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梟の月 4日 最弱勇者と幻の城 その4

「オレが奴らの目を引き付ける!フォロー任せた!」


 望は走り出した。

 慌てることなく、サラは呪文の詠唱に入る。

 相手はおそらく上級の魔法使いレベル。

 見習い魔法使いのサラでは到底手太刀打ちできるものではなかった。

 それでも、とサラは考える。

 望と一緒であれば乗り切れる気がした。

 異世界から来たというこの男。不思議な言動と行動も今では自然に感じるようになっている。

 それにしても、気になるのは男の背後に控える竜だった。

 未だ動く気配を見せない竜だが、見過ごせる存在ではなかった。

 幻覚ではないのは、その放たれる魔力からも明らかだ。


「たかが魔法使いの分際で!」


 石畳がめくれ上がり石像を形造った、巨人の姿をしたそれは望とサラに襲い掛かる。

 サラの詠唱が完了した。


「爆炎奔流!」


 改良版の爆炎魔法。炎は岩を溶かし、石像が崩れ落ちる。


「水の精霊よ、氷の刃となりて、敵を氷結せよ!氷結地獄!」


 望が呪文を放つ。

 過熱と冷却の合わせ技。過熱した岩が一気に冷却され、音を立てて四散する。


「風の精霊よ、我が剣と成れ!」


 サラによる風魔法。

 四散した石つぶてが、男と竜へ襲い掛かる。

 はっきりとした人外の力、魔法。

 男は腕の一振りで、石を払ったが、その目は驚きに見開かれていた。


「な、なんだその力は!」


 呪文の連続詠唱。しかも、周囲の状況を理解しながら巧みに魔法を放ってくる。

 精霊言語での詠唱でないにもかかわらず、呪文は完成しその圧倒的な力が襲い掛かってくる。

 男は憎らしげに歯ぎしりした。

 背後に控える竜は本物だ。

 しかし、今は「昔のような」拘束力はなく使役できない。


「我が一族の守り主よ。これがお前の意思なのか・・・」


 男は竜を見、次いで望を睨みつける。


「闇の精霊よ。我が敵を討て!」


 悪霊が床より現れる。


「ノゾーミ、悪霊はまかせて!」


 サラは詠唱する。


「猛き光の精霊よ。我が力と成りて、我が敵を滅ぼせ!」


 光の壁が悪霊たちを包み込んだ。

 爆発が起こり、悪霊たちは霧散していく。

 玉座の背後の壁が崩れ、外からの風が広間に吹き込む。光の炎に包まれ崩れ落ちる悪霊たち。


「光の精霊よ、失われし骸、死したる魂に安らぎの光を与え給え!聖なる光!」


 望の呪文が完成し、光が残りの悪霊たちを包んだ。

 光の精霊の除霊呪文だ。

 聖職者のみが使えるといわれる「浄化の呪文」で、悪霊たちが次々と消滅していく。


「ば、馬鹿な・・・」


 男が後ずさる。背が竜に当たったが、竜はそれでも動かない。

 一般の魔法使いであれば、竜を拘束することがどれだけ難易度の高いものかをわかっているはずだ。竜を従えているというだけで、その術者に対して畏怖を抱き、抵抗する気力を奪う。

 そう、拘束しているだけで術者の力量を示せれば、それだけで勝機はぐんと上がる。

 しかし、目の前の二人は、竜の存在に気づいていながら、それでも攻撃の手を緩めない。


「悪霊を倒したくらいでいい気になるな!この竜でお前たちを消し炭にすることもできるんだぞ!」


 男は叫んだ。今までの態度から明らかに豹変していた。


「やれるもんならやってみろ!こちらは死ぬ気で戦ってんだ!竜といってもゲームじゃ中ボス!負ける気がしねぇ!」


 望はノリノリだ。

 男はあんぐりと口を開けたまま声も出せない。


 中ボスって何だ?


 この男は竜と戦ったことがあるとでもいうのか?


「炎の濁流よ!我が前に立ちはだかる敵を滅ぼせ!」


 男が炎を放った。玉座の間が炎で包まれる。


「水の精霊よ。氷の壁に成りて、我らを守り給え!」


 男の炎を望の氷の壁が遮る。


「雷撃よ!我が前に立ちはだかる敵を滅ぼせ!」

「えーい、避雷針!」


 雷撃が石床から現れた金属の針に吸収された。


 なんじゃそれは!!!!


