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閑話 とある屋台の物語 その2

 オコノミヤキを店で出すようになってから、七日が経過していた。

 男は相変わらず、店に手伝いに来てくれていたし。彼女も感謝し、申し訳ないと思いつつも男の善意に甘えている。

 男はノゾミと名乗った。あまり聞かない名だと思ったが、不思議な男の雰囲気に合っていると思った。

 男の自己紹介を受けて、彼女も自己紹介をする。

 彼女の名はアンリ。

 アンリが、何をしているのか、どうして色々と手伝っているのかと聞いたところ、返ってきた答えは「新しい名物を作りたいから」ということだった。

 湖の都は観光名名所、街の人間のそのほとんどが観光に従事した仕事をしている。

 魔の城の事件で観光客が激減した際に、その影響は顕著に現れた。

 それを防ぐためにも、観光以外の強みを何とか作り出そうとしているということだった。

 ならば、こんな小さな屋台で始めなくてもいいだろうにとアンリは思う。

 実際、ノゾミほどの実力があれば、それだけで店が出せそうだった。

 色々な知識といい、手際の良さといい。アンリの方がかえって足手まといではないかとさえ思えてくる。

 そのことをノゾミに伝えると。


「オレは完璧な答えを知っているわけじゃない。こうすればいいという方法を知っているだけだ」


 自分でするのではなく、やり方を教える。

 魚を釣って与えるのではなく、釣り方を教える。そうすれば今後、いなくなっても自活できるようになる。

 それが、ノゾミの持論だった。

 ということは、いずれノゾミはここを去ってしまうのだ。それだけはアンリにも分かった。

 そのことが分かると同時に、アンリは何とも言えない寂しさを感じてしまった。


 朝早く、アンリは屋台をいつもの場所に設置し、開店の準備に取り掛かる。

 依然と比べかなり手際が良くなっていた。

 ノゾミと話をして、今では準備の大切さが分かるようになってきた。

 ノゾミとアンリとで決めた開店までの準備は、しっかりと頭に叩き込んでいる。


 ・朝早く朝一に出かけ新鮮な野菜や卵を手に入れる。

 ・売れた時にはきちんと数を記録しておく。

 ・お金は、きちんと管理する。

 ・屋台を出している以上、場所代は必ず払う。

 等々。


 色々なことを決めていき、それらをアンリの字で羊皮紙に書いていった。

 そして、簡単な計算をノゾミから教えてもらい、毎晩一緒に売上を計算していた。

 無駄なく、しっかりと管理する。それが、ノゾミがいつも口にすることだった。

 そして、幼い弟と妹にも手伝いをさせていた。

 最初はそんなことはさせられないと思っていたのだが、十歳になったばかりの弟と、九歳の妹はしっかりとアンリの手伝いをしてくれた。

 そして、二人は客受けもよく。弟たちの働く姿見たさに訪れる客が出始めるほどだった。

 さすがに、朝一は一緒に行くことはできないが、もう少しすれば二人も店にやってくる。

 そして、二人が到着する少し前には、ノゾミも来てくれるはずだ。

 そう思うと、アンリの胸の鼓動は高まった。

 その時、店の前で気配がした。

 まだ朝は早い、この時間に店の前に来るのは一人しか考えられなかった。 


「おはようノゾミ、今日はいつもより・・・」


 顔を上げアンリは硬直する。

 そこにはノゾミではなく、表通りの「組合」の者達が五人。


「何の用ですか?」


 アンリは警戒しながら問う。

 良くない予感がした。


「これはこれは、最近人気の野良屋台ではありませんか」


 男たちの間から、一人の男が姿を現す。

 名を、ヨシンバ。屋台を仕切る組合の長だ。

 彼はでっぷりとした太っ腹をさすりながらアンリの前に出る。


「一体何の用ですか?」


 目の前の顔ぶれから嫌な予感しかしない。


「いえいえ、最近この店の噂を耳にするようになりましてね。どんな店なのか見に来たというわけです。なるほどなるほど・・」


 ヨシンバは、舐めるような目つきで屋台とアンリとを見比べた。


「噂にたがわぬ、素晴らしい屋台だ!」


 大仰に、身振り手振りを加えながら力説する。


「おい、そこの娘」


 ヨシンバは、アンリの顔前にずいと顔を近づけた。


「この都の領主、ハンブルック卿様がこの都にふさわしい名物を探しておられるのはご存知かな?」


 アンリは静かに首を縦に振る。その話ならば、ノゾミから聞いていた。

 それと、今の状況が理解できない。


「その話の中で、この屋台の話が持ち上がったのだ。なんでも、この都のあらゆる食材を使った料理があるとか!」


 オコノミヤキの事だと、アンリは直感した。

 確かに、オコノミヤキはこの都の野菜、肉、卵、水、小麦粉、魚を使用している。また、タレもこの地域の食材で作られているものだ。当然と言えば当然のことだった。

