる側とは逆の部屋の隅へと逃げる。
「あらやだ。少し油断しちゃったわ。まぁいいわ。続きはまた二人きりの時にゆっくりとしましょうねん」
「フザケるな! キサマと二人きりになど絶対になるものか!」
「うふふ。最初はみんなそう言うのよん。でもアタシのテクで次第にそうも言えなくなっちゃうんだから。まぁそれは今おいておくわ。とりあえず今聞くことになるとは思わなかったのだけれど、山田ちゃんたちはアタシに何か相談したいことでもあるんじゃないかしらん?」
「……うん。確かにそうだけど、なんでわかったの?」
「うふ。ブラックアルケミストの研究データをアタシが持っていることをお忘れなのかしらん。それにマスターからの調査報告もある程度は聞いていたもの。鋼鉄の心臓の目的はある程度、察しているわよん」
「それなら単刀直入に言うね。ドクター、光ちゃんのお母さんを助けてほしい」
「敵対していた立場からこのようなことを言うのは都合がいいことはわかってはいます……それでもドクターさん、私たちの母を助けてはいただけないでしょうか……お願いします」
私と光ちゃんはドクターに頭を下げお願いした。
その様子を見て、最初は光ちゃんのお兄さんはドクターに襲われたことにより警戒状態であったが、次第に落ち着きを取り戻し、私たちがドクターに頼んでいる内容を何のことか理解をする。
「くそっ! あんたには正直頼りたくはないが……他に頼れるヤツがあんたしかいないなら……俺からも頼む。鋼鉄の心臓……いや、俺たちの望みを聞いてほしい」
「あらあら。確かにアタシにかかればブラックアルケミストと鋼鉄の心臓の知識や技術だけではなく、魔法による治療だって行えるわねん。あなた達のお願いは聞いてあげられるかもしれないわ。でも、アタシにも何らかのメリットがないといけないんじゃないかしら?」
私が予想した通り、自分にメリットがなければ応じてくれないようだ。
「うふふ。そうね。それじゃあこうしましょう。アタシはね、究極の魔法を作り出すためにいろいろな知識や技術が必要なのよん。そこで光ちゃんは魔法少女の素質があるからアタシの研究のお手伝いをしてもらおうかしら。空くんは鋼鉄の心臓が持つ全ての機械技術と知識をアタシに提供してもらうってことでどうかしら?」
……あれ? 何らかの条件を出してくるだろうとは思っていたけど、意外とドクターにしては普通な内容だった。
私の予想では光ちゃんのお兄さんにとっては悪い内容になるかと思っていたのに。
「わかりました。私でよければドクターさんの研究のお手伝いをします」
「……あぁ。俺と親父が持っている鋼鉄の心臓の持つ全てをあんたに渡す。この場に親父はいないが、お袋が助かるなら納得するだろう」
「うふふ。それじゃあ取引は成立ねん。ただ、ブラックアルケミストのデータはまだ完全じゃないの。アタシの目的のためでもあるけれど、完全な治療をするためにはもっとデータが必要だわ。どうやら肝心な部分はブラックアルケミストの残党が組織を立て直すため、アタシ達に倒される前に持って逃げちゃったみたいなのよね。だからこれも回収しないといけないわけよん。というわけで利害が一致しているのもあるし、あなた達にはこれも手伝ってもらわなきゃね」
こうして光ちゃんのお母さんを助ける件はドクターの協力を得ることが出来そうだ。
しかし、取引内容がドクターにしては思いのほか普通すぎて逆に怖い気がするのは何故だろう。
それからもう一つ気になる言葉がある。
「ねぇドクター、一つ聞いてもいい? 究極の魔法を作り出すって言ってたけど、どんな魔法の研究をしているの?」
「うふふ。それはね。究極の愛の魔法よん。この魔法が完成すれば、きっとあらゆる世界は愛で満たされて平和で素晴らしい世界になるわよん」
究極の愛の魔法……ドクターが言う愛にはいろいろと不安を感じるが、平和な世界になるのならそれはきっと素晴らしいことなのかもしれない。




