梟の月 7日 宴と魔法のエトセトラ
街の中央。
そこは憩いの場として大きな広場となっており、中心には大きな噴水があった。
広場では祭りが開催され、多くの市民たちが集い、酒を酌み交わし大いに歌い楽しんでいる。
城が消えたことで、街はお祭り騒ぎになっていた。
その広場に面した位置に「酔魚亭」はあった。
店の女将は、この場所で店を構えてから既に六十年というから、既に老舗の部類だ。
店は息子とその孫、三代にわたって切り盛りしている。この街でも有名な料亭だった。
その二階、ちょうど広場を見下ろせる場所にその部屋はあった。
そこにはサラと望、ルカリオ、そして、もう一人少女の姿があった。
「こんな立派なお部屋で食事をすることができるなんて、私幸せです!」
胸の前で手を組み、感謝と感激の目でサラを見つめる少女の名はミランシャ。
職業は吟遊詩人ということだった。楽器はリュートなどの弦楽器ではなくなんと指ピアノだった。指ピアノは木の板に長さの違う針金を打ち付けたもので、針金を弾くことで長さに会った音階で音を奏でるというものだ。
試しに一曲弾いてもらったが、心を落ち着かせる和やかな音楽だった。
そして、彼女は昨日、望と情事を起こしかけた張本人だ。
昨日は事の成り行きを説明して、なんとかその場は治まったが、三人だけの食事会に何故かちゃっかりと参加している。
今後の事について、三人で話し合うつもりでいたのだが・・・
先程まで、女将とその息子と孫がいた。孫は十九歳の好青年だった。女将はしきりに孫をサラの婿へと遠回しに薦めていたが、当の本人はどこか上の空な感じで、生返事をするだけだった。
女将たちが退席した後も、部屋の雰囲気は暗いままだった。
ノックに続いてドアが開き、次々に料理が運ばれてくる。
ミランシャとルカリオは目を輝かせたが、サラと望の人の表情は暗い。
「食事が来たのでとりあえず食べましょうか」
ルカリオの声に合わせて、四人はナイフとフォークを手に取った。
料理は湖の魚をメインとした料理だった。肉や野菜がふんだんに使われ見た目も味も申し分ない。
「サラ様は食べないんですか?」
ミランシャがサラを見つめて言う。彼女はこの街を救った英雄のサラを尊敬していた。
「ありがとう。ちゃんと食べます」
笑顔を見せて、果物を手に取る。
その様子を見てから、望も料理に手を伸ばした。
「お、うまい!」
望は料理を口に運び、目を見開く。この料亭が人気な理由が分かる気がした。
「しばらくまともな食事なんてなかったからなぁ」
しみじみと呟く望。
「この街に来るまでは、ほとんど野宿ばっかりだったのです」
「そうそう、出会った時なんかもまともな食事なんてほとんどなかった・・」
「干し肉を上げただけでも感謝して欲しいものです。小型のグールに追いかけられて逃げ回っていた哀れな男を守ったばかりか、街まで導いてあげたのですから」
小型のグールで笑いが漏れた。望は恥ずかしそうに赤面している。
「仕方ないだろ、どんな生き物か分からなかったんだから。それに、いきなり森の中に放り出されて右も左もわからない、手荷物も何にもなかったんだ。不安だったんだよ」
言い訳がましく言うが、それもあまり効果はないようだった。ミランシャには大まかな事情はこの部屋に入った時に話してあった。
他言無用の制約も「サラ様の為なら」と受け入れてくれた。
昨日の件で、話をしたせいかミランシャの事はすんなりと受け入れていた。その為人は信頼できると判断したからだ。
それに、彼女の見せた護身術も捨てたものではない。
「そうですね。そういうことにしておくのです」
「そういうことにしておいてくれ、対外的に!」
「…了解したのです」
そこまで言ってから、ようやくサラの表情が和らぐ。
「サラ様、やっぱりサラ様は笑顔が一番ですよ」
ミランシャがそう言って笑った。
つられてサラも恥ずかしそうに笑う。
「ようやくいつもの感じになったかな」
ルカリオが言い、三人が頷いた。
「それでは、改めて自己紹介をしよう。僕の名はルカリオ。先日崩壊した城にいた紅の竜だ」
ルカリオの言葉に、ミランシャは驚きの表情を見せる。ミランシャは事件のあらましをかいつまでではあったが聞いていた。しかし、ルカリオが竜ということまでは聞いていなかったのだ。
「本当に竜なの?」
「ああ、本当ですよ」
そういって、ルカリオは右腕を差し出す。右腕はミランシャの見ている前で鱗の生えた鋭い爪のある竜の前足に変わった。
「私たち三人は、結魂の儀によって結ばれているのです」
なぜか「結ばれている」を強調してサラが言う。
「難しい話はそのへんまで、とにかく魔法の力によって僕はサラと望に命を救われたんです」
ルカリオは感謝のまなざしで、望を見た。
「そう、城の主が死に、儀の呪縛を解かれた僕は同時に魂を失うことになってしまいました・・・」
崩壊する城、その中で魂を失いこの世から消滅する運命の紅の竜。
