梟の月 4日 最弱勇者と幻の城 その2
サラと望は最低限だけの荷物を持って、城に向かうことにした。
街でも高台や高い建物からでも湖や城を見ることができる。
湖の岸もすぐそこだ。
二人は、湖の岸沿いの道を歩きながら、これからの事について話し合っていた。
日はまだ高い。
どの場所から監視をするかもきちんと決めておかなければいけない。
「それほど大きくない湖だけど、対岸で監視するのはオススメじゃないな」
「そうですね。万が一何かあった時にギルドへの連絡を考えるとあまり離れたところで監視するのは得策ではないのです」
望の言葉にサラは頷いた。
荷物は望が持っている。否、持たされている。
最低限の食料と寝袋それが全てだった。
二日監視して、一日は報告に当てる。
というのが二人の立てた計画だった。
あまり無理をしない。魔物が現れたら攻撃せずにギルドへの連絡を行い指示を仰ぐ。
正直な話、見習い魔女となんちゃって魔法使いでは迎撃はまだ無理だ。
サラのもっともなご意見に望は諸手を挙げて賛成した。
事実、望の魔法には威力がない。
様々な魔法を放つことはできるのだが、その一発一発の威力がどうしても乏しかった。
確かに、人間に対しては効果があった。しかし、魔物に対してはまだ不安が残る。
故に、とにかく無理はしない。
それが鉄則だった。
「今回はクエストの予行練習みたいなものです。成果がなくても、報酬がもらえなくてもそれはそれでいいのです」
サラは望に諭すようにそう言った。
サラにいろいろと教えてから、すぐにでも別れようとしていた彼女の態度はがらりと変わった。
このクエストが終わっても、いきなり別れようという話にはならないはずだ。
まだ少しばかり警戒されているような節はあるが、それでも、最初に出会った頃のような「お前」的な扱いだけはされなくなってきている。
「だいぶ城に近づいてきたのです」
近づくにつれて、その城の異様さが目についてきた。
昼だというのに、城の周囲からは冷気が放たれているようだった。
周囲には魔物の姿は見られない。
街に着いた時に見たよりも近づけば近づくほどにその異様な雰囲気がビシビシ伝わってくる。
城は湖のほぼ中央に立っていた。どのようにしてあのような巨大な城が現れたのか、目撃者もいないことからなんとも言えないが、人外の力によって造られたことだけは分かる。
「・・・いますね。あの城の中に」
はっきりとした口調で、サラはつぶやく。
「いるって・・何が?」
「魔物です」
望の言葉にサラがあっさりと答えを言った。
ひぃ!という望の悲鳴はこの際無視する。
盗賊には出会ったことがある望だが、幸か不幸か魔物にはまだ出会ったことがなかった。
「魔物って、どんな感じなんだ?」
「そうですね。魔物とは悪魔の力を宿した生き物、と言えばわかりやすいでしょうか。魔物が現れた場合は、たとえそれが一匹だったとしても上級の魔法使いでもいない限り太刀打ちできるものではないです」
サラの言葉に、望はやっぱ中ボスくらいは強いのかな?と意味不明な言葉を発する。
「もし出会ったら、どうすればいい?」
「諦めて死んでください」
「あうち!」
無慈悲な一言。
しかし、サラの言葉は嘘を言っているわけでも、誇張しているわけでもなかった。
魔物はそのクラスにもよるが、たとえ一匹でも最悪、街が滅ぶ。
大陸の中央に位置する魔界の塔を警戒しているのはまさにそれが理由だった。
世界の中央に位置し、魔界とつながっているとされる塔。周囲には、腕に自信のある剣士や魔法使いが多く警護に当たり警戒しているのはそう言った理由だ。
出会ってしまえば、サラとて生き残る自信はなかった。
しかし、近くに街がありそこが襲われていないところを見ると出会う確率は極めて低いだろうと思っている。
「しかし、気になるのです」
ギルドのワキルの言葉。
クエストに参加している冒険者は、一体どうしたというのだろうか。
夕暮れ時、空が夕焼けに染まりどこか遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
魔物の鳴き声でないことを確認しながら、サラは「ふう」と息をついた。
「そんなところで、なにをしているんです?」
背後から唐突に声をかけられたのは、サラが夕餉の準備をしている時だった。
魔物に気づかれるといけないので、城から離れた場所で野営をすることにした。
望とは四刻ごとに交代することにしている。
食料は干し肉と途中で摂り集めた果実。夕餉といっても大したものではない。
スープでも作りたいところだが、残念なことにサラにそのスキルはなかった。
その点、望は器用に料理をこなす。
向うの世界で一人暮らしをしていた時に身についたスキルだという。
「インスタントだとすぐ飽きがくる。それに姉ちゃんが自分で作らないとうるさいから」
などと望は言っていたが、サラにはいまいちピンとこなかった。とにかく姉がいることだけは、この時確認ができた。
