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梟の月 1日 最弱勇者と「火よ灯れ」

 ガタンゴトンと馬車が揺れる。

 二人が乗車しているのはギルドが手配してくれた馬車だった。荷物用の貨車などではなく人を運ぶことを目的とした客車だ。

 内装は、それほど豪華ではなかったが、それでも今までの旅の行程を考えれば贅沢の域だった。

 このまま走り続ければ、二日もかからず目的の「湖の都」に到着することができる。という話だった。

 望は当然のことながら馬車に乗ったことがない。

 乗り心地はトラックの荷台よりは良く、車に比べれば悪い・・といったところか。

 座っているシートの座り心地は悪くないのだが、馬車という性質上、路面の悪さが即乗り心地に影響するというデメリットが生じてしまう。

 馬車が走っているのは、もちろん舗装された道路などではない。

 故に、よく揺れた。

 がくがくと揺れた。

 簡易のテーブルのようなものはあるのだが、激しい振動で落ち着いて物を置くことができない。優雅にお茶、など以っての外だ。


「西洋のお嬢様が、馬車に乗ってティータイムってのはウソだな・・」


 アニメで出てくる中世の時代設定モノなどたまにこういった場面が出てくるが、はっきりいって落ち着いて乗っていられない。

 きっと路面がすこぶるいい場合のみ、乗り心地は最高になるのだろう・・などと勝手に解釈する。

 ファンタジーにそこまで期待してはいけない。

 素直にそう思った。


 乗り心地はあまりよくはなかったが、目の前に広がる風景は、今まで見たどの景色よりもいいものだった。

 車窓を流れる風景はのどかで、どこまでいっても果てがない。

 今まで出会ったことのない風景。

 これが観光であれば、リラックスしまくるのだが。

 その和やかな雰囲気をぶち壊してくださる存在が、目の前に鎮座していらっしゃる。


「・・・あのぉ」


 望の目の前に座る仏頂面のサラ。

 反応はない。

 車輪が地面を踏みしめる音で聞こえなかったのだろうか。


「あの・・サラさん?」

「何よ」


 割りと大きな声で言ってみたら、ものすごく睨まれた。

 どうやら目の前のお嬢様は、ご機嫌斜めであるらしい。

 これからのクエストに緊張しているのだろうか?