 雷撃は男の最強の呪文だ。それをあっさりと防がれたのだ。

 男の周りに風が渦巻く。


「炎の精霊よ。我に力を与え給え。爆炎!」


 サラの放つ強化版爆裂魔法が炸裂した。

 男は吹き飛ばされ石床の上を転がった。

 更に襲いかかる雷撃を悲鳴を上げながら回避した。

 こんなはずではなかった。


(私の力が、及ばない人間がいるというのか・・・)


 裏切られ、毒を飲まされ息子たちに殺された。人間は信じられない。家族は信じられない。


 ナニモ、信ジラレナイ!


 男の目がギラリと紅に光る。

 皮膚が裂け、その下から黒々とした皮膚が現れた。


「ノゾーミ。あれは魔物に憑依されているのです!」


 サラが、悲鳴に近い声を上げる。

 男の顔が爆ぜた。


「・・・んな!」


 そこから現れたのは、輝く紅の瞳の魔物。


「人間ごときが・・・生意気な!」


 魔物が動く。こぶしが望に襲い掛かり望はそれを腕でガードするが、そのまま吹き飛ばされた。


「ノゾーミ!」


 サラの放つ炎の矢は、魔物の腕であっさりと弾かれる。


「人間風情が・・・我らに勝てるものか!!」


 魔物の放つ黒い波動がサラを襲った。

 望によってつくられた光の加護が音を立てて砕ける。


「きゃっ!」

「サラ!」


 吹き飛ぶサラを望は空中で抱きかかえそのまま吹き飛んだ。


 魔物が石床に腕を突き立てる。

 それだけで石床が

 融解し蒸発。熱波が二人を襲った。

 とっさに望が氷の壁を造り出すが、あっさりと蒸発していく。


「ははは、滅べ滅べ!」


 哄笑が響き渡る。

 魔物の力は圧倒的だった。

 望は歯ぎしりする。

 威力が桁違いだった。

 人間の魔法使いでどうにかなるレベルではない。


「こんなところで・・・死んでたまるかよ!」


 望は意識を集中させた。


 こんなところで死なない!

 無駄なことは考えるな!