一度、望の姉について聞いたことがあったが「お、恐ろしい人だよ」とだけ言いガタガタと震え出したので、それ以上聞くことができなかった。
姉に仕込まれているからなのだろうか、望の料理はおいしかった。少ない素材で、美味しい料理を作ってくれる。
今まで、粗食で野宿をしていた頃からすれば、それだけで快適だった。街を出る際に、望はサラにお願いしていくつかの調味料を購入していた。
調味料など買ってどうするのだろうと思っていたが、今ではその意味が理解できる。
肉でも魚でも、ただ焼けばいいというものではない。しっかりと下ごしらえをし、調理することで、それなりに美味しく作ることができるのだ。
この世界の動植物はよくわからない。と言いながら、望はそれでもがんばって調理してくれた。
望にばかり料理をさせるわけにはいかないと、少しばかりの乙女心を出して、今日はサラが夕餉の準備をすることにしたのだが、その矢先、いきなり声をかけられたのだった。
振り返ると、そこには一人の青年がいた。
年は二十代くらいだろうか、剣士風の男だった。腰には大剣を下げている。防具は軽装だった。
「私は見習い魔女のサラ。依頼を受けてあの城を見張っているのです」
最低限の言葉で、サラは説明した。
男の素性は分からない。サラはこの男に気を許していない。わずかな可能性だが、盗賊かもしれない。
魔物である可能性もなくはなかった。
「そうですか、依頼でここに来ているんですか」
男は、どこかいぶかしむようにサラをじろじろと見る。
「あなたは一人ですか?」
「いえ、仲間は五人。そろそろ交代の時間なのです」
嘘を言った。
男は周囲を見回し、ふっと笑った。
「そうですか、それなら心強い。私も同じ依頼でここに来ています。ライバルか仲間か、どっちにしても何も起こらなければ、楽して金がもらえます」
「そうね。そうなるといいのです」
「それじゃ、今度はその仲間も紹介して下さい」
男はそう言うと、森の中に消えていった。
森に静寂が訪れる。
男の気配が消えるのを確認するとすぐに、サラは最低限の荷物を持って走りだす。
目指すは望が見張りをしている場所だ。
望が見張りを行っているのは、野営地からそう遠くはない。
森を抜け通りサラは、すぐに望の元にたどり着いた。
嫌な予感がした。先ほど会った男からは、違和感しか感じ取れなかった。
早めに望と合流し、この場を離れなければいけない。そんな気がした。
森を抜けるとすぐに、望の姿を見つけることができた。
見張りの役なのに、彼はその場に棒立ちになっている。
「ノゾーミ!」
駆けつけるサラの足が止まった。
彼女の目の前には望が立っている。
「・・・ずいぶんと早かったじゃないですか」
振り返る望。その目の前には、先ほどサラが出会った青年と、二人の騎士。
黒い甲冑、兜は顔の全面を覆い、その表情をうかがうことはできない。
漆黒の甲冑。
「暗黒騎士!」
神を崇拝する集団がいるのと同じく、悪を崇拝し、邪神に心酔する者たち。
その者たちの中でも、特に異端とされる存在。
暗黒騎士の一人は抜き身の剣を斜に構え、望に対峙していた。
望は立ってはいるが、膝がガタガタと震えている。
「お嬢さん、先ほどお会いしたばかりですね」
青年がにっこりと笑った。人を見下した卑下た笑み。
「お仲間は五人と伺っていましたが、他のお仲間さんはいないみたいですね」
青年の言葉を聞きながら、サラは歯ぎしりする。
全て最初から見抜かれていたのだ。
そもそも準備していた夕餉、野営の規模からそれは容易に推測できる。
暗黒騎士とは五歩分の距離があるが、呪文の詠唱を終える前に、切りつけられることは明白だった。
それは、望とて同じことだ。
だから、二人とも動くことができなかった。
「私たちを、どうするつもりなのですか?」
サラは杖を放った。魔法使いにとってそれは降伏宣言に等しい。
青年は片腕でそれを受け取りながら。値踏みするように杖を検分する。
「割り切りのいいお嬢さんは好きですよ」
「私はお前が嫌いです」
暗黒騎士に小突かれ、望もサラのところまで連れてこられた。
万事休す。このまま切りつけられれば、終わりだ。
サラは眼だけで周りを見回した。
夕刻近くということもあり、森の中は薄暗い。
しかし、それでも隠れ通すにはまだ無理があった。暗黒騎士の中には、暗黒魔法を使う者もいると聞く。
逃げたところで、魔法を放たれれば終わりだ。それに、杖のない状態では、普通の少女と変わりない。
「何も殺そうなんて思っていませんよ」
その言葉を聞きながら、サラはそれはどうだかと思う。
恐らくだが、盗賊たちを指揮し、サラたちを襲わせたのはおそらくこの男だろうと予想していた。短い道中であれだけの確率で盗賊に出会うなどそうそうあることではない。盗賊にも縄張りというものがある。歩いて三日ほどの距離にこれだけ盗賊が密集しているとは考えにくかった。
「あなたたちには、邪神アヌール様の生贄になって頂きます」
「なんだってええええええ!」
青年の言葉に、望が悲鳴を上げ卒倒しかける。
サラは、そんな望をため息をつきながら支えるのだった。