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宵の月 31日 最弱勇者と見習い魔女 クエストに出発する

異世界に飛ばされた望、この世界で生きていくための術を身につけなければならない。

サラは望のためにクエストを紹介する。

 周囲は闇に満ちていた。

 やがて。

 山の稜線から光が差し込み、光の束はやがて大地を照らしていく。

 星のきらめきが空の青さに紛れ、消えていく。

 冷えた大地に太陽の光が当たり、冷たい風にだんだんと温かみが含まれるようになった。

 日の出は、動物にも人間にも等しく起床を促し、静かだった緑の丘の村にも活気を湧き起こさせる。

 道に人通りが増え、人の声、子供の声。そして、動物たちの鳴き声が次第に大きくなっていく。

 小さな村とはいえ、人口はおよそ三百。農業と畜産、狩猟が主な産業だった。

 旅人用の宿は、農家が兼業として行っているものだった。

 宿泊施設も納屋などではなくしっかりとした部屋があてがわれ(※宿泊者がいる時だけ子供部屋が客室に変わる)質素とはいえベッドで眠ることができた。

 元気十分。

 サラは宿を出るなりうーんと伸びをする。


「さあ、出発するのです」


 活き活きとした声で、サラが隣の望の背中をばっしばっし!と叩いた。

 サラは一般的な旅人がよく着ている皮の衣に、皮のマントと比較的おとなしい格好だ。それが、漆黒色でなければ彼女が魔女であると誰も分かるまい。大きなつばのとんがり帽子に、樫の木の杖。腕には魔法の力を付与したと思われるマジックアイテムの腕輪がのぞいていた。