 力が自分の内に集中していくのが分かる。

 心臓が熱い。


「ノゾーミ・・・」


 サラの手が背中に置かれているのが分かる。


 この世界で出会った少女。

 たった一人手を差し伸べてくれた少女。


 彼女に叱られ、馬鹿にされ、励まされ、励まし、教え、教えられた。

 この世界で唯一心から信じることのできる仲間。


「オレは・・・守って見せる!」


 魔物の黒い波動が二人の襲い掛かった。

 望は光の矢を放つ。

 黒い波動は光の矢をものともぜず迫りくる。


 黒い波動の爆発。


 周囲は爆炎に包まれる。


「おろかなり人間!」


 魔物はにやりと笑い、次いで我が目を疑った。

 爆炎の中。

 そこにいたのは光に守られるサラ一人。


「こっちだ! 魔物野郎!!!!」


 ぼろぼろになった望が、土煙の中から飛び出した。


 全身から力が抜けていくのが分かる。

 光の守りはサラだけを守った。自分の身体は守らず前進することを選んだ。

 これが最後のチャンス。


 望は拳にすべて意識を集中させる。


「光の精霊よ!我に力を!」


 うまく行かもわからない。

 効果があるかもわからない。

 それでも、全身全霊を拳に込めた。


「聖なる波動!」


 望の放った光が魔物を射抜く。

 望が倒れこんだ。


「うがぁぁぁぁ!」


 魔物の右腕が消し飛んだ。


 しかし。


「人間ごときが!! 私に傷を負わせたなぁ!」


 黒い炎があたりを包み込んだ。

 黒い炎が望を襲う。

 望を守るように、サラが魔物と望の間に身をさらす。


 炎はサラの光の加護を砕く。


 魔物は倒れていない。殺意は消えていなかった。


「・・・強いのです・・・」


 ーーーーー敵わなかった。


 魔物はサラにゆっくりと向かってくる。


 勝機は失せた。


 杖を握るサラの手は震えていた。もう力の全てを使い切ってしまっていた。

 望は倒れこんだまま動かなかったが、腕がわずかに動き、力なく上体を起こそうとした。

 サラが手を貸し、望を起こす。


「サラ、すまないな」


 望の言葉にサラは「いいのです」と首を振った。

 敵わなかった。魔物に出会い、勝つことはできなかったが、それでも一矢報いた。


「あなたに出会えて、私は幸せ者です」


 涙がほほを伝った。

 最期。

 胸に抱かれた望がサラの涙をぬぐった。


「オレもお前に出会えてよかった・・・」


 それ以降二人は見つめ合ったまま。

 しばらく動かなかった。







「やはり、乙女の涙というものは美しいものですね」


 サラの前に立つ魔物から男の声がした。


「あの頃に、あなたのような者が一人でもいれば、私も魔物に魂を売ることはなかったでしょう・・・」


 男の声に、サラは目を瞬く。


「・・・?」


 突如、光が魔物を包み込んだ。魔物の身体が砂のように崩れだす。



「あなたは・・・?」


 魔物はゆっくりと首を振る。


「もう昔の名は忘れてしまいました・・子育てに失敗した、ただの愚かな父親です」


 そこには悲しげな表情の男の顔があった。

 望の光は届いていたのだ。

 男の心に。

 三百年前の王。

 悪魔に魂を売り、生き延びた呪われた王。


「せめてもの罪滅ぼしです、魔物は私が連れていきます!」


 ヴオォォォォォ!

