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梟の月 9日 最弱勇者と幽霊伯爵の館 その3

 目的の館に向かうにつれて、民家が減り代わりに放牧地が目立ちはじめる。

 のどかに草を食む牛。羊の鳴き声が遠くから響いてきた。

 風は冷たいが、温かな日差しを浴びているだけで身体がポカポカとしてくる。

 不思議なものだと歩きながら望は考える。

 つい数日前まで、まったく知らなかった男と否、竜族の男とこうして道を歩いている。

 魂とを結びつかせる「結魂」を行い、ある意味運命共同体になってしまった。

 ほんの一週間程しか経っていないうちに、人生観ががらりと変わってしまった。

 ゲーム三昧の日々から、身体を使い頭を使い、様々な人に出会い、ここに至る。

 サラに出会っていなければ、ルカリオに出会っていなければ、今の自分はいなかっただろうとしみじみ考え込んでしまった。


「どうしたんですか?妙に嬉しそうですが」

「なんだか不思議だなと思って・・・」


 素直にそんな言葉が口から出る。そのことに望自身も驚いていた。

 今までの望であれば決して本心を見せない。友人と呼べる存在は、それほど多くはなかったが、しかし心の底から信頼し、凍路の内をさらけ出すことのできる存在は今までいなかった。

 何もかもが、澄んでいた。

 命を賭けたからこそ、得ることのできたもの。

 それが今、彼の中で大きな宝となっていた。


「そろそろ、問題のお屋敷に到着しますよ」


 ルカリオの言葉に、望が顔を上げた。

 ギルドを通じて、今日訪問することは伝えてある。

 とにかく今は、得られる情報を得ようと、望は頭を切り替えた。


「ここの領主の名はハンブルック卿、ちょっと聞きかじっただけですが、かなりの変わり種のようですよ」



 夕刻近くになって、望たちとサラたちは「酔魚亭」で合流した。

 望とルカリオは、席に着くなり絶句する。


「一体、どうしたんだ?」


 二人の目の前には満面の笑みのミランシャと引きつった笑みを浮かべる サラがいた。


「サラ様をコーディネイトして差し上げました!」


 ミランシャは誇らしげだ。

 一方のサラは、笑顔を張り付けたまま動かない。

 そこにはピンク一色、フリルがふんだんに使われ、随所にバラの花をあしらった人形のように飾り付けられたサラ。


「ううう、恥ずかしいのです」


 赤面したまま絞り出すように言った。


「え、ええと。とても似合ってるよ」

「本当ですか?ノゾーミはこの格好が好きなんですか?」


 サラがずいと身を乗り出す。


「うっ・・・そうだね」


 望は頷いた。目線をそらし、顔はあらぬ方向を向いてはいたがとりあえず頷いた。


「ならば、この格好でいいのです」


 サラがあっさりと表情を変えた。

 望は逆に慌てたが、喜んでいるサラを見て何も言えなかった。


「そ、それで情報は集まったのかい?」


 笑いをこらえて、ルカリオが話を戻す。


「街で聞く限りでは領主の人柄は可もなく不可もなくというところですね」


 ミランシャが手元のメモを見ながら言う。


「先代の領主が亡くなったのは一か月前、就任したのはその時なのです」


 血族での継承はそんなに珍しいものでもない。特に、領主ともなればそれは当然といえた。

 先代の死因も老衰とごく当たり前のものだ。

 しかし、次に領主となったハンブルック卿はちょっとした変わり者としてこの街で知られていた。

 とにかく落ち着きがない。

 小さい頃から街に出てきては、友人たちと問題ばかり起こす。

 かと思えば、湖の湖面を見つめたまま三日間すごしただの奇異な行動が目立った。

 その中で、特に語られていたのはその収集癖だった。

 大陸各地を旅しては珍しいものをどんどん収集していく。マジックアイテムや呪具なども金に糸目はつけない勢いでどんどん収集し、コレクションを保管する別邸まで造らせたということだった。

 そして、一か月前に事件は起こった。

 先代の領主が亡くなり葬儀が行われたその日の夕方。

 新しく領主となったハンブルック卿は、コレクションの館に行ってくると言い残して姿を消したのだ。


「こちらが館で聞いてきた情報とほとんど一緒ですね」


 ルカリオが頷く。

 サラたちの語った噂話と望たちが館で聞いてきた情報は差異はほとんどない。


「まぁ、話を聞いただけなら、ただの失踪ってことで片付きそうな感じだけど・・」


 望はもルカリオもなんとなく納得いかない顔だった。


「何か気になることでもあったんですか」


 ミランシャが聞いてきたが、ルカリオと望はうーむと唸ったまま答えてくれない。


「あまり先入観を持たれても困りますので、ここは実際に行って、そこで意見を聞きたいと思います」


 ルカリオはそれだけ言い。そのまま食事になった。

 その日、四人部屋で泊まるのかと思いきや、ミランシャの提案で、男女別々の部屋になることになった。

 ルカリオと望は別に反対する気はなかったが、意外なことにサラがこの意見に異議を申し立てた。


「私は、望たちと一緒の方が楽しくていいのです」


 しかし、ミランシャはこれに猛反発した。


「何を言っているんですかサラ様、間違いでも起こったらどうするんです」


 一番間違いを起こしそうなミランシャが声を張り上げる。両腕でサラの胴体に手を巻き付けて抗議した。

 男二人は、反対する理由もなかった。

 男女別々で、泊まることが決まると。ミランシャは子供のようにはしゃいだ。

 望とルカリオは、女同士の話でもしたいのだろうと勝手に解釈する。


「うふふふ、これで今夜からサラ様と二人っきりの夜・・」


 涎を垂らさんばかりのミランシャから、サラが一歩後ずさる。


「それじゃ、おやすみなさい」


 ルカリオの言葉も終わらないうちに、ミランシャはサラの腕をつかみ部屋に飛び込むように消えていった。




 次の日の朝。

 四人は、一階部分にある食堂で顔を合わせた。

 ここでは、宿泊した者だけでなく一般の人も食事のできる食堂が併設されていた。

 一般的に、街人は食事は外で摂ることが多い。

 余程のことがなければ、自炊などはめったにしない。

 望とルカリオは、食堂でサラとミランシャに会い違和感を覚えた。

 違和感というよりも、変化を感じたというべきなのだろうか。

 サラは少しばかり疲れ顔。一方のミランシャはつやつやと活き活きしている。

 サラの顔は疲れてはいるもののどこか大人になっちゃったような顔をしていた。


「おはよう。サラそれにミランシャも」


 ルカリオにサラとミランシャは手を上げて応える。


「おい、サラ大丈夫か・・なんか目の下にクマが・・・」

「ミミミミ、ミランシャとは・・・なにもなかったです!」


 赤面しながら、サラは叫んだ。


「・・・わ、わかった・・」


 それ以上何も聞くまい。しどろもどろになるサラを見て、望は何も聞くまいと心に誓った。

 食事を済ませ、準備を整えいよいよ出発だ。

 宿のカウンターで出発の手続きを行う。


「おはようございます。

 ゆうべは おたのしみでしたね」


 宿屋のおやじの言葉に、


「はい!」


 元気よく応える。ミランシャの声が響き渡った。


この話、深い意味はありません。ええ、健全です。

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