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廻る世界のアフツァー  作者: したかり
8/8

背徳の司祭 3



「では、ロア。そこに跪いてください」



 ロアはエメリアの前に深く頭を下げ膝をつく。シェルはエメリアの横で静かに見守っていた。



 エメリアは一振りの剣をロアの頭上に掲げる。


 そして契約の言葉を紡いだ。



「我が名はエメリア


純潔と清浄を司る者


穢れなき乙女を我が門に迎えん


あらゆる穢れは遠ざかり


汝の道に光させ


―――――我が名のもとに」











 エメリアにもらった新しい服を着たロアは、手の中にずしりと重い銀の剣を抱える。

「それはヴィルジニトという剣なんです。清純の剣であり、憑代となった人間と悪魔の魂を分ける力があります」

「悪魔祓いのときに使うんだよっ!」

「すごく、きれい……」


 ほう、と感嘆のため息をロアは漏らす。


 契約の際にエメリアから与えられた剣ヴィルジニトは、華美な装飾こそ施されていないものの、表面に緻密な文様が彫り込まれている。

 柄の部分にも見える、花のような紋章は女神エメリアのシンボルだ。先ほどの契約の証として、ロアのちょうど心臓の真上にあたる胸にも、同じく花の紋章が表れた。少しタトゥーのようにも見えなくはないが、女性的でエメリアらしいシンボルだ。


「かつては天使たちが振るっていました。もう誰にも使われることはないかと思っていましたが、こうして役に立つ時が来るなんて、感激です」

 目を細めて笑うエメリア。かつていた天使たちはもういないのだろうか、と思ったが、それは聞かないでおいた。微笑むエメリアの顔が妙に寂しげで、踏み込みづらかったからだ。


「あとねっ、その剣すっごく便利なんだっ!魔法みたいに自由に出し入れできるんだよっ!」

「えっ、ほんと?あっ、できた」

 スッと光が散るように手の中からヴィルジニトが消える。


「ロアの意思で自由に出し入れできますよ」

「すごい!便利!えい、戻ってこい。あ、出たっ!」

「わぁい面白ーい!」

「えいっ」

「まあ上手!」

「やっ」

「すごいすごーい!」

「とうっ」

「格好いいわロア!」

「はっ!……いや、すいませんそろそろやめましょう。調子に乗りました」

「ま、まあ、私も浮かれてしまいました」







 そういえば、とロアは話題を変える。

「悪魔祓いの具体的な手順ってあるんですか?」

「まずは説得ですね。負の感情の原因が解消されたことを伝え、悪魔に抵抗するように声をかけます。次に、憑代が悪魔に抵抗していることが分かったら、その剣の出番です」


 意外にも悪魔への対抗手段は物理攻撃だ。

 ちなみに、他の方法がないかもロアは尋ねたが、憑代を殺して悪魔を強制的に追い出すという方法もあるようだ。もちろんローレンを殺すなんてできるはずもないから却下だ。しかし、悪魔に憑依された人間は凶暴性が増しており、重ねてローレンは元腕利きの戦士なのだから殺すことも容易ではないのだが。

 そして、悪魔に憑りつかれているときには、憑代の目の色が赤くなるという。

 ロアは様子が可笑しかったときにローレンの瞳が赤く見えたのは、気のせいではなかったと納得した。


「ちゃんと目の色が元に戻ってからじゃないと、パパのこと切ることになるからねっ!」

「普通の人ならばその剣では傷を負わせれない。ですが、悪魔が憑りついているときは可能です。くれぐれも気を付けてくださいね」















 態勢は整ったとなれば、次にやるべきことはローレンの意図を知ることだ。


 エメリアの神殿は第7教会都市の北にある森の中にあるようだったが、ロアはシェルとともに歩いて都市内部に戻った。今まで自分の住む町のちかくにエメリアの神殿があることなんて知らなったロアだが、結界が張られていて契約を交わした人間しか立ち入りできないのだという。


