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黎明の月 8日 大海原と大海賊 その8

 洋上を抜ける風が冷気を帯びる。

 通常であれば心地よい風が、冷気を帯びやがてダイヤモンドダストとなって吹雪のように吹きつける。

 揚々と大海原を航海していた帆船は途中海賊に襲われるという危機には直面したが、船員と乗り合わせた冒険者、そして賢者セリウスの活躍もあり苦もなく難を乗り越えた。

 そして、帆船は今新たな危機に直面していたーー氷に阻まれ航行不能に陥ったのである。


「なんじゃこりゃーーーー!」


 吹きすさぶ冷気と怒りに打ち震えながらロワイユ船長が叫びを上げる。

 太陽からは眩しいほどに強い日差しが照り付け、日焼けと熱中症を恐れて日陰に隠れなければいけないところだが、今は冷え切った身体を温めるために日差しを求めなければならなかった。

 帆船の船体が傾いている。

 膨張した凍路同士がこすれ合いギギギと不気味な音を立てる。

 帆船は完全に氷に囲まれていた。

 帆船は洋上を航行するもの。砕氷能力などない。

 どれほどの規模で魔法が発動されたのか、見渡す限り銀世界が広がっていた。


「氷を作れとは言いましたが・・・海洋を氷の世界にしろとは言っていません・・」


 セリウスは口をあんぐりと開けたまま言葉を失っている。

 他の冒険者たちは呆然としたまま。

 ロワイユ船長に至っては倒れこんでしまっている。


「やりすぎ・・・かな?」

「かな? じゃないでしょ! 世界変わっているじゃないですか!」


 サラの言葉にセリウスがツッコミを入れた。


「いやぁ、はじめての魔法で手加減ができなかったのです」

「手加減すれば、周囲一帯を氷河期にしなかったと?」

「・・・ええ、まあ・・・そんなところなのです」

「これも作戦だったと?」

「え、オレ? これってオレのせいなの?」


 セリウスの責めに似た問いかけにサラと望はぎこちなく答えた。

 二人にとっても魔法の効果は予想以上だった。魔法抑制アイテム「罪人の腕輪」の効力は確かに機能している。

 しかし、それは魔力をーー魔法の出力を完全に抑えられるものではなかったようだ。

 サラの極度の魔力集中によって腕輪の効力はあっさりとおさえこまれてしまったのだ。


「しかしこれ程広範囲に魔法を放つとは・・」

「ああ、魔法の同時詠唱をしたからな」

「同時詠唱!?」


 セリウスの問いかけに望が答える。


「今回の魔法は、すべて風系魔法で行っている。風とは空気、つまり大気の事だ。サラは魔法で、二酸化炭素を・・て、これはさっき言ったか」

「しかし、それは冷気を作り出すための魔法だと言っていたではないか、これだけ広大な海面を一瞬で凍らせることなど不可能だ」


 望は頷いた。

 サラは二酸化炭素を圧縮させ、圧力によって液化した二酸化炭素を高圧で放出させた。

 あとは理科の実験だ。放出され気化熱が奪われ二酸化炭素が凝固し、ドライアイスが生成される。

 

「だから、周囲の複数の場所で同時に詠唱を行ったんだ」

「呪文の同時詠唱・・・そんなこと不可能だ・・」


 魔法使いは精霊言語で呪文を唱え、魔力を消費し精霊に働きかけることで奇跡の力を発動させる。

 サラは風の魔法を使い複数の場所に音を伝えた。精霊言語は声、つまり音だ。音は空気の振動。それさえ分かっていれば、音を複数の場所に同時に伝える事など造作もない。

 問題は魔力た。

 結魂による魔力の供給がなければ成し得なかった事だった。


「確かに、理屈は分かったが・・」


 理屈が分かっただけでできることではない。


「・・・あ・・・」


 望はその時になって、あることに気づいた。

 そもそも、なぜここまでの事をしなければならなかったのだろうか。


「海賊は・・どうなったんだ・・?」

「・・・!?」

「ミルティーン!!」


 セリウスの声に応じて、少女が動いた。

 水の妖精は、氷に沈み込んでいく。


「全員凍りついてなければいいんだがな・・」


 セリウスの呟きが静かに風に流されていった。



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