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梟の月 4日 最弱勇者と幻の城 その3

 サラと望が連れてこられたのは、湖の真ん中にある城の中だった。

 二人は、拘束もされないまま城の中まで連行される。

 夕暮れに染まる城の敷地内に生き物の気配はない。

 

 虚無感。空虚感。

 そこには何もなかった。 

 

 城と岸とは一本の石橋でつながれていた。

 岸から城まではそれなりの距離があり、歩いている間にも日が山の稜線に沈もうとしている。

 望は怯えたままだったし、サラは杖を取り上げられたまま。

 二人を全く脅威と感じていないのか、それともいつでも攻撃できるという意思表示なのか、二人の暗黒騎士は、サラと望の後をついていっていた。

 青年、アルグはそんな二人の先頭に立ちながら、べらべらと喋り続けている。


「それにしても、たいした魔法を使えないとはいえ、盗賊たちを何度も追い払った奴らだから、どんなものかと思っていましたが・・・こんな小娘と、こんな死んだ目をした男が一人とは・・」


 わざとらしくため息をつく。


「魔法使いってのは人材不足なのですか?」


 ゲラゲラと笑うアルグ。

 サラはそんなアルグを睨むだけで、何も言わなかった。

 望は震えたままサラの腕にしがみつき役に立ちそうにない。

 盗賊たちを相手にしていた時にはもう少しまともに見えたのだが、やはり気のせいだったのか。

 少しでも見直していた自分がおろかに見えてきた。

 城の中は思ったよりも広い。しかし、人の気配は全くなかった。

 城というものは明かり窓さえなければ当然のことながら中は暗い。

 魔法による明りが所々にあり、先が見えないということはなかった。


「ノゾーミ」


 声をかけると望はびくりとしたようにサラを振り向いた。

 完全におびえている、かと思われた望だったが、全力で笑みを浮かべてくれた。


「す、すまなかったな、オレのせいでこんなことになってしまって」


 サラは首を振った。もともとはサラが無理矢理巻き込んでしまったのだ。責められこそすれ望を恨む気など全くなかった。

 それに、サラは完全に諦めてはいない。まだ具体的な作戦はないが、魔法の杖さえ取り戻せればまだ勝機はあると考えていた。


「私の方こそごめんなさいです。あなたを巻き込んでしまったのは私の落ち度です」


 素直に謝るサラを望は驚いた目で見返す。

 まさか謝られるとは思っていなかったのだろう。


「でも、ノゾーミは心配しなくてもいいのです。私が何とかしますから」


 サラの言葉に望は何も言わず掴んでいる腕に力を込めた。

 その意図が分からず、サラは首をかしげる。

 石橋と城の接点には巨大な城門があり城壁はぐるりと周囲を囲っていた。

 船でこの城に近づいたとしても、この城壁を乗り越えることはおそらく不可能だ。

 城壁をくぐると、中庭があった。

 しかし、手入れされた様子はなく、芝は枯れ、花壇も荒れ放題だ。

 城にまで続く石畳の通路だけが、唯一草が少なかった。

 放逐された城なのだろうか。突如として現れた城にしては風化しているとはいえかなりの年月を感じさせる。


「昔、この城には名のある王が住んでいたそうです。しかし、王位を狙った息子たちの手によって王は毒殺され、その息子たちは王位を継承しました」


 アルグはさも可笑しげに顔を歪ませる。


「その王位を継承した息子たちはどうしたと思います?」


 サラは答えない。


「今度は、その息子たちの間での権力争いですよ! 騙し毒を盛り、闇討ちし! 五人の息子たちはことごとく死んでいった!」


 ひゃははは!アルグは哄笑し、サラの胸ぐらをつかんだ。


「三百年も前の話です・・・俺はこういった話が大好きなんですよ」

「・・・狂っている」


 権力欲しさに王を殺し、またその息子たちも力を求め命を失う。


「この王家には代々紅の竜の加護がありました。その加護を受け、滅亡した王家の者たちは城ごと消えていったのです・・・これは加護ではない・・・呪いなのです」


 王族全てが醜い争いで息絶え、その竜の呪いでこの城は湖から消えた。

 つまりは、この城は二カ月前に突然に現れたのではない。

 もともとあった城は、何百年も前に人の目から見えなくなっていたのだ。


「邪神アヌール様は、この城をえらくお気に召されています。更に力を蓄え、第二の魔界の塔にするには最適の環境と言えましょう」

「・・・・!」


 サラの目が驚愕に見開かれる。

 そんなことになれば、最悪国か大陸が亡ぶ。

 はるか昔、この大陸には八つの国があった。

 国の内の一つ。その国ははるか昔、魔物たちによって失われたと聞いている。