それを救ったのはサラと望だった。
「二人には本当に感謝しています。二人がいなければ・・・僕は千年と生きられなかった
だでしょう」
ルカリオの言葉にサラと望は硬直する。
「・・・・・え?」
千年・・と、絶句した隣でサラが呟く。
ルカリオは二人にうんと頷く。
「ああ、魂を失った僕は、もう魔力だけでは千年しか生き永らえることができませんでした・・・それをあなたたちが救ってくれたんです!」
竜族は、神にも近い存在とされる。寿命は計り知れず、世界の開闢以降生き続けている竜もいると聞く。
だが、実際にこうして聞くとそのスケールのでかさに改めて驚かされた・・・が、
「せ、千年って・・・それだけ生きれば十分じゃないのか!」
望が叫んだ。
「そうなのです、あの時すぐにでも消えてしまいそうなこと言ってなかったですか!」
サラも叫ぶ。
二人の言葉にルカリオは笑顔だ。
「・・・僕たち竜族にとっては、千年という時間は一瞬に等しいのです」
竜族にとっては一瞬でも、人間にとっては何十世代分の人生だ。時間の尺度が全く違う。
そのことを考えながら、サラはあることに気づいた。
「でも、もしそうならなぜあの時、あなたは動かなかったのです?」
崩壊する城の中で、ルカリオは動こうといなかった。それは、城と共に運命を共にしようとするつもりだったのか。
「そうです・・・あの時は、本当にそのまま城と共に沈む覚悟でした」
魂のつながりも失い、守っていたはずの王すら失った。もう何もかもがどうでもよくなっていた。
その時に望は言ったのだ「友になれ」と。
それは、ルカリオの心に一筋の光を射すものだった。
「望の一言に…僕は救われました。本当ですよ」
そういわれると望はまんざらでもない表情だった。
「それに、僕と結魂することは、そうそう悪いことばかりではないですよ」
「それは・・本当なのですか?」
「それじゃ、実践してみますか?」
ルカリオは唐突に「見せたいものがある」と望とサラを広場中央へと連れ出した。
何事かと思った二人だが、その二人に向かってルカリオは「炎の魔法を空に放ってくれ」と言ってきた。
ルカリオの真意が分からないまま、まずはサラはとりあえず呪文を唱える。
上空とはいえ、街の中だ。できるだけ高いところに向けてサラは呪文を放つ。
「炎の精霊よ、我が命に従い、荒れ狂う刃とならん!」
強化なしの呪文だ。
唱えながら、サラの目が大きく見開かれる。
望は何事かとサラの変化を感じながらも口を出さない。しかし、上空に光が収束し、それがすさまじい勢いで膨れ上がる様子を見、表情を一変させた。
かなりの上空であるはずなのに、炎の拡がりの勢いが衰えない。それどころか、光量を増しながらさらに大きくなっている。
「風の精霊よ!汝、巨大な砦となりて護り給え!」
ほぼ直感で望が呪文を放つ。
魔法を放った瞬間、サラは身の内に宿る膨大な魔力を改めて感じた。
それは望も同じ、感じたことのない巨大な力が体の中で渦巻く。
街の上空の中心に突如太陽が出現した。否、それはサラの放った炎、それが街の上で嵐となって吹き荒れる。望の風の壁がなければ、下手をすれば街が一瞬にして消し飛んでいただろう。
「見事な判断です」
ルカリオがとっさに風の結界を張った望を称賛する。
「何をしたのです!」
驚愕に打ち震えながら、サラがそれだけを口にする。
呪文を放っておきながら、その結果は想像を絶するものだった。
「これが、「結魂」の影響ですよ」
ルカリオの顔が、サラの放った巨大な炎に照らされている。
街は昼となり、秋口だというのに真夏のような暑さになった。
「僕たち三人の魂は「結魂」で繋がっています。いわばこれはその副作用みたいなものです」
竜族と異世界の人間との「結魂」。その影響は今、目の前で具現化された。
竜の魔力がサラと望に影響を与えているというのだ。
サラは震えた。今までにない程の巨大な魔力。
一つ間違えば、街を滅ぼしていたかもしれない。
「ノゾーミ、ありがとうなのです」
ああ、と返事をしながら望はそれどころではなかった。
望の放った魔法もまた強化されていた。それもかなりの規模で、
「城の王との「結魂」は不安定でしたから、それほど僕の影響は受けていなかったようです」
ルカリオの言葉に、サラと望は頷く。
もし、先の戦闘で王と竜との結魂が正式なものであったなら、おそらくは最初の一撃ですべては終わっていたかもしれない。
それでも、望はサラの為に戦ってくれただろうと思う。
望は命懸けでサラと一緒に戦ってくれたのだ。
その事を思うと、胸が熱くなった。
「一体何があったんですか!」
ミランシャが物凄い形相で駆けつけてくる。
頭上に現れた炎は、まだ消えていない。
広場に集まった者たちは、サラの姿を見つけ騒ぎ出す。
「予想以上に目立ってしまったみたいですね」
ルカリオは笑顔のままだ。
この日の出来事以降、サラの二つ名は「爆炎の魔女」となった。