 都市に戻ってすべきことは、まずローレンの過去を知るような人物に話を聞くこと、あるいはローレンが日記のようなものを持っているならそれを読むことだ。第7教会都市にいる限りローレンと遭遇する可能性はゼロではない。また、様子はわからないがもう一人の憑代、ガレットも同じく都市内にいるのだ。何が起こるかはわからない。


 都市に向かうにあたっては、エメリアは神殿から離れることができないため、ロアとシェルだけだ。

 ロアが神殿を出るとき、エメリアは最後に一度だけ、とロアを強く抱きしめた。



 どうか無事で。祈るような声は、小さいがしっかりとロアの耳に届いた。エメリアの温かさに包まれながら、ロアは遠い日に失くした母親の存在を少し思い出した。










「ロア、大丈夫?重くない?疲れてない?」

「うん、大丈夫。ありがとうシェル」

 第7教会都市に戻り、人ごみの中を歩くロアの肩にはシェルが乗っている。

幻ともいえる存在のドラゴンが堂々とロアといっしょにいても騒がれないのは、シェルの不可視化魔法のおかげだ。小さなシェルは肩に乗せても疲れはしないし、味方がいて心強い。


 一応身を隠すためにと身に着けている、フード付きのマントの下から周囲の様子を伺うが、街の人々は別段いつもと変わりないように見える。


 ロアはとある小さな家の前で止まった。ここは教会の管理している宿舎のひとつで、教会の関係者が低価で借りることのできる家だ。

 ロアはその家の扉を叩く。

 家がここだとは聞いていたが、訪ねてくるのは初めてだ。ロアは探している人物が出てくれるか少し不安になる。だが、すぐに扉が開いた。


「はい、なんでしょう。あの、あなたは?」

「アラマンドさん、私です。ロアです」

「ロアさん!?ど、どうしたんです!?」


 フードを被ったまま名乗ったロアに、アラマンドは叫ぶように驚いた。その声のせいで通りを歩いていた住民の注目を集める。アラマンドは慌ててロアを家の中に引っ張り込んだ。

 こじんまりとした作りの家だが、アラマンドの性格を表すようにきちんと整頓されている。

 

困ったときに頼れる相手、と考えて真っ先に浮かんだのがアラマンドだった。


「ど、どうぞ座ってください。どうしたんですこんな時間に、司祭様に怒られませんか」

「その、司祭様のことなんです!あの、大変なことになっていて……」

 不思議そうな顔をしたアラマンドに、ロアは事のあらましをすべて話した。
















 時間は惜しかったがロアはアラマンドに順を追ってすべてを話した。アラマンドがロアの頼みを無下に断ったりあしらったりするようなことはないとは思ったが、きちんと説明されなければ信じがたい話だとロアも分かっていたからだ。アラマンドは最初は戸惑って聞いていたが、やがてやたらを目を輝かせ始めた。




 そしてようやく、すべて話し終えた。

 あんぐりと口を開けるアラマンドに、ロアは人間ここまで呆けた顔をするものなんだと変に関心した。しばらく沈黙していたが、急にアラマンドは叫ぶ。


「女神エメリアに封印された七悪魔!すごいぞ!まるでおとぎ話だ!あと白いドラゴンですって!?すごい!私ドラゴンとか小さいころからめっちゃクチャ憧れてたんですよ!!」

