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梟の月 29日 旅立ちはいつも馬車

 ガタゴトと馬車が揺れる。

 今回は、馬車ではなく荷馬車の荷台に乗せられていた。

 荷台で仲良く肩を並べているのは望とサラだった。

 賑やかだった二人の仲間は今はいない。

 普段は騒がしく、たまには静かな時間が欲しいと願うこともあったが、今ではそれすら懐かしく思えた。


 今の世界がどうなっているのか、この目で見てきます。


 ルカリオはそう言い。湖の都を旅立っていった。


 私はこの湖の都を大陸一の観光名所にしてみせるわ。


 まるで、自分が領主にでもなったかのように雄弁に語るミランシャは、その後ろに控えるハンブルック卿よりも領主らしく見えた。

 彼女が見張っていれば、湖の都も益々繁栄していくだろう。

 そういえば、湖の都に新しい名物ができた。

 望の工夫も加え、都の皆に評判の良かったお好み焼きを湖の都の食材でアレンジしたものだ。

 最終的な名称がどうなったのか、議論が議論を呼びなかなか収拾がつかず、最終的な名称を聞く前に都を出発してしまったが、また風の噂で聞くこともあるだろう。

 露店をしていたアンナという少女は、今頃どうしているだろう。

 望が出発することを知ると大いに泣かれてしまった。

 女の子に泣かれるという経験をあまりしたことのない望は、困惑したまま何もすることができず、業を煮やしたミランシャに無理やり指示され、肩を抱いて落ち着かせるという手段で決着がついた。サラが悲鳴を上げたが、そこは良しとしておこう。


「短い間でしたけど、いろいろなことがあったのです」


 眠っているのかと思ったら、しっかりと起きていたらしい。


「そうだな・・・いろいろありすぎた」


 見地らぬ世界へ来たと思ったら、魔法の世界で、竜と魔女と結魂してしまった。湖の都では英雄扱いになり、今はこうして荷馬車に揺られている。

 帰るアテなど無い、方法も何もかも分からないことだらけだ。

 しかし、頼れるべき仲間ができた。

 信頼に足る友ができた。

 いつでも帰って来いと言ってくれる都の顔なじみができた。

 それらが全てかけがえのない物だということを改めて気づかされた。


「魔法学園に帰って、みんなに会えるのが楽しみなのです」


 サラは髪をかき上げる。その腕には紫の宝玉をあしらった腕輪があった。それはサラの両腕と、望の両腕につけられている。

 湖の都の領主、ハンブルック卿から(正確には、ハンブルック卿の宝物庫からミランシャが奪ってきた)頂いたものだ。

 その名も「罪人の腕輪」という。

 いかにもな名前だが、その名の通り罪人に着けるための物らしい。しかも、普通の人間ではなく魔法使いの魔力を無効化するという魔具だ。

 先代の領主の趣向で煌びやかに装飾されているが、魔法使いにとってはまさに拘束具以外の何物でもない。

 その一つでも効果抜群な負の魔具をサラと望は二つずつ装備している。

 念のためにルカリオにも装着してもらっている。

 それだけの厳重な装備でやっと通常の魔法使い並みの威力になった。


「魔法学園はここからどれくらいかかるんだ?」

「陸路で行けば3カ月はかかりますが、途中で船に乗るので1カ月くらいなのです」


 今までは、徒歩で旅をしていたが、今回のクエストでかなりの額のお金が手に入った。しかも、湖の都の人たちがサラたちの為に寄付を募りお礼として渡してくれたりもしたのだ。

 なので、今回は船を使っての行程が追加されたのだった。


「今まで船には乗ったことがないのです」


 そう語るサラは嬉しそうだった。


「なあ、聞いていいか?」


 そんなサラを見ながら、望がとある疑問を口にする。


「魔法使いなんだから、空を飛べばいいんじゃないのか?」

「はい?」


 サラは不思議そうな顔で、望を覗き込んだ。

 やけに顔が近い。


「いや、魔法使いなんだからホウキとかで空を飛べたり・・・しないのか?」


 サラは首を横に振った。


「残念ながら、魔法使いは空を飛べないのです。正確にはまだ飛べない・・ということです。空を飛ぶのは、私たちにとっても夢の一つなのです。今でも色々な魔法使いが研究を続けています」


 意外だった。てっきり空を飛べるものだと思っていた。


「まあ、妖精使いだったら、妖精の力で飛ぶことができるみたいですけど」

「妖精使い?」


 物質界と精霊界その間にあるとされる妖精界。その妖精を使役する者達。

 確かに、空を飛ぶ妖精の力を使えば、空を飛ぶことも可能なのかもしれないが。

 魔法使いであるならば、やはり魔法の力で飛びたいというのが本音だろう。


「それにしても・・・ホウキでどうやって飛ぶのですか?」

「そりゃ、ホウキのまたがってホウキに乗って飛ぶんだよ」

「それって、お尻が痛くないのですか?」

「・・いや、痛いと思うぞ」


 子供の頃に鉄棒にまたがって遊んでいたことがあったが、男の望としては、またがっているだけでもかなり痛かった。女の子ならば痛くない・・・わけもない。

 どちらにしても、現役魔法使いに聞いたところで、ホウキにまたがるという行為は奇天烈な行為であるらしい。


「そうだ!」


 望は目をキラキラさせてサラに提案した。

 

「魔法で柱か何かを飛ばして、それに飛び乗って空を飛ぶってのはどうだ?」

「・・・アホですか?」


 心底あきれたという顔で、サラがぼそりと呟いた。

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