梟の月 9日 最弱勇者と幽霊伯爵の館 その5
「おやおや、騒がしいかと思えば、昨日の冒険者の方ではありませんか」
黒い服に身を包んだ男が姿を現す。
「この屋敷の管理を任されております。執事のクロークでございます」
クロークは深々と礼をする。
「・・・やりますね」
ミランシャがその姿を見て囁いた。頭を下げてはいるが決して隙がない。
「分かるのか・・」
「はい、同じ武闘家として、一度手合わせしてみたいくらいです」
何気に挑戦状を叩きつけるミランシャ。望は「お前は吟遊詩人じゃなかったのか」突っ込みたいのを抑えた。
「ではお客様、まずはこちらへおいで下さい」
クロークは四人を屋敷へと案内する。
四人が腕を広げて、それでも届かないくらいの幅の扉をくぐり、屋敷の中へと案内される。
応接室だろうか、四人が宿泊している宿の部屋をすべて足しても当たりないくらいの広々とした部屋に案内された。
中央にテーブルが準備され、椅子が四つ据え置かれている。
メイドに案内されるまま四人は席についた。
「ねぇ、望はどう思っているのですか?」
「ん?」
サラに望は振り向く。
「さぁね。今のところは何にも・・現場を見ないと分からないね」
「でも、ある程度の予想はついているんじゃないのかい?」
ルカリオの言葉に望はふふふと不敵な笑みを浮かべた。
「もしかして、これは殺人事件じゃないかと思ってる?」
失踪し、一カ月以上も音沙汰のない領主。莫大な遺産。
「もしこのまま、領主が見つからなかったらどうなるんだ?」
「はいはい!」
元気よく手を挙げたのはミランシャだった。吟遊詩人兼格闘家(自称)の彼女の情報収集能力はかなり高い。
クエストの内容を聞いて、他の件についての情報を集めていたのだろう。
「まず、領主はその土地を収め、ある程度の自治を任された人のことを言います。ここの領主も先祖代々この土地を収めているということでした。この街には昔、都として栄え王城もあったといいますが、この街に関する古文書が焼失し、詳細については不明です」
ミランシャには前回の事件について話をしてある。湖の城とここの領主とがまったくの無関係ということはないようだった。
「ちなみに、このまま領主が見つからなかった場合は、新しい領主がこの地に赴任する可能性が高いようです」
以前は、湖に城が現れ観光地としての価値は暴落したといっていい。しかし、城は消失し、悪い噂の源は英雄の誕生によって相殺された。
再び、この地が観光地として復活するのもそう遠くはないはずだ。
現に、城消失の件はギルドを通じて大陸全土に伝わっている。
そう「爆炎の魔女」の名前と共に・・・
名前までは、広めないでほしいというサラの嘆願で、彼女の名前は伏せられたが、この街でサラは有名人になってしまっていた。
魔法使いの後ろ暗いイメージを払拭するためにできるだけいい話は広めていきたい。
それがサラの想いだった。
「サラ様は、この街では有名でございますからね。きっと領主様を見つけて下さると信じておりますよ」
四人が同時に振り返る。扉の所に立つのはクロークだった。
気配をまるで感じなかった。
「そちらのお嬢様が言われた通り、この屋敷の領主が失踪してしまったとなれば、新しい領主様がこの地にいらっしゃいます」
「ええ、少なくとも半年以内に王都からこの地に新しい領主が赴任してくるはずです」
ミランシャは意味ありげに、含みを持たせて言った。
「それに猛烈に反対している人間がいるのをご存知ですか?」
挑発するように、警告するように。
ミランシャはゆっくりと立ち上がった。
「それは、クロークさんあなたですね!」
ミランシャの指摘に、怒りを現すかと思われたが、クロークは冷静に「その通りです」と言い放つ。
「おおっと、そこまでだミランシャ」
それ以降の問答を遮ったのは望だった。
いつの間にか、メイドの淹れてくれたお茶を美味しそうに飲んでいる。
「望!のんきなことを言ってないで、これだけの証拠があれば」
「噂話は証拠にはならない。色々と怪しいところはあるが、決定打ではない」
望の言葉に、ミランシャは「うっ」となる。
「いいか、オレ達の目的は領主を探すことだ。その後に何が起こるかは当事者たちが決めることだ」
確かに、とルカリオも頷いた。
依頼の内容がどうであれ、それに深く介入してはいけない。それが、どんな事態になるかは想像に難くない。
「さすが・・見張りだけと思っていた簡単なクエストを予想以上に深入りしてしまって、挙句の果てに三百年前の王と亡者と城を消滅させた男は言うことが違うのです」
サラが感心したように呟いた。
「ぎゃふん」
望はテーブルに突っ伏す。
「と、とにかく。ここにいても仕方ありません。その失踪してという館に案内して下さい」
「あ、ごまかしたのです」
サラの突込み、望は聞こえないフリをした。
「いよいよ、捜査開始ですね」
ミランシャに望は頷いた。
「事件は応接室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ!」
勢いよく立ち上がり、駆け出す望。その額にきらりと流れ落ちる汗をサラは見逃しはしなかった。