 鼻息荒いアラマンドに、ロアは呆気にとられる。

 こんな性格だったのか、意外と少年心を忘れないタイプらしい。


「はっ、すいません!ちょっと興奮してしまって……」

「ねえロア、この人に話して大丈夫だったの?」

「えっ?ロアさん、今誰かの声が聞こえませんでしたか?」


 ロアの肩に乗っていたシェルは、めんどくさそうな様子で不可視化を解いた。

 突然、憧れのドラゴンが表れたのを目にしたアラマンドは叫ぶ。


「うおおおおおおドラゴンだあー!!」

「うるさぁいっ声がでかいっ!」

「小さいけど、すごい!まさにドラゴン!しかもしゃべってる!見えなかったのはなんでだ!?不可視化魔法か!?そんな高等魔法も使えるのか!?触ってもいい!?」


 アラマンドはロアの肩の上のシェルに向かって手を伸ばした。が、すぐに止めた。

 シェルがいかにも機嫌が悪そうに、低く唸っているからである。今にも噛みつくか火を噴き放ちそうな勢いだから、アラマンドが無理に触らなかったのは正解だ。

 シェルの機嫌が悪そうなところは初めて見るロアは少し焦る。

 アラマンドさん、シェルが嫌がってるみたいだからやめてほしいです。


「僕に好きに触っていいのは限られたひとだけっ!あとお前はエードラムの信仰者だろーよそのひとっ!僕は女神エメリア様の眷属なのっ!触るなっ!」

「そ、そんなあ……」

「ロアの話に納得したんならそれでいいでしょ!余裕な状況じゃないんだからねっ!」


 シェルが触れるのを許さなかったのはアラマンドがエードラム教徒だからみたいだ。

 だがロアもエメリアと契約したが、つい最近まではエードラムに祈りを捧げていたこともあって少し肩身が狭いような気持になる。


 アラマンドはがっかりした様子だが、ロアに向き直った。ようやく話が進む。


「見苦しいところお見せしてすいません。ロアさんの話は信じます」

「本当ですか!?」

「はい。ロアさんが嘘をつくとは思えませんし、司祭様の様子がどうも可笑しかったのは事実です。それに、知っている人はもう少ないでしょうが、女神エメリアがかつて七悪魔を封印した、という話は伝説として残っているんです。実際に、その伝説に出てくるドラゴンが目の前にいるんですから、疑いようはありません」

「そんな伝説あったんですね!知りませんでした……」

「ええ。ですがかなり古い話だったのでもしかしたら作り話かとも思っていたんですけど

あっと、無駄話はこれくらいで話に戻りましょう。ロアさんは司祭様のことを知るために来たんですよね」

「はい!あの、今回のことと司祭様となにか関係がありそうな話を聞いたりしてませんか?


 アラマンドは顎に手をあてて首を傾ける。助祭という立場もあってアラマンドはローレンとも関わりが深いと思っていたのだが、心当たりはないのだろうか。

「うぅん……私自身も司祭様のことを詳しく知っているわけではないんですよね……」

 アラマンドは申し訳なさそうに言う。確かに、アラマンドがローレンと会うのは教会で仕事をする時だ。ローレンの非常にまじめな性格を考えると、仕事中に無駄口を叩いたりはしなさそうだ。


「それこそロアさんのほうが詳しいと思うんですが……うぅん」

 詳しい、と言われてロアは苦々し気分になる。エメリアともローレンの意図がどのようなものなのかを考えたが、ロア自身もローレンの過去の話をあまり知らないのだ。どんな経歴をたどったかくらいは知っているが、詳しい話を聞いたことはなかった。ロア自身、ローレンとは仲のいい親子だったのだ、ローレンのことならなんでも知っているとすら思っていたが、そんなのは自分の勘違いだったことを知って落胆と苛立ちが沸き起こる。父親が悪魔に付け込まれる原因となった心のスキマとは一体なんなのだ。


「ああでも、一度だけロアさんのことを話していましたね」

「えっ?私のことを?」

「はい。ロアさんを、血は繋がってないがすごく大切だと」

「本当にっ?ロアのこと本当は好きだとか言ってなかったっ?」

「い、いえそんなことは決して仰ってなかったです!でも、こんなことも言っていましたね……。『ロアが自分のことを父とは呼んでくれない』と」

「へえ、確かにロアってパパのこと『司祭様』って呼んでるよね」


 ロアは痛いところを突かれた気分になる。

 シェルの言う通り、ロアはローレンのことを父と呼ばない。今まで一度もお父さんだとかそんな呼び方をしたことはなく、常に「司祭様」と呼んできた。


「あの、家庭の事情に踏み込むつもりはないんですが、どうして司祭様をそんな他人行儀に呼ぶんですか?いつも不思議だったんです。すごく仲がいいのに」


 ロアがローレンを司祭様と呼ぶ理由。それは、8歳のロアがローレンに会った時には、すでに司祭職についておりローレンが周囲の大人たちに常に「司祭様」と呼ばれていたからだ。だが、それは要因の一つというだけで、他にも理由はあった。


