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閑話 最弱通行人の話

ここでちょっとだけ休憩のお話。

サラに会いたい、夢見る少女のお話です。

 がやがやとした人ごみの中を一人の少女が大きな荷物を抱えたまま歩いていく。

 荷物は大きさの割には意外と軽い。荷物の中には羊皮紙の束がぎっしりと詰まっていた。

 少女は荷物を抱えたまませわしげに道を歩く。

 普段は閑散とした街だった。

 それはつい先日までの事だ。


 怪しげな城が湖に現れた。

 その城には魔物が多く徘徊し、中では悪の使者が怪しげな儀式を行っている。

 そんな噂を聞きつけて、彼女はこの街へとやってきた。

 湖が眼前に広がる景観豊か街だ。

 しかし、ここ数カ月突如現れた魔の城によって観光客は激減してしまったということだった。

 そんな矢先、ついにその魔の城を壊滅させた魔法使いが現れた。しかもたった一人で。

 どうやらお供の者もいるらしいということだが、そんなことは少女には関係なかった。

 高名な魔法使いともなれば弟子の一人や二人はいるだろう。

 そんな脇役に興味はない。

 少女の目的はただ一人。

 光輝の魔法使いサラ・クニークルスに出会うことだった。

 光輝の銘は彼女自身がつけたものだ。

 魔の城を覆い尽くす光の輝き、それを見た瞬間、少女の脳裏にその言葉が浮かんだのだ。

 サラ・クニークルスに会って、自分の言葉を彼女に伝えたい。その想いだけで彼女は動いていた。それは、少女の職業のせいなのかもしれない。

 気は焦るのだが人が多すぎてなかなか進めない。

 とにかく、人が多い。


「ちょっと聞きたいんだけど」


 近くにいた老母に、少女は問いかけた。

 サラ・クニークルスについて聞いてみる。


「ああ、それなら」


 老婆は嬉しそうに語りだした。

 偉大なる竜殺しの魔法使いの物語を。

 それは、城に巣くっていたのは悪魔に魂を売った紅の竜だったということだった。

 彼女には二人の弟子がおり、その弟子は戦闘の最中不幸にも命を落としてしまったというのだ。その悲しみを乗り越え、魔力のあらんかぎりを振り絞り、ついにサラ・クニークルスは紅の竜を倒したというものだった。


「宿屋で戦いの傷を癒し、さっき目を覚ましたみたいだよ」

「目を覚ましている!」


 その言葉を聞くな否や、少女は走り出した。

 弟子が死んだというのは初耳だった。

 しかし、少女にとってはどうでもいいことだった。

 多くの犠牲を振り払い、それを乗り越えて勝利する。物語として申し分ない。

 早く彼女に会いたい!

 その思いだけが少女を動かしていた。

 人ごみの少ない裏路地に入る。さすがに人気は少ない。

 少女の足は速くなり、気づけばかなりの勢いがついていた。

 そこの角を曲がれば、目的の宿に辿り着く。

 角を曲がればという時になって、角から人影が現れた。


「あいやー!」


 並みの女子であれば、ぶつかっていただろう。

 しかし、少女は並みの女子ではなかったのだ。

 人影を確認する前に体が勝手に動いていた。

 荷物を放り投げ、姿勢を低くする。

 大切なのは体重移動だ。左足を滑らせるように相手の懐まで入り込む。

 そして、後ろに引き絞った右腕に走りこんだ勢いと身体のひねりを加えつつ体重をのせ、渾身の掌底を放つ!

 狙うはみぞおち。たいていの者はこれを食らえば悶絶するだけでは済まない。


「ひでぶっ!!!」


 案の定、食らった者は通路の向こう側まで綺麗に弧を描き吹き飛ばされ、壁に激突するとそのままずるずると崩れ落ちた。


「ふん!」


 息を一つ吐き、乱れた呼吸を整える。

 伊達に、女一人で旅をしていない。

 これくらいの護身術は身に着けていた。とっさの襲撃に対して迎撃できなければ生きてはいけない。


「まったく、いきなり襲い掛かってくるなんて身の程を知りなさい!」


 捨て台詞を吐きながら、少女はふとあることに気づいた。

 ここはもちろん危険な森の中ではない、明らかにお祭りムードの街の中、しかも相手は盗賊ではなく、よく見るとただの通行人ではないか?


「あれれれ?」


 少女は自分が吹き飛ばした者に近づく。

 それは男だった。珍しく黒髪の男だ。

 手には何も持ってはいない。もちろんナイフなどの武器も持っていない。

 先制攻撃で、道行く通行人に必殺の一撃をかましてしまった。

 男は頭からぴゅーっと血を出している。

 被害者どころか、完全に襲撃者だ。


「・・・・」


 何も見なかったことにして、とりあえずその場を逃げ出してしまおうか・・

 頭から血を出し、完全に白目をむいている男を眺めていたが、


「しょうがないなぁ・・・」


 ため息一つついて、少女は男の腕をつかんだ。

 そして、ずるずると引きずって、近くの宿へと向かっていった。



 薄明りの部屋で、男は目覚めた。

 身を起こそうとしたが、体中に激痛が走りそのまま倒れこむ。

 倒れこんでから、そこがベッドの上だと確認する。

 頭がズキズキした。触ると包帯が巻いてある。

 はて、と男は考え込んだ。確か自分は昼頃に一度こんな感じで目を覚ましはしなかったか。

 改めて、自分の身体を触って確かめる。各所に傷を負っていた。

 盗賊にでも襲われたのだろうか。

 そんなことを考えてみたが、あり得ないとその考えを否定する。

 どうも記憶があいまいで、何も思い出せない。

 昼間、路地を歩いていたところまでは覚えているのだが、そこから記憶が途切れてしまっている。

 男は、肩にもたれかかる手をどけた。その手はふにふにとして柔らかい。まるでマシュマロのようだ。

 ほのかな花の香り。いい匂ひがした。


「おい、肩に手があったら寝にくい・・・」


 そこではたと違和感に気づく。

 いやいや、これは誰の手だよ!

