黎明の月 8日 大海原と大海賊 その9
ミルティーンによる迅速な救出活動のおかげで、海賊たちを一人残らず「回収」することができた。
暖かな日差しの中、海賊たちは寒さに打ち震え歯をガチガチと鳴らしている。
おそらくそれは寒さだけのせいではあるまい。
今も、帆船は氷の上に鎮座したまま動くことができない。わずかに傾いた甲板は、船が完全に凍り付き、未だ氷の上にあることを示していた。
つまりは、例え今、この帆船を奪ったとしても、海賊たちに勝ち目はないということだ。
それでなくとも。
周囲を冒険者たちに囲まれ、武器まで取り上げられ、丈夫な縄で縛りあげられてしまっては、海賊たちに成す術はなかった。
そして、驚くべきは海賊団の構成員達だった。
そのほとんどが十代の少年達。
街ですれ違ってもおおよそ海賊だとは思えない。
そんな年齢の者がほとんどだった。
海賊は全員で15名。
思ったよりも少ない。
「こんな小僧たちにしてやられるとはな!」
忌々し気に初老の男が毒づく。
恐らくこの男がウエーバー海賊団のリーダーなのだろう。
周囲の船員に聞くと、この男が海賊団のリーダー、ウエーバーなのだということだった。
ロワイユ船長を見ると、彼は怒りと悲しみの入り混じった顔で、その男を睨みつけていた。
「船長のお知り合いなのですか?」
「こんな奴は知らん!」
怒鳴り声を上げたのは、ウエーバーの方だった。
サラは何とも言えない表情で二人を見比べる。
「ワシも・・こんな奴は知らん・・海賊は、みんな悪党だ・・・」
「それでは、どうするかを船長に決めてもらいましょう」
セリウスがロワイユ船長に向き直る。
船員たちはじっとロワイユ船長を凝視していた。
海賊団に出会った船はそのほとんどが沈められている。
その犠牲は計り知れない。
「ノゾーミ・・・」
サラが望の腕をつかんだ。
「ああ、分かっている・・」
望も何とも言えず、事の成り行きを見守っている。
リーダー格と言える者は一人。
ウエーバーただ一人。
その他は、十代の少年少女が14人。
「こいつらは奴隷だ!」
ウエーバーは少年達を見もせずに喚き散らした。
「オレの命令で動いていた」
吐き捨てるように言う。見下したように、あざ笑うかのように。
「俺がさらってコキ使っていたんだ。ただの無駄飯ぐらいだったがな!」
必死になって叫ぶ。
必死になればなる程、少年たちの表情は硬くなっていく。
じっと耐えていた。涙をこらえていた。
ウエーバーを見ないようにしている。
まるで、そう命じられているかのように。
自分たちは被害者なのだと証明するかのように。
「俺が死んだら・・・こいつらをお前の船に乗せてやってくれないか・・」
ウエーバーは静かな声で言った。聞き取れないほどに小さな声だ。
小さいが、男の魂のこもった声だった。
「ああ・・約束しよう」
ロワイユ船長が力強く頷く。
「海賊団のリーダーは海のしきたりに従って処刑しなければならない」
ロワイユ船長は、威厳のある声で言い放った。船員たちは無言のままその声に聞き入る。
少年たちはギッとロワイユ船長を睨みつけた。
「だが、ウエーバーの命令で無理矢理従わされていたこの子供たちは、話は別だ」
船員たちは何も言わない。
命令されていただけで、この大海原は渡れないことを誰もが知っていた。
少年達が奴隷であるはずがなかった。
確固たる絆で結ばれた関係だ。
「どうにかならないのですか」
泣きそうな顔でサラが言う。
望は首を振るしかなかった。
この世界にはこの世界のルールがある。
海には海のルールがあるのだ。
それを無視していくことなどできなかった。
「この海賊団は俺の物だ! 他の誰の物でもない!」
ウエーバーは立ち上がった。
周囲の冒険者たちは何事かと警戒する。
サラも望も身構えた。
そこで、望ははたと気づく。
そういえば、敵の海賊団には魔法使いがいなかったか・・・
「ハイール!」
ウエーバーが叫んだ。
周りの冒険者の事などまるでいないかのように。
堂々とした出で立ち。
その胸を後ろから放たれた氷の槍が突き抜けた。
血しぶきは出なかった。
突き刺さった傷口ごと凍りつく。
「そうだ・・それでいい」
ウエーバーは満足げに笑い、そのまま息絶えた。