 望には「さあ、こらから魔物の討伐に向かう」と言われてもあまりピンとこない。

 サラの話では、出てくる魔物は恐らくは獣の類いだろうということだった。

 見習い魔女でも十分だと言うのだから、それほど深く考えることもないだろう。

 しかし、不安要素も全くないわけではない。

 それは、この世界に対する知識の少なさ、理解不足が原因だった。

 せっかくの道中、情報を効けるだけ聞くことにした。


「そもそも、魔法って何なんだ?」


 望の言葉にサラは訝しげな視線をよこす。


「・・何なんでしょうか?」


 小さくため息。

 文句の一つもあるかと思われたが、サラはどこか疲れた表情で語り始めた。


「この世界には三つの世界が存在しています。一つは私たちのいる物質界。そして神や悪魔、精霊と呼ばれる者達の住まう精霊界。その中間にある妖精界。

 私たち魔法使いは、この精霊界の力を使うことができるのです」

「それは、呪文を唱えるとかするのか?」


 望はサラが呪文を唱えるところを見ていない。正確には一度呪文で眠らされたことがあったが、当然のことながら覚えていない。


「精霊の力を行使するためには、呪文が必要なのです。世界の常識なのです」


 サラは、軽く杖をかざした。


「じゃあ、初歩の初歩魔法です。

 火の精霊よ。私に力を与え給え。火よ灯れ!」


 サラの詠唱と共に、光の粒子が杖の先に集中し火が灯った。

 しかし、それは一瞬のことで、火はすぐに消える。


「明りが欲しい時は、光の呪文もありますが、それはワリと高度な呪文で・・・」

「すげぇえ!本当に火が付いた!」


 望は初めて見る魔法に大興奮だ。

 望の驚きにサラの顔はまんざらでもない表情だ。


「すごいな。オレにもそんな力があるのか?」

「できるかどうかは、その人の素質に依るところが多いのです。お前の場合はたぶん無理。これをマスターするためには精霊言語を・・・・」


「んー、火の精霊よ。私に力を与え給え。火よ灯れ!」


 勢い良く伸ばした望の指先に、一瞬だが火が灯る。


「あっちち!」

「・・・・んな!?」


 サラはあんぐりと口を開ける。


「なんでお前が、魔法を使えるのです!」


 望の襟首につかみかかり激しく揺さぶる。


「ぺぷし!」


 馬車の壁に何度も頭を打ち付けながら、望にはなぜ彼女がそんなに驚いているのか意味が分からなかった。


「そんなにすごいことなのか? これって初歩の初歩の魔法なんだろ」

「初歩でも何でも、いきなり実践できるものではないのです!」


 怒っている、激怒しているといっていい。

 それは、今までにない取り乱し方だった。


「いいですか、今お前がしたことは、初歩の初歩の魔法なのです」


 息を整え、サラは言葉を続ける。


「でも、それはあくまでも魔法の素質がある人の場合です」


 望はとりあえず頷いた。

 物質界に住む人間にはそもそも精霊や妖精の程の奇蹟の力はない。

 しかし、その奇蹟の力を全く使えないわけではない。精霊の力を使う者。

 それが、魔法使いと呼ばれる者たちだった。

 魔法を使うためには、精神の力が要る。

 こればかりは修行で伸ばすこともできるが、生まれながらの資質によるところが大きい。

 サラは、魔法使いの学園でもトップクラスの素質の持ち主だった。魔法に関する知識だけでなく、その内包する魔力は、学園内でも群を抜く。

 若くして魔女見習いとして修行の旅に出されたのも稀なことだったのだ。

 そして、サラにはもう一つの特殊能力があった。相手の魔力を推し量ることができるのだ。

 今の段階では、感覚で感じ取ることができるという程度だが、更に修行すれば視覚的に相手の魔力を推し量ることができる。

 そのサラから見て、望の魔力マナは限りなくゼロだった。魔力がないわけではないが素質としては一般の人間と何ら変わらない。

 そんなごくありふれた人間が、記憶をなくし、貧弱そのものの目の前にいるこの男が、見よう見真似で魔法を放ったのだ。

 しかも・・・


「お前は今、通常言語で魔法を発動させましたね?」

「・・・?」


 望にはなんのことだか分からない。


「さっき言いかけましたが、魔法の発動には呪文が必要なのです。魔法呪具を使えば使えないこともないけど・・」


 望の持ち物はすでに把握している。眠らせた時に確認している。呪具の気配もなかった。

 怪しげな光る板を持ってはいたが、呪具の類でないことをサラは確認していた。


「呪文なら、さっきサラが言っていたじゃないか」

「私が唱えていたのは、精霊言語なのです!」


 魔法を発動させるためには、呪文が必要だ。物質界に住まう人間が、精霊界に住まう精霊たちの力を行使するためには「精神力」を代償とし、「言葉」を媒介として「力」を発動させるのだ。

 その物質界と精霊界とをつなぐ架け橋が「精霊言語」だった。

 呪文はただ唱えればいいという話ではない。適切な動作と呪文詠唱を行うことによって初めて発動するのだ。そうでなければ、寝言で呪文を唱えるだけで魔法が発動してしまう場合が出てきてしまう。

 しかし、サラから見ても望の例は特異中の特異だった。

 明らかに、日常会話の言葉で魔法を発動させている。

 予備動作もあるにはあったが、それ以前の問題だ。これが本当なら、町中で誰でも火をおこすことができる。

 だが、実際そうなることはない。

 精霊言語は、ただ言葉の発音という問題ではないからだ。精霊語を理解し、精霊言語で詠唱することは、精霊界との繋がりを作り、その力を行使することに他ならない。


「それは、前も言ったように脳内翻訳のせいじゃないのか?」


 望の言葉にサラはうなずいた。その不思議版解明されていないが、どうやら二人は違う言語を話しているらしい。しかし、脳内で翻訳され、お互いに会話が成立しているのだ。

 それが、精霊言語に関しても同じだということなのか。

 しかし、それは同時にその能力の危険性もはらんでいた。

 極端な話、精霊言語の習得なしに魔法の発動ができるということだ。精霊言語の習得の困難さが、魔法使いの総数の少なさの原因と言っても過言ではない。


 かつて、世界には魔法の祖といわれる種族が存在していた。

 彼らは、精霊語を基礎言語としながらも、物質界に住まい、人間たちと交流をしていたのだ。

 その時に、人間にも扱うことのできるように、発音がしやすいように作り上げたものが現代魔法の基礎になっている。しかし、世界を巻き込んだ長い歴史の中で、魔法に関する多くの書物は失われ、精霊言語に関する知識も失われた。

 魔法の祖と言われた種族も今では存在を確認されていない。

 精霊言語を理解するためには、今ある過去の文献を紐解き、この複雑怪奇な言語を理解していかなければならない。

 それを、脳内翻訳などという陳腐極まりない名前の能力で、あっさりと踏襲されてしまったのだ。下手をすると、呪文を一度聞いただけで、完全に習得してしまう可能性があった。


「ノゾーミ、お前は・・・もしかして」


 サラの言葉は、馬車の急停車で阻止された。

 何事か言い争う声が遠くで聞こえる。

 何度か激しいぶつかり合いの音。

 そして、沈黙。


 何事かと馬車の操縦席をのぞき込むと。操縦者がいない。遠くを見れば、土煙を上げて走り去る操縦者の姿が見えた。

 サラは走り去る操縦者をぽかんと見ていたが、馬車の前方を見、「ああ」と納得したように、馬車の中に戻ってきた。


「どうしたんだ?」


 望は不安そうにさらに質問した。


(これは、審議を確かめるチャンスなのです)


 サラは、にんまりと爽やかに笑う。


「ううん、たいしたことないのです」


 サラの言葉を望は信じなかった。

 サラは望の肩をポンポンと叩く。


「ただ、盗賊に囲まれているだけなのです」


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