「お、お前は・・自分が何をしようとしているのか分かっているのですか?」 

「分かっていますよ」


 アルグはギラギラとした目で空を仰ぐ。


「みんな死ぬんです」


 アルグは、サラの魔法の杖で望を殴りつけた。

 望は声もなく倒れこみ、サラが慌てて駆けつける。


「その男のことも心配しなくても大丈夫です」

「どうせみんな死ぬんです。私もあなたも生きてもせいぜい五、六十年・・・私が死んでも世界は残る・・それって寂しいじゃないですか」


 なんだその思想は?サラはアルグを睨みつけた。


「だから私は、この世界の終わりを早めたいんですよ」


 意味不明だった。


「だから、あなたたちの死は無駄ではありません」


 アルグの言葉に、サラは応える気力もなかった。



 そのまましばらくすると、二人は城の中央、おそらくは玉座の間に連れてこられた。

 周囲は暗い、周りを見回してもどれくらいの広さがあるのか見当もつかない。

 ひどい臭気がした。何かが腐ったかのような、すえた臭いだ。

 唐突に、中央に火が灯った。

 石畳に反射して、周りの様子が目に飛び込んでくる。

 最初に目に飛び込んできたのは、巨大な竜だった。

 鋼のような光沢をもつ紅の竜。

 これが、この城を守護するという竜なのだろうか。

 いきなり襲い掛かってくるかと思われた竜は、しかしその場から動こうとしない。

 精霊と妖精、物質界において最強の種族といわれる竜。

 そして、竜の前に立つ一人の男。

 一目見るなり、それがかなりの魔力の持ち主であることをサラは見抜いた。

 魔法を使わなくとも、直感でそう感じ取ったのだ。


「ふむ・・・贄として役に立ちそうなのは、その小娘だけか」


 小柄な男だったが、目だけは異様にぎらぎらとしていた。

 年はおそらく六十代。どこか威厳のある顔立ちをした初老の男だ。


「世界は呪いに満ちている。醜い世界だ・・・そうは思わぬか、小娘よ」

「そうは思わないのです」


 サラは言い切った。もう助からないかもしれない。

 そんな思いが、心のどこかにあったが、それでも声を発していなければ、その場に崩れ落ち泣いてしまいそうだった。


「人とは醜い。大きなど漆黒の闇を持っているものだ」


 男は腕をかざした。

 広間の壁に設置された蝋燭台の全てに火が灯り、玉座の間の様子が目に飛び込んできた。


「な・・・・なんだ!」


 望が呻く。

 まず目に飛び込んできたのは、銀色の鎧だった、続いて剣・・剣士の姿。他に魔法使いの姿もある。


「・・・ここに連れてこられた冒険者たち!」


 男の言葉にサラは悲鳴を上げそうになる。望は下を向いたまま動くこともできない。

 全員が氷漬けになっていた。氷塊の中にを閉じ込められた冒険者たちだ。

 

「私の試練に合格できなかった者たち。愚か者の辿る末路だよ」


 殺意、妬みそういった負の感情を隠そうともしない。

 同じ空気を吸っていると思うだけで、吐き気がしそうだった。


「おい、そこの小娘。お前とその男は仲間か?」


 男が聞いてきた。


「・・・違うのです。確かに道中は一緒の事もあったけど、魔力のかけらもないこんな男知り合いでも何でもないのです」


 望はサラを見た。その言葉に驚いたのではない。その真意に驚いたのだ。

 サラは望を逃がそうとしている。

 それが望に伝わった。サラはそう確信している。

 あとは、望がサラの言葉を肯定してくれれば、わずかな可能性だが、彼だけは助かるかもしれない。


「では、そこの男に問う。この小娘はお前の仲間か?」

「・・・・・・・」


 望は答えなかった。

 答えることができなかった。


「そうか・・・ならば、この女がどんな目に合ってもお前には関係ないな!」


 男が腕を振り上げた。

 それだけの動作で、サラの体は後方に弾き飛ばされた。

 短い悲鳴を上げ、サラが石床の上を転がる。続けて放たれる雷撃がサラの体を撃った。

 サラは悲鳴を上げる。


「力ない人間ごときが!」


 望が見えない力に弾かれ壁に叩きつけられた。


「どんなに仲間のことを想おうと、圧倒的な力の前にはひれ伏すものだ!」


 続く電撃が、サラを襲う。

 服の所々が焦げ、火傷の跡が痛々しい。


「ノ、ノゾーミ。逃げるのです」


 顔だけ上げてサラが力なく言う。


「ほう。自分の心配よりも仲間が大事ですか」

「違います。こんな男、仲間ではありません!」

「うるさい!」


 更なる雷撃がサラを襲った。

 サラは再び悲鳴を上げる。

 男はサラを見、次いで望を見た。


「おい、そこの男。お前に問おう。お前はあの小娘の仲間か?

