梟の月 1日 いきなり実践って、そりゃ無理だ
「へへへ、命が惜しけりゃ金目のものだけ置いていきな」
すごい。本当にこんなベタなセリフを聞くことができるなんて。
ガタガタと震えながら、望はそう思った。
操縦者のいなくなった馬車、馬はのんびりと草を食んでいる。
馬車を取り囲む八人の盗賊団。
対するは、ガタガタと震える青年と馬車の中から「ファイト!」と興味ゼロの棒読み声援を送る少女が一人。
傍目に見れば形勢は盗賊団が有利だった。
「いいですか。言われた通りにすれば、絶対大丈夫なのです」
サラの言葉に、望は涙目で振り返る。
「むむむ、無理だから! これって、死んじゃうから!」
「大丈夫。私の実験・・・いいえ、あなたの散っていった勇気はきっと忘れないのです」
満面の笑み。
「やられること前提ですか!」
サラを見ながら、心からの笑みというものはこんなにも輝いて見てるのかと望はつい思ってしまった。
「おいおい、この兄ちゃん震えてるぜ!」
「お嬢ちゃんを守る騎士ってとこか!」
盗賊団が、望を取り囲んだ。
騎士どころか、紙の盾を持った裸の兵士だ。
何でこんなことになったんだろう。
顔面蒼白のまま、望は立ち尽くす。
サラに強引に馬車の外に蹴り出され、望は盗賊団に囲まれていた。
盗賊団はこの近辺を縄張りとしているのだろうか。やけに大ぶりな武器を手にしている者が多い。また、逃げ出しても追えるように、馬に乗っている者も三名いた。
望がこの場を逃げ出したとしてもすぐに追いつかれるのは明白だった。
それにしても、盗賊って本当にいるんだな。と、どうでもいい考えが脳裏をよぎった。
ゲーム内で盗賊といえば、スライムの次くらいにメジャーな存在だが、実際に出会うとかなり恐い。
「きゃー、この場から無事に逃げ切るには、こいつらを倒すしかないのです!」
ほぼ棒読みな、サラ。
しかし、その言葉は的確に盗賊の敵意を煽る。
「ほほう、この俺たちに勝つ気でいやがるぜ!この兄ちゃんは!」
「そんなこと一言も言ってないし!」
盗賊が剣を抜いた。
(やばい! やばいやばい!)
望はがくがくと震えながら、頭の中が真っ白になっていくのを自覚した。
面白半分に剣を振り回す盗賊たちから、悲鳴をあげながら逃げる望。
「早く魔法を使わないと、殺されてしまうのです!」
盗賊たちは明らかに望を狙っていた。二、三人は馬車へと乗り込もうとしたのだが、どういうわけか見えない壁に阻まれ近づくことができなかったのだ。
その結果、自然と盗賊たちは望に向かうしかない。
「こいつ、魔法使いかよ!」
盗賊たちが笑い声をあげた。
「杖もないんじゃ、魔法なんて使えないただの貧弱者だろうが!」
盗賊Aの蹴りを放つ。
「ぎゃふっ!」
蹴りをまともに腹に受けて、望は地面に倒れこんだ。
背中を踏みつけられ、望は息ができない。
「お嬢ちゃん、馬車から出てきてくれないかな。そうしないと、この大事なお兄ちゃんが死んじゃうぜ」
盗賊たちは、にやにやと笑いながら馬車に向かって叫ぶ。
望は何も持っていない。
馬車に乗りこめれば、サラを人質に取ることができる。そうすれば、身代金を取ることもできる。
利用方法はいくらでもある。
「兄ちゃん、その魔法の力ってやつで、俺たちを倒してみるかい」
盗賊Aの言葉に、望は歯ぎしりした。
好きで来たわけでもない世界で、なぜにこんな目にあわないといけないの!
(ふざけるな!)
怒りだった。
理不尽に対する怒りだった。
盗賊Aは剣を地面に突き立てた。
「そろそろ、覚悟を決めてもらおうか」
剣の刃が目の前に迫る。
銀の剣から冷気が伝わってくる。それは殺意だった。
明らかな敵意を持った負の意思だった。
「衛兵でも呼ばれたら厄介なんでね。目撃者は残しちゃいけねぇんだ」
盗賊Aが望をさらに押さえ込む。
膨らむ殺意。
(こんなところで死ねるか!)
望はつぶやいた。怒りを込めて!
「火の精霊よ。俺に力を!炎よ、灯れ!」
小さいが、確かな意思を込めて唱えた。
「ぎゃっ!」
望を踏みつけていた盗賊Aが叫んだ。背中が燃えている。激しく地面を転がりながら背中についた炎を消した。
望はゆっくりと立ち上がる。その瞳は、怒りに燃えている。
「たがが盗賊Aのくせに、散々踏みつけやがって!」
盗賊たちに向けて、腕をかざす。
「火の精霊よ俺に力を!炎よ、派手に弾けろ!」
盗賊たちの中心に巨大な炎が現れ、弾けた。盗賊たちは爆風に吹き飛ばされ、地面に転がる。もはや剣を構えている者などいない。
望は手を盗賊団にかざした。
「選べ・・・逃げるか死ぬか!」
「や、やべえ。こいつ本物だ・・話が違うじゃないか!」
火が付いた者、崖まで吹き飛ばされた仲間を担ぎ逃げ出す者。
戦意を失った盗賊たちがそこにいた。
今までの威勢はどうしたと言わんばかりに、悲鳴を上げながら逃げ去っていく。
望は一瞬追おうかと思ったが、やめた。
望自身、まだ自分に起こったことがよく分かっていない。
望は大きく息をついた。蹴られた背中が痛い。
今、自分が何をしたのかはっきりと分からなかった。
とっさに呪文を唱え、それが発動した。それが自分の力なのか、そうでないのかまだわからないことの方が多い。
「もう・・・無茶苦茶だな」
呪文一つで、敵を一掃。完全にゲームの世界だ。
服についた土を払いながら馬車へと向かう。
馬車の戸を開けると、驚きに目を見開いたままのサラ。
「・・・終わったよ。これで満足か?」
サラはゆっくりと頷く。
(こいつ、なんなの?)
サラの頭の中はパニックだった。
盗賊が現れたのは、幸運中の幸運(?)といえた。
望の力を確かめることができたからだ。
しかし、その成果は予想をはるかに超える物だった。
火を灯す魔法が使えることは、最初に見せてもらったので知っていた。
炎の魔法も、望に伝えていたからできるかもしれない。これで本物かどうかが分かる。程度にしか考えていなかった。
だが、最後に盗賊たちに放った爆裂魔法は、先の魔法の応用、しかもかなり高度なものだ。
炎を発生させる位置の指定、炎を具現化させ、そこで四散させる。本来であれば、それをイメージし、精霊言語と共に精霊にその意思を伝えなければならない。それだけ高度な技術をいったいどこで習得したというのか。
「お、お前はどこで魔法の修行をしたのですか?」
「ん・・・・」
望は、しばらく考え込んだ。
「そりゃもちろんアニメとゲームだ」
「アニメとゲーム?」
それは、サラの知らない単語だった。