閑話 とある屋台の物語 その5
「・・・仲間?」
アンリは目に前に立つサラを見、次いでノゾミを見た。
この都において、サラの名を知らない者はいない。
湖の都を窮地から救った救世主、大恩人。
どこからともなく颯爽と現れ、魔の城をその強大な魔力で跡形もなく消し去ったという。
また、湖の上に巨大な炎を出現させ、夜の都を真昼のように照らした(これは、アンリも目撃している)と、逸話に関しては事欠かない。
確かに、噂を聞く限りではサラは一人ではなく、供の者を連れていたという話だったが。
その一人が、ノゾミだというのか。
「あなたは・・・一体・・・」
それ以上言うことができなかった。
それを口にしてしまったら、今のこの関係が崩れ去ってしまうのではないか。
アンリはそれを恐れていた。
ノゾミが目の前から消えてしまう。
いなくなってしまう。
それが何よりも恐ろしかった。
「おお、これがこの都の名物なのか・・?」
「ああ、そうだ。とにかく食べてみてくれ」
物珍し気にオコノミヤキにかじりつく男に、ノゾミは自慢げに語った。
「おいおい、何を勝手なことをしているんだ。これは、これからこの都の名物になるかもしれない物なんだ。勝手に食べさせるな」
身なりからして、平民ではないだろうとあたりをつけながらも、せっかくの商売のタネを奪われかねない。ヨシンバはこの男をそう判断した。
まだ、アンリとの話は決まり切っていない。
早く、契約をして商売を軌道に乗せなければならなかった。
湖の都の名物は、大陸全土に広がっていく可能性を秘めていた。
それだけに、他の者に情報を握られるわけにはいかなかった。
「これは・・・なんという美味!」
身なりのいい男が至福の悲鳴を上げた。
「おい、このオコノミヤキはなんと美味なんだ!」
「気に入って頂けましたかな・・ハンブルク卿」
「「「ハンブルック卿!」」」
周囲が一気にざわついた。
気を逃さず、望がさっとハンブルック卿の前に出る。
そして、ハンブルック卿の胸の部分、印章を指さして声高らかに叫んだ。
「ええい、静まれ静まれぇ! この紋章が目に入らぬか!こちらにおわす方をどなたと心得る。恐れ多くもこの湖の都を統治されているハンブルック卿であらせられるぞ!」
ノゾミの言葉に周囲の皆がはっとした。あまりの出来事に騒然となり、どう対処していいのか分からない様子だった。
アンリは呆然となり、サラはノゾミのいきなりのセリフに目をぱちぱちとさせていた。
「領主さまの御前である、頭が高い! ひかえおろう!」
最後の一言が決定打となった。
その場にいる全員がひざを折り、その場に座した。
「・・・これ・・・なに?」
雰囲気に置いてきぼりを食らってしまったミランシャとサラ。
ハンブルック卿本人も、目の前の出来事に呆然自失としている。
「いいねぇ、やっぱり時代劇だねぇ」
望だけがうんうんと納得したように頷いていた。




