女神エメリアとシェル 2
女神とドラゴン。ちょっと変な組み合わせかもしれないですが、自分がドラゴンが好きなんで登場させました。
ロアは自分のベッドに手足を拘束され、横たわっていた。縄ではなく、光の糸が手足に巻き付くことで体の自由を奪われていたが、それはすべてベッド横の女神を名乗る女性がしたことだった。
やわらかそうなブラウンの髪、ぱっちりと開いた同じくブラウンの瞳、ガレットとは趣の違う美人だ。二十は超えているように見えるが、いまいち年齢不詳だ。
純白の衣装を身にまとう女性は、決して露出の多い服ではないが豊かな体をしていることが服の上からでもわかった。
ただ美しく微笑む女性に、ロアは深く息を吸い込んで、そして言い放った。
「神父様とガレットが悪魔に憑りつかれてるなんて普通信じられないです!あとガレットはともかく司祭様が悪魔憑きなわけありません!」
突如現れた女性、自称正義と純潔の女神エメリアが語ってみせた内容をまとめると、こうだ。
数日前、ロアの住む第7教会都市の北の空に見えた7つの光。それは女神エメリアの神殿に封印されていた悪魔が解き放たれたものであり、エードラムの各地に散り散りになってしまったという。
悪魔とは、人間の負の感情を好み、満たされない欲望や怒り、悲しみなどを抱える人間に憑りつくという。これは白いドラゴン、シェルが教えてくれたことだが、ロアが養父ローレンから聞いていた悪魔と同じだった。
そしてその悪魔のうち2体はこの第7教会都市に降り立ち、ふたりの人間を憑代にしたという。そのふたりの人物の名は、ローレン・ヴィユノークとガレット・リーリオ。
「混乱するのはわかります。でも、きちんと話を聞いてほしいの。私は誓って、嘘偽りを話していません」
エメリアは祈るように、真っすぐな瞳をロアに向けた。嘘をついているようには、見えなかった。
「良いですかロア。まず、悪魔があなたの養父と友人に憑りついていること、それはまず間違いなく事実です。ちょうど憑依するところを目撃しましたので!」
「でもそれが本当のことなら、司祭様もガレットはどうなるんですか」
「心の内の狂気を芽生えさせられるのです」
エメリアのわかりづらい説明にロアは苛立った。
「狂気が、えっと、つまりどうなるんです?」
「殺人といった人間として許されない行為でも、平気で行うようになるはずです。決してその人がしないような残虐な行為でも、やがては悪魔に唆されて行うようになります」
「まさか、神父様やガレットが人を殺したりしません」
司祭がいかに善良な人物かは娘のロアが一番よく知っていた。ガレットも、たしかにロアを虐めている張本人ではあるが、殺人を犯すような性根ではないはずだ。
「いいえ、悪魔を払わない限りは狂気が止まることはありません。そして二人の悪魔祓いができる人物はあなたなんですロア。取り返しがつかなくなる前に、悪魔を退けるのです」
急に目の前に現れた女神を名乗る女性。百歩譲って、エメリアが女神であることは信じてもいいと思った。普通の人間とは違う、ロアは直感的にそう感じたからだ。
だが、話していることは、まるでエメリア自身こそが狂人のようだ。悪魔だの、天使だの、信憑性には欠ける。そして何よりも、自分の養父に悪魔が憑りついたという話が信じれなかった。
「……私の養父は、長年司祭として勤め上げた聖職者なんです!悪魔に簡単に取りつかれるような人じゃない!大体、この町には司祭様が結界魔法を張って守ってるんです、害物が簡単に入ることなんてできません!」
ロアにとって、血のつながりはなくともローレンの存在は誇りだった。第7教会都市を支える存在であり、多くの信者の信仰の支柱となる人物、それがローレンだ。
「父に悪魔が憑りついてるなんて、馬鹿にするのもほどがある!侮辱よ!訳わかんないこと言わないで!」
部屋に沈黙が訪れる。
ロアは心を落ち着けるように、大きく息を吐いた。思うがままにせり上がってきた感情を吐露してしまったが、同時に罪悪感が芽生える。
こんな乱暴に、誰かを怒鳴りつけるなんて……最低だ。
黙り込んだエメリアとに目をやると、エメリアは痛ましげにロアを見つめるだけだった。そこからは怒りや苛立ちといったものは感じ取れなかったが、ロアはむしろ怒鳴り返されていたほうが気が楽だった。
「ロア」
「……あの、ごめんなさい」
「いいえ、私こそ、ごめんなさい。あなたの大切な人を侮辱するつもりはなかったのでも、これだけは言っておきたいの。ローレン・ヴィユノークとガレット・リーリオは必ずあなたに重大な危害を加える。いいですか、二人に憑いた悪魔を祓うことのできる、最も可能性の高い人物はあなたなのです。忘れないで、あなたしかいないのです。あなただけはあきらめては駄目です」
射貫くような鋭い視線がロアに注がれる。ロアは気付かぬうちに呼吸を止めていた。
先ほどロアが怒鳴った時よりも、数倍の重圧を感じさせる沈黙が、ながく、ながく続く。
瞬きをすることもできずロアが目をカラカラにさせたころ、エメリアはふうっと息をついた。それとともに部屋の重い空気も霧散し、ロアも肩の力を抜いた。
「脅かすつもりじゃないの、ごめんなさい」
「いえ、あの」
エメリアの言葉に答えようとしたが、それを遮りエメリアは続けた。
「まだ話したいことがたくさんあるけれど、もう時間だわ。私は行きます」
「えっ?ま、待って、あのっ」
「ロア、何かあればシェルが力になります。では……また」
ロアは思わず、エメリアに手を伸ばした。だがそれよりも早く、エメリアは視界から姿を消した。
「えっ?エメリア、様?」
ベッドの上に、すでにエメリアの姿はなかった。部屋の窓もドアも一切動いていなかったが、エメリアは部屋の中から姿を消した。それは現れたときのように、突然で一瞬の出来事だった。
「……消えた。こんなのって、人間じゃ無理、よね。本当に、女神?」
「うんっそうだよエメリア様は女神さまなのっ!」
「……あれっ、君は置いて行かれたの?」
「残ってあげたの!シェルって呼んでっ!」