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黎明の月 8日 大海原と大海賊 その1

 強い風が空を流れる。

 太陽は洋上の海水を温め、やがて上昇気流を作り出す。

 そうしてできた風の力で、帆船は海を渡るのだ。


「すごい、こんなに大きな船が風の力だけで進むなんて!」


 風に髪をなびかせながら、サラが嬉しそうに頭上を仰ぐ。


「本当にすごいな」


 望も同感だった。

 フェリーに乗ったことはあったが、帆船に乗ったことはない。

 ゲームのイベントなどで船に乗るということはあるが、リアルの帆船はスケールがまるで違う。

 自然に立ち向かう木製の船。

 進むも留まるもすべては風任せ。

 吹き付ける風、うねる大海原。

 それらを見ていると、自分がいかにちっぽけなのかが分かった。

 自然の中で、人間の存在はあまりにも小さい。


 サラも望も乗船して三日ほどは船酔いに悩まされ続けた。

 今日やっと外に出ることができたのだ。

 二人とも多少顔は青白いが、今までからすればかなりましな方だった。


「魔法使いってのは、船酔いを消すことなんて朝飯前だと思っていたんだが、案外ひ弱なもんだな」


 二人が振り返るとそこには紅のスカーフを首に巻いた初老の男が立っていた。

 名をロワイユ、この帆船の船長だ。

 日焼けした褐色の肌に、豊かにたくわえた白い髭、顔に刻まれた深いしわが歴戦の勇者のような風体を醸し出していた。


「魔法と船酔いは別なのです」

「そうか、平衡感覚を麻痺させれば酔わない・・いや、立てなくなるか・・無理だな」

「魔法ってのも万能じゃないんだな」


 それは偏見で出た言葉というよりも、ロワイユ船長の素直な感想のように聞こえた。

 魔法は万能ではない。魔法使いは神ではない。

 人間の使う有限の力でしかない。


 大海原の中においても人間の力が、遠く及ばないように。

 世界の中での魔法の影響力も、大きな視点で見ればちっぽけな力でしかないのだ。


「万能の力なんて、この世にはないのです」


 かみしめるように、サラがポツリと呟いた。


「そうだな、俺たち船乗りも自然の力には敵わない。どんなに立派な帆船だって、大波に呑まれちまえばひとたまりもない」


 そう言って豪快に笑う。

 屈託のない笑顔を見ているとそれだけで気持ちいい。


「あと他にも二つ怖いものがある。何だかわかるかいお嬢ちゃん」


 海の男というのは怖いもの知らずだと思っていた。

 しかし、まだ怖いものがあるというのだろうか。


 鐘を打ち鳴らす音が響き渡った。

 正午を知らせる鐘の音ではない。激しく警告を発する。

 そんな音だった。


「どうやら怖いものの一つが現れたらしい」


 ロワイユ船長の顔が険しくなった。


「何なのです?」


 問いかけるサラ。

 これに対し、ロワイユ船長はぐっと腕をたくしあげた。


「それは・・・海賊だ!」

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