黎明の月 10日 大海原と大海賊 その10
大海原を一隻の帆船が進む。
風を帆にいっぱいに受け、快調な航海を続けている。
順調な航海に見えた。
しかし、帆船の雰囲気は暗い。
ウエーバー海賊団。かつては海の悪魔と罵られた海賊団。
その海賊団との交戦は、海の上の戦いとは思えない魔法戦となった。
その戦いは船長の死という形で幕を閉じた。
海賊につかまり、奴隷同然に使われていた海賊船員の反乱により死亡。海賊の船員は十代の少年達で、船長に脅迫され使役されていたにすぎず、情状酌量の余地ありとして、ロワイユ船長の管理の元、船員として今後動向を見守る事とする・・・記録上はそうなるはずだ。
そうならなければならない、ウエーバーの最期の頼みだ。ロワイユ船長もその想いを無下にはしない。
そんなことを考えながら、望は海を眺める。
人の死。
それを見るのは初めてではない。
小さい頃に祖母が亡くなった。
その頃は「死」=「会えなくなる」と知って大いに悲しんだものだ。
しかし、その考えは幼稚で稚拙な考えであった。
死は会えなくなるなどというそれだけの事ではない。
命の喪失。
存在の消失。
それまでの存在が失われ、やがてはその痕跡すら消失する。
心に残り続ける限りその人は心の中に「生きている」というが、それは特定の人間関係の中でのみの事だ。
記憶が歴史であるように、歴史が記憶であるように。
やがては風化し、消え失せる。
その瞬間を目の当たりにして、望は改めて「死」を考えた。
「何を思い詰めているのですか?」
「何も・・・ぼーっとしているだけ」
望は振り返らない。
その背中にごつんと何かが当たった。
「嘘なのです・・・ノゾーミはずっと悲しんでいるのです」
背中に頭を当てたまま。サラの声が響いた。
彼女とは不思議な縁で出会ってしまった。
不思議な縁で、魂を結んでしまった。
不思議な縁で、ここまで来てしまった。
これが偶然の産物なのか、それとも何者かの意図したものなのか。
それはいまだにわからない。
何故この世界に来たのかも、未だ不明だ。
「オレは・・・初めて死ぬのが怖いと思った・・」
正直な言葉が口から紡がれる。
今まで言えなかった、正直な心。
「サラを守ろうとした時、命は惜しくないと思った。その時はそれ以外考えられなかった」
湖の都では、自分の力のなさに絶望しかけた。
理不尽な世界に見切りをつけようとした。
しかし、それを彼女に救われた。
命懸けで望を救おうとしたサラを、望は命懸けで守ろうとした。
お互いがお互いを必要としている。
魔法の力がなくとも、奇跡の力を使えなくとも。
サラは望を助けただろうか。
望はサラを守っただろうか。
そんなこと、答えは分かっていた。
だから怖い。死が怖い。
自分が失われることよりも、相手が失われることが・・・とても怖いと感じた。
「サラ」
「なんです?」
「オレの前から、いなくならないでくれ」
しばしの間があった。
ほんのりと背中が熱くなった気がする。
「・・・・ハイなのです」
囁くような小さな声。
望にはそれで十分だった。




