梟の月 9日 最弱勇者と幽霊伯爵の館 その14
「ミ・・・シャ・・」
どこからか声がする。
おぼろげながら「ここはどこだろう?」と考える。
温かい感覚。
母に抱かれたような感覚。
どこかなるかしい感覚。
安心できる。
信頼できる。
そんな、何もかも預けてしまえるような安心感。
ぼうっとした状態で、そんな感覚をしばし感じていた。
「ミランシャ、ミランシャ!」
「はにゅ~」
身体をゆすられミランシャは目を覚ました。
望の顔がやけに近い。それもそのはず、ミランシャは望の腕に抱かれたままだった。
周囲を見回せば、そこは館に入ってすぐの廊下。暗がりの中、魔石灯の光が天井から降り注いでいる。
「いつまでそうしているのですか、早くノゾーミから離れるのです!」
二人は力ずくで引きはがされる。
「どうやら、この館に入ってすぐ、僕たちは呪にはまってしまったみたいですね…油断していました」
「かなり強力な魔力を感じます・・・入るまでほとんど何も感じませんでした」
床を検分していたルカリオが興味深げに呟く。
彼に気づかせない程に巧妙な仕掛けだったということだった。
「しかし・・ただ通っただけではこの呪は完成しません・・・何か対象者の身体に直接印を刻み込めれば・・」
そこまで呟き、全員が「あっ!」となる。
「・・・オ、オレ?」
望に対して全員が頷いた。
この館の扉を明けた時、巨大な拳が望を弾き飛ばしはしなかったか。その際に、魔法的な呪を刻まれていれば、望とその周囲の者たちは影響を受けやすくなる。ましてや「結魂」している三人ならばなおさらだ。
「うう、ご免なさい」
「ご免で済んだら、衛兵はいらないわよ!」
「なんか子供の時のやり取りみたいで懐かしいけど、すごくショック!」
直接的な被害はなかったが、精神的なダメージは大きい。
「呪は、たいしたことないみたいですが・・・恐らくは城の影響を受けているかもしれないですね」
「城」という言葉に、ルカリオは表情を曇らせる。亡霊になっていたとはいえ王と別れ、魂のつながりも失ってしまった紅の竜は、一体どんな気持ちなのだろうか。きっと城への思い入れも深かっただろう。
サラはふとそんなことを思ってしまった。
なんと言葉をかけていいのか思いつかない自分が悲しかった。
「ルカリオ・・・」
「・・・ません」
「・・・?」
「・・・許せませんね。三百年も僕を縛っていただけでなく、その後始末すら満足にできないなんて、従っていた自分自身が許せません!」
拳をふるふると震わせるルカリオ。
「まぁまぁ、そんな小さなことはどうでもいいから、探索しようぜ」
「小さなことじゃないですよ」
語りながら、廊下を進む二人。
「なんか、いいなぁ」
サラがぽつりと呟く。
「何を言っているんですか、サラ様には私がいるじゃないですか!」
ミランシャがサラの腕を取り、二人の後に続いていった。
そう長くはない廊下を進むうち、四人は一体の石像に出くわした。
何の変哲もない男性の上半身を彫り込んだ石膏像だ。
唐突といえばあまりにも唐突に、不自然といえばあまりにも不自然にそこに「在った」。
いかにも、「私はただの石膏像です」的なたたずまい。
ああ、なんということでしょう。ただの石膏像が「廊下に在る」というだけで、こんなにも不自然に見えるのです。
「「「怪しい」」」
「ああ、これなら昔アニメで見たことがあるぜ。見てな、こういった罠は素人には分からないだろうが、石膏像の首を回せば仕掛けが解除されるんだ」
「おお、ノゾーミにしては素晴らしい観察眼なのです」
「あのなぁ・・オレの能力を甘く見るなよ。この仕掛けは、何も考えずに石膏像に近づいたおバカさんをーーーー!」
三人の目の前で、廊下の床にぽっかりと開いた穴に落ちていく望の姿。
