閑話 とある屋台の物語 その4
「いいか、タレの準備も必要だからすぐには用意できない。それまでにいろいろと教えてやるから安心しろ!」
ノゾミの言葉に騒ぎはとりあえずひと段落した。
あまりの急展開に、アンリは口を出すことができない。
「それと、この名物の名前をみんなで決めてもらいたい」
「オコノミヤキじゃダメなのか?」
「それはオレの国で使われている名前だ。この世界の人間には理解できない」
「この世界?」
「いや、忘れてくれ。とにかくみんなで決める事が大切なんだ。みんなで考えて、みんなで決める」
「それじゃぁ、みんなの意見を出してくれ」
「ヨシンバ焼きにしよう」
「なんかまずそうな名前だな」
「なんだとぉ!」
「この街の名物にするんだから、もっと親しみやすい名前がいい」
「ヨシンバ焼きじゃなぁ・・」
わいわいと組合員と道行く人間が熱を持って語り始めた。
その光景を楽しいそうに眺めるノゾミの腕をアンリはそっと掴む。
このまま何もしなければ、ノゾミはどこか遠くに行ってしまう。そんな気がしてしまったからだ。
「ノゾミは・・これからどうするの?」
上目遣いに、ノゾミを見上げアンリは問う。
最悪な答えが返ってくるかもしれなかったが、それでも口に出さずにはいられなかった。
「ん?」
アンリを見、ノゾミは困ったような顔をした。
「本当は手伝ってあげたいんだけどなあ。タレの秘密は家族だけのものだろ・・・だから、オレは手伝うことができな・・・」
「ならば家族になればいい!」
アンリは叫んだ。赤面していた。恥ずかしかった。それでも声を上げた。
最大限の勇気。
今ここで言わなければ、ノゾミはどこか遠くへ行ってしまう。
「それってどういう・・・?」
しばらく、呆けたような顔をしていたノゾミだったが、その真意を悟り驚きに目を見開く。
「おお! お嬢ちゃん告白かい?」
ヨシンバが叫んだ。アンリは黙ってヨシンバを突き飛ばす。
「今すぐじゃなくてもいい、私の家族になれば・・この味を教えてあげることができる」
アンリは顔を上げる。
泣いていた。
不安と期待、羞恥と勇気の入り混じった顔で泣いていた。
「返事は今でなくてもいい・・」
消え入りそうな声で、それだけを呟いた。
その時だった。
「ノゾーミ!」
澄んだ声が朝の通りに響き渡る。
見れば漆黒の皮の衣に、マントを羽織った少女がこちらへと駆けてくるのが見えた。
ざわり、と人垣が割れる。
(・・・あれは!)
「おお、魔女様だ!」
「爆炎の魔女様だ!」
周囲の者達も彼女の姿を見つけ口々に声を上げる。
アンリの胸が高まった。
それは不安によるものだった。
「こんなところに呼び出して、一体どうしたのです。新しい名物でも見つけたのですか?」
息を弾ませ、サラが問いかける。
周囲は突然の有名人の登場に沸いた。
魔の城からの脅威を消し去り、湖の都を救った英雄の魔女。
この街で彼女を知らない者はいない。
その有名人が、何故ここに来たのかが分からなかった。
しかも、何故ノゾミに親し気に話しかけているのか。
ノゾミの顔もどこかほっとしたような感じで、今まで見せたことのないさわやかな表情をしていた。
アンリは、心の疼きを感じた。
それは、アンリの胸の内を駆け回りじわりじわりと広まっていく。
「ああ、そのことなんだが・・」
ノゾミがサラに説明しようと口を開いたその時。
「望!連れてきたわよ」
またしても、別の少女が現れた。
今度はサラよりも少し年上っぽく見える。
しかも、今度は身分良さげな男性を引きずってきていた。
「こんなところにわざわざ徒歩で来なくても・・・馬車を使えばいいではないか」
「そんなこと言っているから疲れやすいのよ。ほら、しゃんと歩く!」
引きずられていた男性がふてくされたように言うと、ばしりと尻を叩かれた。
見た感じで言えば、男性の方が少女の方よりも年齢も身分の上のように見える。
しかし、主導権は完全に少女の方が握っていた。
「ミランシャわざわざありがとう」
「いいわよ。せっかくこの都の名物が見つかりそうだってのに!」
まるで子供のように目をキラキラとさせて、ミランシャが小躍りする。
「ノゾミ、この人たちは一体?」
「ああ、そうだな。紹介してなかったな・・こいつらは」
ノゾミは、少し誇らしげな表情で口を開いた。
「オレの仲間だ!」