 しかし、他の店が味を真似ることはできない。それは、確固とした掟だった。


「娘、このオコノミヤキをワシに食わせろ」


 あまりの物言いに、アンリは怒鳴り返してしまいたかったが、これでも一応客だ。

 ぐっとこらえて「しばらくお待ちください」と料理の準備を始める。


「ほほう、食材は野菜と肉か、あんまりぱっとしないな。何、卵も使うのか!」


 ヨシンバは、アンリの調理を覗き込みながらしっかりと羊皮紙に書き込んでいく。明らかな違反行為だが、それほど特別な作り方でもないので黙っておくことにした。

 他の組合員も、興味深げにアンリの手元を覗きこんでいる。

 焼き上がると、タレを付け、魚を薄く削ったものをふりかける前に、白いものをかけた。

 先日、ノゾミと一緒に作った新しいタレ、マヨネーズだ。

 植物のオイルと卵、塩とで作るシンプルだが奥の深いものだった。アンリはこれにハーブを加え香りを高くしている。


「おい、それは何だ・・」


 不思議そうな顔でそれらを見つめるヨシンバに、アンリは答えないまま皿に盛ったオコノミヤキを出した。


「こんな簡単な料理なのか」


 果たして、この男は料理をしたことがあるのだろうか。アンリはそう思ったが口には出さない。


「どれ・・どれほどのものか・・・・!!!!!!!」


 今まで、オコノミヤキを食べた者の反応は千差万別だった。硬直し一心不乱に間食する者。一皿二皿と後ろに客がいるにもかかわらず追加で注文する者。何故か泣き出す者。

 客によって反応は様々だが、皆美味しいと言ってくれることが、アンリにはとても嬉しいことだった。

 しかし、


「な、な、な、なんじゃこりゃ!!!!」


 ヨシンバは、今までの客と全く違う反応を示した。 

 叫びながら立ち上がり、皿にのせられたオコノミヤキを無心で貪り食う。スプーンやフォークなどではなく素手でつかみ取り口の中に押し込んだ。

 あまりに喰いっぷりに、アンリも周囲の組合員も呆けたようにその光景を眺めた。


「んぐぐぐ、こんな安っぽい材料しか使っていないというのに何たる味わい!」


 震えながらも、惜しまぬ賞賛。


「気に入ったぞオコノミヤキ! 娘、私の店にこの「味」を売れ!」

「ちょっと待って!?」


 アンリはあまりの事にそれ以上の言葉が出なかった。

 「売る」ということは、オコノミヤキの秘密をすべて教えるということだ。

 そこにはアンリの家庭の秘伝のタレもマヨネーズも含まれている。


「そんなことできないわ」

「娘、無理をするな・・・お前の父親が借金を抱えて逃げ出したことは調査済み。金に苦しんでいるんだろう」

「・・・・」


 アンリは、何も言い返せない。


「味を「売れ」そうすればお前がやっているボロ屋台なんかではなく、もっと手広くこの都の名物にしてやろう。安心しろ、お前の名前は出せないが、この味はきっと国中に名を轟かせることになる」


 あまりの身勝手な発言に、アンリは頭があ真っ白になるのを感じた。

 そんなことができるはずはなかった。

 家族が守ってきた味を、そして何より周りに支えられながらなんとかここまでやってこれたこの屋台を失う訳にはいかなかった。

 そして、何よりもノゾミと一緒に作り上げたものを失う訳にはいかなかった。


「あのー、盛り上がっているところ申し訳けないんだけど」

 

 場違いなほどのんきな声が、朝の裏通りに響いた。


「おのれ、何奴?」


 悪役ピッタリなセリフを吐くヨシンバ。


「えーと。この店の手伝いをしている通りすがりのお兄さんです」

「なんだそのいい加減な自己紹介は?」


 その時、組合員の一人がヨシンバに耳打ちする。

 ヨシンバは、にやりと笑った。


「ほほう。お前があの「野良屋台の娘に気があるがなかなか言い出せず、結局店の手伝いという立場でしか自分を表現できない気の弱そうな男」か!」

「・・・オレって、そんな風に見られてたの!」


 ノゾミは力なくうなだれる。


「まぁいい。おいおいそこのでぶっちょ! 今時そんなお決まりなセリフを吐いて「はいそうですか」って言うもんか!」


 ノゾミは、仁王立ちになりながら吐き捨てるように言った。


「面倒くさいな。おい、こいつを黙らせろ」


 ヨシンバの言葉に、組合員が動く。

 屈強な男がノゾミの腕を掴み、その場から立ち退かせようとする。

 しかし。


「おい、どうした。その男をさっさとどこかに連れていけ!」


 ノゾミは動かなかった。

 文字通りピクリとも動かなかった。


「まずは話を聞けよおっさん」

「お、おっさんと言ったか!」

「ああ、言ったさ。さっきの話、受けてやってもいいぜ」


 ノゾミの言葉にアンリは「えっ!?」となる。


「この店の味、お前たちに売った!」


 ノゾミの言葉を、アンリは愕然としながら、見つめることしかできなかった。


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