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閑話 とある屋台の物語 その3

「ノゾミ!どういうことなの?」


 アンリは目の前での出来事が理解できない。

 ノゾミは、アンリに笑いかける。

 ヨシンバは、望の言葉ににやりと笑みをこぼした。


「あなたはなかなか話が分かる人物のようだ。では、これからのお話を・・」

「おおっと、その前に一つ確認しておかなきゃいけないことがある」


 ノゾミは、周りを見渡した。

 すでに騒ぎを聞きつけたやじ馬たちが集まりだしている。

 その中には、アンリの店の常連になった者たちの姿もあった。

 皆の表情は、成り行きを見守りつつもどこか不安そうだった。


「オレの目的は、この湖の都に新しい名物を作ることだ」


 アンリとヨシンバは同時に頷いた。

 それはこの都の領主の意向でもある。


「おれは、このオコノミヤキが新しい名物になってくれればと思っている」


 ノゾミの言葉に周りの者達が頷いた。「そうだ!」と声を上げる者さえいた。


「だから、アンリには悪いと思ったが、宣伝に使わせてもらった」


 アンリは頷きつつも、ショックの色を隠せない。やはり、善意だけではなかったのだと思うところがあった。

 ノゾミの目的は知っていた。彼が都の名物を作ろうとしていることは知っている。その為に色々と工夫を凝らしてくれたことの恩恵は大きい。

 ノゾミがいなければ、ここまでアンリの店は繁盛することはなかったであろうし、タレの味をここまで活かすことができなかっただろうことは安易に想像することができた。


「いいか、名物の一番の特徴は何だと思う?」

「味か?」

「違う」

「ならば、有名になることか?」

「名物ということならそうかも知れないが、そうじゃない」

「値段か?」

「それも違う」


 周囲の者達が口々に意見を出す。

 いつの間にか、周囲は「名物とはなんぞや?」という話で盛り上がっていた。

 そこでは、オコノミヤキの話だけでなく、毛糸を使った織物の話であったり、チーズの話であったりと色々な意見が飛び交った。

 こんなにも色々な考えを持つ人たちがいることにアンリは改めて驚く。


「みんなこの都が大好きなんだな」

「ええ、そうね」


 ノゾミの言葉にアンリは相槌を打った。


「おい、そこのひ弱そうな男! いったい名物の特徴は何だというんだ?」



 しびれを切らせてヨシンバが吠えた。


「名物の特徴は・・・誰にでも作れることだ」


 ノゾミのその言葉を聞いて、アンリは「あっ」となった。

 オコノミヤキは、材料も簡単に手に入り、タレさえ除けば誰にでも作ることができる。


「それが名物の特徴?」


 ヨシンバは首をひねった。


「そうだ。街中でオコノミヤキをうって、観光客に食べさせ、観光客を宣伝に使う。今度は観光客が「湖の都」のオコノミヤキを宣伝してくれるのさ」


 美味しい料理はいつまでも人の心に残る。観光に関する記憶が薄らいでも料理を通して思い出してくれれば、それだけでも観光客は増える。それは季節に関係なく、観光客を作ることができる。


「それは食べ物でないといけないのか?」

「工芸品なんかは、家に帰ってしまえばただの飾りだ。しかし、それが食べ物だったら? 家で簡単に作れるものだったらどうだ?」

「旅から帰ってきて、家で作ることができたら・・みんなそれを作ると思うわ」

「そうだ・・そうすれば、誰もこの湖の都を忘れることはない」


 周囲がざわめいた。

 オコノミヤキが広まれば広まる程、湖の都の事が大陸中に広まることになる。

 戦慄がアンリを襲った。

 ノゾミの考えはスケールが違う。

 ちょっと人気があればいい、そんな程度の考えではなかった。

 はるか先を見据え、先手を打っている。

 今更ながら、ノゾミの大きさに感服してしまった。


「・・・で、お前がオコノミヤキの味を、私に売ってくれるというのは本当なのか」 

「ああ、本当だとも、でも売るのはオレじゃない。アンリだ」

「えっ?私?」

「そうだ、アンリからタレを買うんだよ」

「・・・・っな!」


 各家庭の味は他社がまねすることができない。しかし、売ってはいけないという決まりはない。

 現に、オコノミヤキにはタレをつけて売っているのだ。


「それでは、私が独占で売ることができないじゃないか・・」


 愕然とするヨシンバを組合の人間が睨みつけた。

 やはり、独り占めする気だったのかと非難めいた声が飛ぶ。


「独占するなんてとんでもない。みんなで広めてこの都の名物にしなきゃいけないんだ。みんなで作って街中で食べられるくらいにしないと。タレ以外ならオレが教えてやる」

「このマヨネーズもか?」

「ああ、そうだ」


「おお」と周囲がざわめいた。


「その代わり、アンリのところのタレを使ってくれ。なあに、オコノミヤキが広まるまででいい。そこからは工夫を凝らして、新しい味を作ればいいだけの事だ」


 ノゾミの言葉に、周囲から賞賛の声が上がった。


「ノゾミ・・あなたはこの味を独占しようとは思わないの?」


 アンリは不思議そうに問う。今の話では、ノゾミには何の利益もなかった。むしろマヨネーズの作り方や観光のアドバイスなど与えることの方が多い。


「独占?こんなのオレの国ではとっくの昔に実践されているし、オレの知らないような方法で名物合戦だ・・ご当地のゆるキャラとか、キャラクターの地域限定キーホルダーとか」

「・・・・ごめんなさい。何を言っているのか分からないわ」

「・・・ですよね」


 おほんとここで一つ咳払い。


「アンリ、このオコノミヤキには秘密がない。それがどういうことかわかるよね」


 あっさりと言われ、アンリは頷いた。


「ライバルが増えるってことよね」

「そうだ・・だから、アンリはこれからこの味をどんどん洗練させていかないといけないんだ」


 他の店までオコノミヤキを出せば、アンリの店の人気は落ちるかもしれない。


「オレは、この街を大きくしようと思って無茶をした。それにアンリを巻き込んでしまった・・・ごめん」

「いいえ、ノゾミがいなければ、私の屋台はこれ以上大きくならなかったと思うわ」


 一つの出会いから、アンリは多くの事を学んだ。

 父親が出ていった時には絶望もしたが今ではそれすらも感謝している。


「ええと、もう一つ報告があるんだけど・・・これからしばらく、アンリは屋台ができなくなる」

「・・どうして?」


 アンリは、ノゾミの意図していることが分からなかった。

 街の裏通りはすでにオコノミヤキの話題で大騒ぎだった。


「おい小娘、お前のところのタレは一体いくらで売ってくれるんだ。それ次第で、価格を決めなきゃならん」

「おい、ヨシンバてめえ抜け駆けするんじゃねぇ!」

「うるさい!早い者勝ちだ!」

「これだけの店が、アンリのタレを欲しがっているんだ。もしかしたらそれだけで商売ができるくらいにな」

「これは・・大仕事になりそうね」


今にも喧嘩になりそうな勢いであったが、皆の目は活き活きとしていた。

 やる気と熱意、裏通りは今までにない活気にあふれていた。


「お姉ちゃん、どうなってるの?」


 アンリが振り返ると、目の前の出来事におっかなびっくりの弟と妹がいた。


「う~んとね」


 アンリはしばらく考えこんだ。なんといっていいのか分からない。

 それでも、一つだけはっきりしていることがあった。

 目の前には、言い合うみんなの中で仲裁に入るノゾミの姿があった。


「なんか・・・気になるようになっちゃったんだよね」


 アンリの呟きに、幼い弟と妹は口をぽかんと開けたままだった。


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