黎明の月 20日 迷惑探偵ロキ 002
海から吹く風が、彼女の長い髪を揺らす。
風の精霊の悪戯か、吹き抜ける際に彼女の飲みかけのワインの表面を揺らすのはご愛敬と言ったところか。
彼女は優雅なしぐさで髪をかき上げ、悩ましげな表情で口を開いた。
「・・・気分悪い・・・」
「飲み過ぎですよ!」
彼女の横で新聞を読んでいた少女が、あきれたように声をかける。
「昨晩も夜遅くまで飲んだくれて・・って、いつの間にワイン頼んだんですか!」
「細かいことばかり言って・・・それだから彼氏に愛想つかされるんだぞ」
「・・・教授にだけは言われたくないです」
誰のせいで愛想つかされたと思っているのだか、と助手兼経理兼おもり役の少女はため息をついた。
彼女の名はクラリッサ、目の前で飲んだくれている女性、自称「名探偵」のロキの助手だ。
名探偵はまさに「自称」だ。
未解決事件は数知れず。
まともに解決した事件は指折り数えるほど。
元々は魔法使いをしていたということだったが、それ以外の事でクラリッサが知っていることは、酒飲みで浪費家でぐうたらということ以外知らなかった・・・知りたくなかった。
「とにかく、早く解決しないと領主様に怒られてしまいますよ!」
「へいへい・・・」
「適当に返事しないでください」
「はいはい」
「「はい」は一回で!」
「・・・らじゃ!」
クラリッサは何か言いたげだったが、こぶしと一緒に何かをぐっとこらえ大きくため息をつくと、気を取り直すように新聞を読み始める。
新聞には、大きな見出しの文字と共に先日、近くの海洋で行われた海戦の事が書かれていた。
その記事は、最近界隈をにぎやかしていたウェーバー海賊団を一隻の帆船が撃退したというものだった。
クラリッサが読み上げる記事に、ロキが興味を示す。ワインを飲む手が止まり、クラリッサの読む記事を吟味しているようだった。
内容としては、帆船には魔法使いが乗船しており、撃退したというものだった。
水系魔法が使用されたということと、一時海洋が氷漬けになりその氷の塊が、この港町まで流れ着いているということまでだった。
それ以上の詳細は書かれていない。
実際に帆船がまだ到着していないからだ。
たまたま乗船していた冒険者が、魔法を使ってギルドに報告。それがニュースソースということだろう。
「へぇー、魔法戦闘ね」
ロキが興味ありげにクラリッサの新聞を取り上げ、再度記事を読む。クラリッサが非難の声を上げたが、無視した。
「この新聞に載っている帆船には、賢者セリウスが乗船しているはずだ」
「えっ、そうなんですか?」
クラリッサが驚きの声を上げた。ちょっとじと目になり「本当ですか?」と疑わしげな目を向ける。
「信じないならそれでいい・・とにかく、海洋を氷漬けにできるほどの強大な力を使えるのは水の精霊使い賢者セリウス以外には考えられない」
クラリッサはロキの言葉に頷くしかない。
いかに魔法使いといえども、常に流動している水を凍らせるなど至難の業だ。しかも、海洋で周囲一帯を凍りつかせるなど論外だった。そんな国家戦術級の魔法を放つには百人単位で魔法使いが必要となるだろう。
「それにしても、海洋を氷漬けにするとはねぇ」
話半分としても、かなりの威力だ。この話が広まればセリウスの名はさらに畏怖の念を込めて大陸全土に知れ渡るだろう。
遠くから汽笛の音が響く。
「教授!」
「ああ、分かってる」
クラリッサに言われなくとも、ロキはそのつもりだった。
港では、件の帆船の到着を待ち構えているはずだ。
「さて、久しぶりに賢者様のお顔でも拝見しようかね」
ロキはにやりと笑いながら、クラリッサを連れて部屋を出た。