「落ちてたまるか!ぬおおおおおお!」
穴の奥から、叫び声と共に壁をよじ登り望が飛び出す。
「ぬがぁぁぁあああああ!」
傷だらけで床の上に降り立った。
「こんな罠に二度と引っかかるか!」
「見事に引っかかっているのです」
聞こえないふりをして、望は石膏像の首を左にひねった。
石膏像の首はあっさりと回る。
「おお、動いたのです」
「どうだ、俺の思った通りだ、ぎゃ!」
天井から落ちてきたタライが望の頭を直撃。
「ならば反対側に、じゃば!」
今度は水が流れ落ちてきた。
「そのまましていれば、大丈夫ではないのですか?」
「そんなことはない・・この首を逆にすれば、ばふっ」
石膏像から小麦粉が噴出し、望がもう一体の石膏像になった。
「壁に何か書いてありますね。石膏像は神経質、彼の視線に入らないように壁際を歩くべし、とあります」
「つまりは、壁際を歩けばいいってことね」
「ノゾーミの犠牲は無駄になったのです」
「そんなことないもん!」
望は大声でいじけた。
「ここから、二階に上がれるようですね」
廊下の突き当りに、二階へと上がる階段があった。魔石灯の光が廊下と階段を照らす。
紅の絨毯が上へと続き、その先は暗く分かりづらくなっていた。
「明りの魔法を・・」
「いや、大丈夫・・・今回は・・・」
明りを出そうとしたサラを、望が止めた。どんな仕掛けがあるか分からない。魔法に反応して、罠が発動する可能性もあった。
「まず、オレが先導する。みんなオレについてこい!」
「気を付けるのです」
サラに頷き、望が階段を昇る。最初はゆっくりとした足取りだったが、途中まで来ると勢いよく一気に駆け上がった。
「あんまり無茶なことはしないで」
「大丈夫、大丈夫!」
最後の一段に足を載せる望。載せた瞬間、階段の段が一瞬にして斜めになり、スムーズな坂道を形成した。
「ずべしぃぃぃぃぃぃーーーーーーーー!」
俯せのまま手足を伸ばし、見事な滑りを見せて落ちてくる望を、三人は無言のまま迎える。
「素晴らしく無様なのです」
「がーん」
「とりあえず、罠があることが分かったよ。ありがとう」
「ルカリオ・・その優しさ痛いからやめて!」
望の二度目の挑戦が始まった。手すりをつかみ、一歩一歩ゆっくりと昇っていく。
「どんなに無様でも私は見捨てません。頑張るのです!」
「あなたの犠牲は無駄にしないから!」
「・・・無邪気に邪気なことを言われている気がする・・・」
二人の少女の声援を背中に受けて、望は階段を昇り続ける。
かたん。
ずしゃしゃしゃぁぁぁぁぁーーー!
かたん。
ずしゃしゃしゃぁぁぁぁぁーーー!
かたん。
ずしゃしゃしゃぁぁぁぁぁーーー!
何度も、何度も無様に滑り落ちてきても、望はあきらめなかった。
何故なのか。
望は滑り落ちてくる度に自問自答する。
「もう十分なのです」
「望が犠牲になることなんてないのよ」
かたん。
ずしゃしゃしゃぁぁぁぁぁーーー!
挫けなかった。へこたれなかった。
傷だらけになり、すり傷だらけになっても、望はあきらめなかった。
何故なのか。
「そこに階段があるからさ!」
何度目かのちょうせん。ついに、望は二階に辿りついた。
「オレにとっては小さな一歩だが、仲間にとっては大きな一歩だ・・」
感無量だった。今までの努力が報われていく錯覚におそわれた。
「おめでとうなのです」
「よく頑張りましたね」
「上から見ていてはらはらしました」
望の到着を、仲間たちが祝福してくれた。
涙を浮かべ、仲間の祝福を受けながら、望はある違和感に気づく。
「・・・・ん? なんでみんな上の階にいるんだ?」
「ノゾーミが頑張っている間に、周囲を調べてみたら隠し通路があったのです」
「サラ様、それは言わない方が・・・・」
「ぎゃふっ!」
望はその場にがっくりと膝をついた。




