背徳の司祭 1
部屋を訪れたローレンをロアは驚いて迎えた。
「司祭様!」
(さぼってるのに気づかれた!?いや本当はさぼってたわけじゃないけど)
ロアは、内心で焦る。
だが、ローレンは部屋に入ってきても、何も言わず棒立ちだった。
「あの、司祭様、どうし……」
ロアはローレンに近づこうとしたが、止まる。
ローレンは肩が上下するほど荒く息をしていて、目を見開いてロアを見ていたからだ。
血にぬれたように赤いローレンの目は、舐め回すようにロアを見る。
異様な状況に気付いたロアだったが、それよりも早くローレンは動く。
気付いたらロアは、自分のベッドの上に体を押し付けられていた。
「痛っ……司祭様!?」
驚いて自分に馬乗りになる司祭を見上げる。
「神よ……神よ……」
そこには汗をにじませ、涙を一筋流し、苦悶の表情を浮かべる、ローレンがいた。だが、まるでいつものローレンとは違う。
怪物のようだ。
「ロア!逃げて!」
突然、ローレンの背中にシェルが飛びつく。
シェルの鋭い牙と爪はローレンの皮膚に食い込み、肩や顔に大きな傷を作った。そこから血が溢れ、ロアの顔にも飛び散った。
「ううっ!この、邪魔をするな!!」
「ぐうっ!」
ローレンはシェルの首をつかんで、床にたたきつけた。そして、強く足を振り落とす。
「ぎゃうっ!」
「司祭様!やめて!!」
シェルの悲鳴が上がる。
ローレンは素早く、床に落ちていたロアの剣を拾った。すぐに鞘が投げ捨てるように外される。
「やめっ」
ロアが制止する前に、剣がまっすぐシェルに振り下ろされた。
「ギッ、イィッ!」
唸り声をあげて、シェルはばたばたを体をもだえさせる。
幸いにも、ローレンはシェルを殺しはしなかったが、翼に剣を突き立て床に縫い付けた。
「ロアッ!逃げて!逃げてっ!ゴート!ロアに触るなぁっ!」
「うるさい……もうドラゴンが表れているなんて、小賢しい女神だな」
ローレンは頬の血をぬぐいながら、そう吐き捨てる。外見は間違いなくローレン・ヴィユノークその人なのに、口からでる声色はまるで別人のようだった。
「し、司祭様?なに?何するの?」
おびえるロアを見ながらも、ローレンは口角を釣り上げて笑うだけだった。
ローレンが一歩ベッドに近づくと、ロアは後ずさる。だがすぐにベッドの反対側は壁だ、ロアはすぐに逃げ場を亡くした。
「さて……小娘。今から育ての親の男にお前は嬲られる。なにか言いたいことはあるか?」
「あ……あの」
「『やめて司祭様』か?それとも『神よお助けください』か?ああ、『お願いだから痛くしない』なんていいな、興奮する」
ローレンの口から、ローレンでないものの声が紡がれる。ロアは目の前にいる男が自分の養父のはずなのに、まるで違う誰かのように感じていた。
ローレンは鼻眼鏡をはずし、床に転がした。そしてカソックの胸元を緩め、服をはだけさせる。
「ははは、どうだ司祭よ。どんなに抗ったところで全ては無意味、お前はお前の欲と願望に負け、最愛の娘を汚すのだ」
エードラム教国の心臓部である第1教会都市。エードラム教を導く聖職者の最高位、教皇の座する「太陽の都」である。外壁に囲まれ強固な守りを持つそこは、すべての教会都市のなかで最も領地が広く、また高い文明を誇る。
リーリオ家を筆頭とし、あらゆる名家も第1教会都市に居を構えている。エードラムの教義においては「あらゆるひとは太陽の元平等な存在である」とされており、エードラム教国には身分制度はなかった。だが歴代の司祭職を輩出している、頭脳優秀な学者を多く育てているなど教国に貢献したとされる族には、教皇から特別な栄誉褒章が与えられるのである。エードラム教国において名家といえば、教皇より名誉褒章が与えられた家を意味する。
名家は多く存在するが、そのなかの一つがヴィユノーク家である。豊かな財産を有し、エードラム教国の経済の一端を担ってきた。主には交易によって利を得ていたが、多くの土地を有しており宿屋や飲食店なども多く経営していた。
ローレンはヴィユノーク家第42代目当主の次男として生まれる。
ローレンは不自由なく暮らしていた。将来はヴィユノーク家を継いで商人になることを期待されていたが、それは叶わなかった。
両親が船旅の途中で嵐に巻き込まれ、舟もろとも海の底に沈んだことが知らされたのは、ローレンがまだ17歳の時だった。