「それは、その……司祭様が私を養女に迎えると決めたときに、反対する人がいたんです。『娼婦の子供が司祭様を父親呼ばわりするなんてありえない』って……もうずっと前のことだったんですけど、頭から離れなくて……その、いつかお父さんって呼びたいとは思ってたんですけど、機会を逃して逃して……」


 今まで勇気を出してローレンを父と呼ぼうとしたことは数えきれないほどあった。だが時がたつにつれてどんどん呼びづらくなった。くだらない理由だとはロアも思っているが、自分が若くして司祭になった輝かしい経歴をもつローレンの足かせになるかも、と思うと父親と呼べなかった。


「ロアのママは娼婦だったの?」

 シェルが意外そうに聞いてくる。


「うん。血のつながった父親は私を産んですぐに出て行っちゃったんだって。それで、お母さんは、なんとかお金を稼がないとって。でも娼婦ってもちろん誰にでも認められるような仕事じゃないから、そういう人がいても仕方ないのかなって思って……」

「そんなの他人の勝手な言い分だよ!娼婦だって生活するために仕方なくって仕事だよそれが分かんないなんて見分狭いよっ!」

「私もそう思います。でもそんな理由があったんですねえ」


 ふたりの言葉に、悲しげだったロアの顔に笑みが差した。


 ロアにとって、唯一の肉親だった母親のことは特別な思い出として心に刻まれている。死別したのはもう8年も前で、正直もうおぼろげにしか覚えていない。だが、すごく優しかった気がする。母親にはきっと愛されていた、ロアはそう思うことができた。



 ふいに、シェルが声を上げた。


「あ、待ってロア。エメリア様が、司祭の様子が変わったって!」

「えっ、急にどうしたの?」


 アラマンドはロアが海へ飛び込んだ時間よりも後になって教会へ顔を出したようだが、そのときにはローレンは教会に居たという。いつもよりも静かな様子だったが、その時にはアラマンドはやる事がないから帰ってもいいと言われたらしい。ロアが飛び降りたときにはかなり動揺していたと聞いていたロアは、思ったりよりも平静なローレンに安心していた。エメリアも神殿からローレンの様子を監視しておくと言ってくれたが、様子が変わったのだろうか。


「ロアのパパ、死にそうみたい!」


 ロアは顔を青くして、椅子を倒すほど勢いよく立ち上がった。

「ええ!?死にそうって、なんで!?なにが起きてるの!?司祭様大丈夫なの!?」

「今のところはね。でもエメリア様も詳しくはわからないみたい」

「そんな……シェル!教会に行くよ!」


 ロアはすぐアラマンドの家を飛び出した。シェルに声をかけたが、ロアは走り出した時に振り落としている。

 それすら気付かず、ロアは教会につながる道を駆け抜けた。つむじ風かと思うほど素早く人ごみを縫っていくロアを住人たちは驚いて見やった。


「僕のこと置いていくなんて酷い酷い酷いっ!大体一人じゃパパに太刀打ちできないかもしれないのにロアの考えなしー!!」 

「ロアさん行っちゃったけど、でも司祭様には悪魔が憑りついてるんですよね!?大丈夫なんですか!?」

「こうなったら行くしかないよっ!お前の来るのっ!うまいこと悪魔祓いできたら僕のこと触ってもいいから!先に行くからねっ!」




 ロアは不可視化の魔法で姿を消したあと、すぐさま教会へと飛び立った。

 アラマンドはぽかーん、と家に一人取り残されたが、慌てて自身のワンドをつかんで家を飛び出した。




アラマンドさんはぽっと出のキャラのつもりだったんですが、ここでしっかりとキャラが立ってきました。

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