 横を向く。

 そこには少女がいた。服は着ていない・・下着姿だ!

 改めて見ると、男も上半身は裸だった。


「・・・何ガ、起コッタンデスカ」


 反対側を向く。脈拍が高くなり、びっしりと汗が出てきた。

 なにこれ?ドッキリ?美人局?

 突然にドアが開いて、男が出てきて有り金全部盗られて、ついでに外国に売り飛ばされちゃうの?

 色々なことが脳裏をよぎる。

 ギギギギギ!ともう一度確認するように少女の方を見た。

 ぱっちりと開いた少女の瞳が男の瞳を射抜く。

 目が合った。もうばっちりと!


「・・・・!」


 かろうじて悲鳴を抑えることができた、男の方が。


「もう起きたんだ・・意外とタフなのね(私が吹き飛ばしたのに)」

「ナナナ、何ノコトデショウカ・・」


 男は怯え切った顔だった。何も思い出せない。

 少女は、男の胸に優しく手を置く。


「もう、すごかったんだから(向うの壁まで吹き飛んで)」

「ナ、ナンデスト!?」


 がくがくと震える。


「もう死んじゃうかと思ったじゃない・・・(あなたが)」


 言葉の一言一言が次々に男を締め上げていった。


(取り敢えず、落ち着け落ち着け)


 男の方が一番落ち着いていない。

 少女は男の頭に手を当てて優しく囁くように、


「あんなにいっぱい出したから?(頭から血を)」


 男は硬直したまま。


「覚えてないの?(私があなたを)路上で襲ったこと・・」


 艶っぽく、上目遣いにそう言われた。


「何デスト・・・」


 頭の中が真っ白になる。

 少女が頭や身体を優しくさする。傷の具合を見ているのだと男には分からなかった。


「(手当の)続きする?」

「あうち!」


 男の口からはそれらいの言葉しか出てこなかった。




 少女は男が無事だったことと襲撃されたことを覚えていないということに安堵の息をついた。

 安心しすぎて、思わず、涙が出そうになった。

 宿に連れてきたとき簡単な処置をしたのがよかったのだろう。頭の傷も大した事なさそうだ。

 身体も冷たくなりかけていたので、添い寝して温めてあげたのがよかった。「人肌で温める」という先人の知恵が役に立った。

 見れば男の顔色もだいぶ良くなってきている。

 ならば安心だ。さっさとこんな宿出ていこう。

 少女には目的がある。サラ・クニークルスに会いに行かなければならないのだ。

 そう思ったとき、部屋のドアがノックされた。

 こんこんこん。

 さらに、

 こんこんこん。

 二人はびくりとドアを見る。

 ドアは安全のため、鍵をかけている。

 こんこんこん。

 更にノックされた。


「ドアを開けてくださーい。いるのは分かっているのですよ」


 女の声だった。

 何故だろう。優しい声色のはずなのに殺意のようなものがじりじりと伝わってくる。

 こんこんこん。

 少女は男を見た。ベッドか激しく揺れるほどに男は震えているではないか!

 ドアの向こうにいるのはきっと魔物だ。

 少女はは背筋に空寒いものを感じた。

 男を見ればよくなりかけていた顔色が、激変し顔面蒼白になっている。

 ごんごんごん!

 ドアがノックではなく、こぶしを殴りつける音に変わった。

 男の震えは止まらない。ベッドがきしみをあげた。

 その時だった。


「ベッドをギシギシいわせて何をやっているのですか!」


 ドアが吹き飛んだ。

 ドアは狙ったが如く真っ直ぐに部屋を横切り男に直撃する。


「あべし!」


 男はドアと一緒に壁まで吹き飛び、男は再び白目をむいてしまった。


「いなくなっから心配して探し回ったのです」


 ドアを吹き飛ばしたのは少女と同じくらいの女の子だった。その後ろには赤髪の青年がいた。


「いやぁ、下着姿の涙目の少女と上半身裸の君と・・・さっきまでの会話といい、弁明のしょうがないですね」


 のんきな口調で的確な分析。

 改めて考えれば、その通りだった。

 ってか会話もずっと聞いていたのか!


「大丈夫ですか、ひどいことされなかったですか?」


 ガクガクと震えながら少女は首を横に振る。


(やばい、きっと殺される!)


 そう思うと涙が出てきた。


「ひどい、こんなに震えて!」


 女の子は少女の涙をハンカチでぬぐう。


「びええええっ!」


 少女は泣き出した。

 もう訳がわからない。


「とにかく、事情を聴いてみようか・・・って、完全に伸びているみたいだね」


 赤髪の青年が、黒髪の男を検分し「手加減して下さいね」と呟く。


 それから。

 少女が落ち着き、情事・・否、事情を説明し、納得されるまで二刻の時を有した。


R指定ではございません。健全そのものです。

息抜きのつもりで書きました。これで、望、サラ、ルカリオの三人が揃いました。

これから三人の快進撃が始まります!

もしよろしければ評価もお願い致します!

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