多くの資産を丸ごと残して、ヴィユノーク家は当主を失った。本来ならば当主の長男でありローレンの兄ヴェレムがヴィユノーク家を継ぐはずだったが、まだ若く商人としての腕も未熟だったヴェレムに財産は相続されず、親族たちに分配されたのだ。その一部をローレンとヴェレムも受け取ることとなったが、ローレンは土地や商店の権利などではなく、現金に換えて財産を受け取ることを決めたのだ。
つまりは、父亡きあとはヴィユノーク家において商業に携わらないことを意思表明したのだ。ヴェレムはローレンの性格が商売に向いていないと知っていたため、ローレンがヴィユノーク家を離れることを止めはしなかった。
ローレンは幼いころから神エードラムに篤い祈りを捧げており、また体躯や魔術の才能もあった。自身の恵まれた能力を活用するためにローレンが守護兵団に所属したのは18歳のときだ。
実力もあったローレンはやがて精鋭の騎兵隊に所属が決まった。さらなる躍進も期待されたローレンだったが、間もなくエードラム守護兵団を退団し、聖職者としての道を選んだ。
ローレンが守護兵団にいたのは数年の間だけだったが周辺小国との防衛線や魔獣討伐などで多くの武勇を飾り、退団を惜しまれた。だがローレン自身、争いを好まない穏やかな性格だった。剣を振るうよりも、人々に信仰の心を説く聖職者はローレンによく合った。
ローレンが司祭の役職を得るのに、多くの年月はかからなかった。
生来の魔術の才により、早くから第3練度以上の結界魔法を使役できていたこと、また家を離れたとはいえヴィユノーク家の出身であることが、ローレンが司祭に抜擢された理由だった。
また、当時の第157代目教皇テオドシウスがローレンの人望を見込んでのことである。当時まだ三十代を過ぎたばかりのローレンは、司祭の中では若年である。ローレンよりも年配だが地位の低い聖職者も多くいる状況で、ローレンは見事に司祭の役を果たした。もちろん相応の苦労があったのは当然であるが、ローレンはそれを周囲の人間に見せることはなかった。
だが、ローレンに転機が訪れる。
それは教皇テオドシウスの急逝である。
次に就任した第158代教皇であるリドワンは、テオドシウスよりも伝統を重んじる人物だった。故にローレンのような若輩を信用しなかったのである。歴代の第1教会の司祭は地方の教会都市で数年間司祭を務めてから就任するのが通例だった。
そして第7教会都市へローレンは移動となった。第7教会都市は教会都市の中で最も小さい都市であり、また最も第1教会都市から遠い場所だ。はんば左遷のようなものだった。
この移動が決まった当時、ローレンは35歳だが、一生独身を貫く覚悟を決めていた。聖職者のなかには、数年を聖職者として捧げた後は、帰俗して家族を持つ者もいる。だがローレンは人々に身を捧げる聖職者であることに深い喜びを持っていたのである。
だが、その裏では、ローレンは孤独を感じていた。
十数年前に両親を失ったことは火傷のように、長い間ローレンの心を蝕んでいた。このとき兄ヴェレムは第1教会都市を離れており、滅多に会うことはなくなった。ただ別の都市で家庭を持って暮らしていることだけを聞いていた。
その時に出会ったのがロアだった。
当時まだ8歳のロア。母親をローレンと同じく水難事故で亡くしていた。父親はロアが幼いころに家を出ており、引き取り手がいないと教会の職員が嘆いたところを、ローレンが養女に迎えたいと申し出たのだ。
ローレンはロアを実の娘のように可愛がった。子育ての経験はもちろんなく、戸惑うこともあったが、仲良く暮らしてきたのだと思っていた。もちろん気がかりなことが一つもないわけではなかったが…………。
厳しい言葉で泣かせたこともあれば、ロアが言うことをきかなくて困ったこともあった。それでも楽しい家庭を気付いたと満足していた。
可愛くて仕方がない最愛の娘、毎日変わっていく娘に将来が楽しみだと、思っていたはずなのに…………。
「うっ、ぐずっ……司祭様、やめて」
服を破かれ、涙を流すロア。これから自分が何をされるかを理解して、震えている最愛の娘。
頬は殴られたのか、赤く腫れていた。
一体誰が殴った?娘の顔に傷をつけるなど……。
いや、殴ったのも、服を破いたのも私がやったことだ。
なぜだ、どうしてこうなった。
ローレンは己の理性を駆り立てて、自分の体に止まるよう何度も念じた。だが心に巣食う悪魔がそれを許さなかった。
「ははっ、お前の神はお前を助けない。祈りがどんなに無意味なものかを、お前は思い知るんだ
さあ、暴け、食らえ、犯せ、孕ませろ。
家族を作ろうじゃないか」
山羊頭の悪魔が、脳裏でそう嗤った。