梟の月 9日 最弱勇者と幽霊伯爵の館 その9
荒々しいずい道から、突然石畳で舗装された通路になった。
奥から風が流れ込んでくる。
どこかへとつながっているらしいということは分かったが、それが出口なのか、更奥へと続いているのか、今のところ全く分からない。
「そにかく進みましょう」
ミランシャに背中を押され、望は先頭になって通路を進む。
天井部はアーチ状になっていてちょっとやそっとでは壊れそうになかった。
湿気が高く、濡れているところもあった。
滑らないように気をつけながら二人は進む。
それにしても、かなり丈夫そうな造りだ。館の地下に造るにしてはしっかりしすぎている。
館の脱出用ではないかと望は考えたが、それも否定した。ただの脱出用であれば、ここまでしっかりと造る必要はない。
途中で、いくつかの部屋があった。
中を覗いてみたが、中には何もない部屋や、樽などが収められている部屋があった。樽は古く、既に腐り落ちてしまっている。
「ここは、いつ造られたんだ・・」
かなりの時間が経過しているのが分かった。
湿気でほとんど腐食してしまっていて、かつての面影は石の通路のみだが、その規模を見るだけでもかなり大掛かりなものだと理解することができた。
「望・・・あれ」
通路は途切れていた。否、通路は切れていないミランシャの指さす先、そこには満々とたたえられた水があった。
「ここが湖の水面の高さってことか・・・」
館は丘の上にあった。ということは、かなりの高さを落ちてきたことになる。逆を言えば、ここを脱出するためには、落ちてきた高さ分登らなければならないということだ。
それを考えただけでもげんなりとしてしまう。
「湖の中で・・・何か光ってる・・・」
望が目を凝らす。よく見ると光っているのは金の額縁に縁取られた絵画だった。
なぜ水の中に?と考えているうちに、光り輝いていた絵画から黒い靄のようなものがものが漏れ出している。
「あれは・・煙なの?」
煙が水の中にあるとは不思議だった。もやもやとしたものはだんだんとこちらへと近づいてくる。靄の中、白い枝のようなものがちらちらと見える。
だんだんと近づいてくるそれは、どうやら水面へと向かっているようだった。
「ち、ちょっと・・・あれって・・・」
ぴしゃり。
天井から落ちてきた水滴が、水面に波紋を作り出す。
波紋で歪んだ水面、白い枝だと思ったそれは、ようやく人の腕だと認識することができた。
煙や靄だと思っていたそれは、髪の毛。
水面に向かってくるそれは人なのだと、女なのだと望とミランシャはようやく理解することができた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
「きょえええええええ!」
望が悲鳴を上げながら走りだす。
「ちょっと!置いていかないでよ!」
ミランシャも脱兎のごとく走り出した。
今までの疲れが一気に吹っ飛んだ。全力疾走だ。
二人が走り抜けた後を、水を滴らせながら四つん這いになった女が追いかける。
「いやああ、無理無理無理!」
それを振り返って見てしまい半ばパニックになったミランシャが望の首にしがみついた。
ぎりぎりと望の首が締め上げられていく。
「し、死ぬ・・・!」
しがみつくミランシャをようやく振りほどき、二人は横の通路へと飛び込んだ。
「こ、殺す気か!」
真っ青になって息を切らしながら望が叫んだ。
後ろからの気配はない。
「だって、怖かったんだもん!」
ミランシャも必死に叫んだ。
もっともな意見だった。その意見に関しては、望も異論はない。異論はないが・・
「頼むから、こっちまで巻き込まないでくれ」
今は状況に身体がついていけていない。うかつに魔法を使うわけにもいかなかった。どんな魔法にしろ、通路が崩壊すればただでは済まない。
魔法を封じられているといってもよかった。
「とにかく今は逃げることしか・・・」
望の目が大きく見開かれる。恐る恐る振り返るミランシャの目に、天井に四つん這いになり、こちらを見つめる女が映る。
「きゃああああ!」
ミランシャの闇雲に放った拳が望にさく裂する。
「あべしっ!」
お互いは望の魔法によって守られている。しかし、仲間同士において、それは無効化される。仲間内の攻撃は、特に物理的攻撃は、守りの対象にならない。
ミランシャの拳に吹き飛ばされながら、望はそのことを改めて痛感した。