 栗色の髪と瞳のサラ・クニークル。見習い魔女だ。

 叩かれた望の方は、彼女と対照的でおおよそ覇気というものが感じられない。

 黒髪で黒瞳。周囲を見回す望の様子はどこか落ち着きがない。

 時折、手に持った黒い板をしきりに触っているのは、よそ者に慣れた街の人間にも奇異に映った。

 服装は、一般的な革製ではない。麻の類だろうか、袖のない白い簡素な上衣と紺色の下袴だった。


「ノゾーミ、今から旅の知識と生きていくための知恵を教えてあげますから、しっかりと勉強するのですよ」


 サラの言葉に、望はびっくりした顔で、少女を見た。


「ちょっとまて、その言葉、なんかこれで最後だ。みたいな感じがするんですけど・・・」


 望の言葉に、サラは満面の笑みでコックリと頷く。


「もちろん、私は慈悲深くて優しくて可愛い魔女なので、今までお前の面倒を見てきましたが、これで最後。そう思うととても清々し・・残念で仕方ないのです!」


 今までで一番の笑顔だ。


「ソゾーミ、私は修行中の身だから、お前の面倒をずっとみるわけにはいかないのです。

 ね、分かりますよね?」


 笑顔で言っている割に目が全然笑っていない。

 面倒くさいから、そろそろ別れたいんだと言わんばかりな話だった。


「オレの名前はノゾーミじゃない。望だ。変な発音で言わないでくれ」

「字も読めないくせに、偉そうなこと言わないのです」


 抗議する望に負けじとサラが言い返す。


「おのれ・・バカにしやがって」


 望は、ぐっと言葉を詰まらせた。言葉は通じるが、文字の読み書きができない。

 自分は異世界のち日本から来たといっても、頭を強く打って妄想か記憶違いだろう程度にしか思われていない。

 それは、望自身も感じていることだった。

 ふらっと外出した際に気がつけば、異界の地にいた。

 手荷物は何もなく、ポケットに入っていた携帯電話だけ。財布すら持っていない状況だ。

 異界の地であり、電波も圏外かと思われたが、何故の不思議かネットワーク環境だけは繋がっていた。

 通話は不可。

 ネット環境も繋がったり繋がらなかったりとかなり不安定だ。今のところ、まともにHPを見れたことはなかった。

 メールも送信してみたが、送信履歴は残るものの返事はない。ブログ投稿用のアドレスに送信しているが、これが実際にアップされているかどうかも分からなかった。

 アプリは通信しないと使えないものも多いが、そこはしっかりとつながっているらしい。

 色々と怪しいアプリを詰め込んだスマホだが、今後このアプリが役に立つ日も来るだろう。

 バッテリーについては、心配なかった。近日希なソーラー充電機能付きのスマホだから、無理な使い方をしなければそうそうバッテリーの心配をしなくてもいい。

 しかし、それだけだ。

 それが全てだ。

 サラに指摘されるまでもなく。状況はまったく好転していない。

 異世界に飛ばされ、右も左もわからない状況で、年下とはいえ、この世界を知る者に出会えたことは、まさに幸運といえた。

 見た目はそこそこに可愛いと思うのだが、いかんせん性格が可愛くない。

 それでも自分を押さえ込んで何とか我慢しているのは、右も左もわからない状況で、厄介者だと思いつつも、望の面倒を見てくれるサラがいたからだ。

 彼女がいなければ、宿にも泊まれず、食事をすることもできなかった。 

 彼女に出会えたことは不幸中の幸いだった。

 しかしこの幸いは自ら望の元を離れようと喜々としている。

 この状況だけは、何とかして打破しなければならない。

 最優先すべきことは、日本へと帰ること。

 そのための方法は、まだわからない。しかし、魔法の力が解決の糸口なのだということはなんとなく分かっていた。

 人知を超えた力以外で、今の状況は説明できない。


「・・文字は、いずれ覚えるさ」


 言葉が通じることだけでも幸運といえた。

 言葉が通じていなければ、今のこの状況はあり得ないからだ。


「ところで、こんな時間からどこに行くんだ? もう出発するのか?」


 出かけるといっても望にはそもそも荷物がない。サラも荷物を持っているが、今荷物のほとんどはギルドの保管庫に預けてしまっている。


「ちょっとした仕事なのです。もちろんお前にも手伝ってもらいます」


 嫌な予感がした。


「・・・ちなみに何をするんだ?」


 望は不安げな表情だ。

 昨日までの旅の疲れはまったくと言っていいほど取れていない。

 ほぼ引きこもりのような大学生活。バイトと最低限の授業以外は部屋にこもってゲーム三昧というパラダイス状態から見ればまさに天国と地獄。

 すでにゲームの禁断症状が現れ始め、手が震えだしていた。


「ギルドは知っているのですか?」


 ああ、と望は答える。


「ギルドってのは、要するに色々な依頼を冒険者に紹介する何でも屋みたいなもんだろ」


 サラは「まぁ、間違ってはいないのです」といい「ノゾーミのくせに生意気な」と吐き捨てるように言った。

 なかなか手厳しいお嬢さんだ。


「なんか地味ぃーに傷つくんですけど・・」


 などと言ってイジけている場合ではない。


「簡単な仕事だと、依頼書には書いてあったのです」


 依頼書とは、ギルドに設けられた依頼窓口に設置されている掲示板に貼られた依頼内容を記したものだ。

 どんな小さな街でも必ずギルドが存在し、地域同士の連絡や、配達荷物の管理、銀行や荷物の預かりから、街の警備。地域住民からの依頼請負的な業務までこなす。

 その一つに、旅人や市民、傭兵家業の者を対象とした依頼掲示板があった。

 旅人や傭兵、魔法使いなど各地を転々としながら暮らす者たちには別の呼び名があった。

「冒険者」だ。

 望はこの呼び名は好きだった。

 市民でも旅人でも、掲示板を見て自分にできそうな依頼を請け負うことができる。

 それは荷物の配達であったり、家の修理であったり、力仕事であったり。

 専門的な知識や技能を必要としないものもあるので、掲示板を利用して依頼する者は多い。

 ギルドが認可した依頼を達成することで、賃金や商品などを手に入れることができるのだ。


「要するに、クエストか・・」


 ならば話は簡単だ。どんな依頼かは知らないが、サラにできるくらいの簡単な仕事だ。

 難易度はそれほど高くはないだろう。


「簡単簡単、実に簡単なのです!」


 嬉しそうに見えたのは果たして気のせいだろうか。


「城に湧いた魔物を倒しに行くだけなのです」


 サラは事も無げにそう宣った。

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