 もし、違うなら見逃してやろう」


 男の言葉に、望の肩がわずかに揺れた。


「約束しよう。私は優しい男だ。お前が仲間でないのなら、お前だけ見逃してやろうではないか」


 これは誘いだった。

 人間の威厳を失わせる甘美な誘い。

 それが分かっていながら、この男は問うたのだ。


 「助かりたいか?」と。


 望は、歯を食いしばり、男を見た。

 そして、傷付きそれでも望を気遣う少女を見る。

 険しかった視線が、不意に和らぎ澄んだ瞳になった。


「サラ、すまないな・・・オレは死にたくないんだ」


 望はかみしめるように言った。

 もうやることは決まっていた。

 どこか落ち着いた目だった。

 今までの何かが、吹っ切れたような瞳。


「ああ、こんな女、オレとは関係ない・・・いや、関係なかった」


 静かに吐き捨てるように望は言い放つ。

 男はにやりと笑う。

 人間の醜悪な部分を見るのはこんなにも美味。


「大学生活で、のんべんだらりと過ごしていたら、いきなりこんなにも分からない世界に飛ばされて、右も左も分からないままこんな女に出会っちまって、オレは本当に運がない!」


 望は、サラの元へと歩み寄る。ゆっくりとサラを抱き起した。


「オレがこいつと仲間じゃないって言えば見逃してくれるってか!そいつはありがたい」


 静かに、立ち上がった。


「でもなあ、ここで逃げ出したら、人間終わっちゃうよなぁ・・・ゲームだったら、セーブポイントでやり直しがきくんだけどなぁ・・・」


 男は首を傾げる。望の言っていることがさっぱりわからなかった。


「決めた!」


 決意の目で、全てを覚悟した目で、サラを見る。

 サラは望を見上げた。


「オレは死にたくない!こんなところで死んでたまるか!」


 涙を流しながら、それでも歯を食いしばる。

 逃げ出したい衝動は常にあった。一人だけでも助かりたいという気持ちは今でもある。

 それでも。

 それでも、自分の事を気遣ってくれるこの少女を置いて逃げることなど、望にはできない。

 人にはどうしても譲れないものがある。

 命を賭して、それでも守らなければいけないものがある。

 それが今わかった。気づかせてくれた。

 この出会ったばかりの少女に、望は教えてもらったのだ。

 望はサラの瞳をのぞき込んだ。


「サラ、お前の気持ちに応えたいけど、やっぱり一人だけ逃げ出したくない。

 すまないけど。オレと一緒に死んでくれ!」


 言うが早いか、望は駆け出した。


「光の精霊よ。

 汝、我が盾と成り給え!」

「なですかそれは、呪文のつもりですか!」


 男は、笑う。望の行動は自暴自棄になったようにしか見えない。

 精霊言語でもない普通の言葉。しかも、聞いたこともない詠唱。

 まさしく無駄なあがきにしか見えなかった。


「紅蓮の炎よ!」


 男は火の玉を繰り出す。

 望に当たるかと思われた火の玉はしかし、望の腕によってあっさりと弾かれた。

 男の目が、驚きに見開かれる。

 望の体は、薄く光に包まれていた。


「身体全体を、光の精霊が守っている・・・」


 サラが呟く。防御魔法だ。気づけば、サラの体も光に包まれていた。


「雷よ。我が剣と成りて、敵を滅ぼせ!ライトニングボルト!」


 望の腕から稲妻が走る。

 稲妻は的確に暗黒騎士の胸を貫き、暗黒騎士は声をあげる間もなくその場に崩れ落ちた。


「一体何が・・・」


 アルグは目の前で起こっている出来事が信じられないまま。その場を動くことができなかった。簡単な仕事のはずだった。

 盗賊を使い、この城に向かう者たちを襲う。

 それで倒せれば金品を奪い。野党を追い払う程度の者たちであれば、城に招き入れる。

 今回のように、力で連行することもあれば、仲間になったふりをして城に侵入する。

 そうやって、何組のパーティをこの城に誘い込んだことか。

 楽な商売だった。

 しかし、それが今音を立てて崩れ落ちていく。


「ちょっと、そこのお兄さん」


 声をした方に振り向くよりも先に、光の精霊の加護を受けた怒りの鉄拳が、アルグの腹と顔面にさく裂した。

 声もなくその場に崩れ落ちるアルグ。


「私の杖を、返してもらえるかしら」


 魔法の杖を握り直し、サラは望の隣に立った。


「サラ、体の方は大丈夫か?」


 サラは大丈夫と小さく頷いた。魔法で弾き飛ばされ、雷撃も食らってはいたが、今は不思議と力が湧いてくる。

 光に包まれているからだろうか、身体中の痛みも時間と共に和らいでいく。

 それに。

 望の隣にいるだけで、心の中まで温まる感じがした。

 負ける気がしない。

 おそらく、目の前にいる男の力は、上級の魔法使いと同等だ。

 竜を従えていることからもそれは分かった。

 だが、望といるだけで、自然と力が湧いてくるのだ。


「さっさと片付けて、街に帰るぞ!」

「了解なのです」


 望の言葉に、サラは力強く応えた。


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