 魔物の咆哮が玉座の間に響き渡る。

 魔物の皮膚が裂け、中から光があふれだした。

 光はやがて全身を包み込み、魔の物は形を崩す。


 瞬きする間に、魔物はその場から消滅していった。

 男の、かつて王と呼ばれた男の最期。

 塵も残さず。

 何もかもが、初めからなかったかのように・・・




 魔物が消えると同時に城全体が揺れ始めた。

 立っているのもやっとの激しい揺れだ。


「ノゾーミ、早く逃げるのです!」


 サラは叫ぶ。力は使い切ってしまったが、動けないことはない。

 気づけばアルグたちの姿は見当たらなかった。きっと逃げ出したのだろう。

 望はサラの言葉に頷くが、その場を動こうとしなかった。

 彼の目の前には紅の竜。

 竜はその場を動かず。望もまた動かない。

 互いに見つめ合ったまま。

 先に口を開いたのは竜だった。


「早く行くがよい。私はここを動くことができない」

「・・・お前は動くことができないのか?」


 竜は小さく首を振った。


「私には呪いがかけられている・・・かつては「加護」と言われてはいたが、あれは魂と魂とを結ぶただの呪いだ「結魂」の儀と奴らは言っていた」

「その結魂は今はどうなっているんだ?」

「王と私は繋がっていた・・・しかし、王の魂は消えてしまった」


 つまりは結魂の効力は失われてしまったということだ。


「なんで、私たちを攻撃しなかったの?」

「王の魂は魔物と契約した穢れたものになってしまった。そんなものでは私を使役することはできない」


 竜の言葉にサラは納得した。

 どうりで、竜が全く動こうとしなかった訳だ。あれは竜なりの抵抗の印だったのだろう。

 今、竜を縛るものは何もない。


「なら、話は簡単です。あなたはもう自由!こんなところから早く逃げるのです」


 サラが叫んだ。いかに竜とて城の崩壊に巻き込まれれば無事では済まない。


「・・・先にも言ったが、「結魂」の儀とは魂と魂とを結ぶ儀式。それがなくなった今、私の魂はもはや失われた」

「そんな・・・!」


 竜の言葉にサラは絶句する。

 滅する運命だというのか、この竜は。

 今はまだ竜は消滅していない。しかし、それは竜の膨大な魔力があってこその事。

 魔力はやがて尽きる。そうなればこの竜は消滅してしまうだろう。


「ノゾーミ・・・」


 サラが、望を見上げる。

 サラの視線を受けて、望はにやりと笑った。


「そんな声出すな・・・竜を救う方法ならあるさ」


 望は竜を見上げる。


「おい、お前の名前は何だ?」


 唐突の問いかけに、竜は目を瞬かせる。


「何をする気だ人間よ・・・」


 簡単なことだ。と望は言った。


「オレとお前で「結魂」するんだ」

「無理です!」


 サラが望の言葉が終わる前に叫んだ。まさかと思ったことが予感が的中した。

 そんなに簡単に、儀式を行えるとは思えない。聞く限り時間も準備も何もないこの状況で成功する確率など、ゼロに近い。

 それに、魂と魂を結ぶなどという術式は聞いたこともなかった。

 おそらくは禁呪の類だ。

 うまくいかなかった場合。術者もただでは済まないはずだ。

 それが分かっていたからなおのことサラは反対した。


「ノゾーミ。なんであなたが命を賭けるのです?その竜とあなたは出会ったばっかりじゃないですか!」


 直接敵対はしなかったが、敵であった。下手をするとこの竜に殺されていた可能性もある。

 竜と望の関係性から言えば、命を賭けるほどのものではなかった。


「この女の言うことが正しい・・私はじきに消える・・これも運命の流れなのだ。私はこの流れを受け入れようと・・・」

「ふざけるな!」


 竜の言葉は、遮られた。


「さっきから聞いていれば、運命だの受け入れるだの!今時のゲームでだってそんな下手なシナリオはない!運命だから受け入れる?」


 望は竜の腕に、正確には手のひらに自らのこぶしを叩きつけた。


「すげえな、竜の掌ってこんなに硬いのかよ!」

「掌だけではない。私の体はいかなる鋼よりも硬く、羽ばたけば一日に世界の果てまで飛ぶことができる」


 竜の言葉に、望は納得したように頷いた。


「そんなすげえ奴が、たかが呪いぐらいで死ぬもんか」


 見上げる。そこには真摯な視線で望を見つめる紅の竜の瞳があった。


「私の名は、ルカリオ。失敗しても私はそなたを恨まぬ、術返しが起ころうともそなたを守ると約束しよう。成功した暁には、そなたのしもべになると誓おう」

しもべ?そんなものはいらない!失敗もしない!」


 望は竜の胸のあたりに右手を当てた。


「オーケイ、ルカリオ。運命って奴にいっちょ逆らってみようか!」


 竜の左腕が望の胸に触れた。


「二人ともバカななのです。理解不能です!」


 サラはそう言い、竜の右腕を自分の胸に当てる。そしておもむろに望の左手を取るとその手も自分の胸に当てた。


「おい、一体何を!」


 しどろもどろになりながら、望は明らかに動揺した。


「こんな時に何を馬鹿なことを考えているのですか!」


 蹴られた。


「こうすれば、失敗の確率は半分なのです」


 赤面しながらもサラは右手を望の胸に当てた。


「おいおい、お前まで危険な目に合わなくても・・」

「望は私に一緒に死のうと言ってくれました!」


 サラは叫ぶ。涙があふれ、崩れ落ちそうになる。


「私は逃げません。望が命を賭けるなら、私も一緒に戦います!」

「いいねえ」


 共に死線を乗り越えたからこそ、その誠実な想いを感じることができた。

 望は覚悟を決めた。


「万物を司る精霊たちよ!」


 望は心の声に従い言葉を紡ぎ出す。呪文など知らない。どうすればいいのか見当もつかない。しかし、心は澄み渡り、自然と言葉が発せられる。


「我が名は望月 望」

「我が名はサラ・クニークルス」

「我が名はルカリオ」


 望とサラ、ルカリオの体が光に包まれる。崩壊する瓦礫の動きが止まった。時間が止まり、静寂が訪れる。

 その静寂の中において、人間と竜、三つの鼓動だけが響き渡る。


「三つの魂は共にあり、共に生き、共に死する事をここに契約する」


 望とサラは、同時にルカリオを見つめた。


「ルカリオよ。この契約を以って我らが友となれ!」


 望の言葉にルカリオの目が細まる。笑ったのだとサラは分かった。


「竜族、ルカリオの名において汝らの契約を受け入れよう!」


 光が広がっていく。静寂は消え、轟音が再び戻ってきた。

 しかし、瓦礫はもはやサラたちには届かない。

 光は瓦礫を押しのけさらに広がっていく。

 やがて、光は城全体を包み込み。

 光が消えた後には、城は跡形もなく消え失せていた。


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