梟の月 3日 見習い魔女、科学の力を知る その2
風が吹いていた。
それはただ吹いているのではなく、明確な流れをもって、正確に形をつくる。
サラは眉間にしわを寄せ、詠唱を続ける。
額に浮かんだ汗を拭うこともせずに、サラは意識を集中させる。
形ないものを形があるように扱う。
今まで取り組んだことのない高度な作業だった。
もう何度失敗したことか。
それでもめげず、サラは詠唱を続ける。
「そろそろ、いいんじゃないか」
望の言葉にサラは頷いた。
「火の精霊よ。私に力を与え給え。火よ、灯れ!」
それは、何の力もない小さな呪文。初歩の初歩。魔法使いであれば誰でも最初に習得する基本魔法だ。
暗闇を照らすにも程遠い、火花としか言いようがない威力。
しかし・・・
火花が散った瞬間、その輝きは一気に膨れ上がり、周囲を焼き尽くさんばかりに輝き炎を上げた。
轟音が響き渡り、生じた衝撃で吹き飛ばされそうだ。
「・・すごい!」
唱えたサラは目を丸くした。
初めての成功。
望に言われるまま、訳も分からずに呪文を唱えた結果がこれだった。
望はサラに、精霊を見る魔法を教えてもらった。
物質界には精霊が存在する。
それは普段であれば目にすることはないが、事実この世界には精霊が存在しているのだ。魔法使いは魔力を消費し、この精霊を使役する。これが魔法、使役するための命令を精霊に伝えるこれが精霊言語(呪文)だ。
精霊は、その土地などに多く影響されえる。例えば、水辺であれば水の精霊が多く存在するなどといったことだ。
精霊を見ると光の靄のようなものを見ることができた。七色に光るそれが、風の精霊だ。
そのうえで、風の精霊をさらに細分化していった。
精霊の中で燃えやすい性質の精霊を選んで一か所に集めた。
つまりは、「酸素」と「水素」を任意の場所に集めて、あとは火をつけただけ。
酸素と水素は一気に反応を起こし、莫大な威力を発揮した。
もちろん、周囲には風の結界を張っている。
「すごい!すごい!しゅごいです!」
サラが抱きつかんばかりの勢いで、望の手を掴みぶんぶんと振り続けた。
「あ、ああ・・・すごいな!」
望も驚きを隠せない。彼がしたことは一言二言を助言しただけで、あとはサラ自身が行ったことだ。
しかし、それだけで、基本中の基本魔法が、威力を増大させ立派な攻撃魔法になった。
「ノゾーミの助言だけで、威力が上がったのです。理科はすごいのです!」
サラは大はしゃぎだ。
望は改めて、この世界に化学の概念がないことを知った。
それは仕方のないことだった。
今までの魔法のとらえ方は精霊の力を利用して「奇跡の力」を行使している。いわば、燃える物のない所に精霊と精神の力で無理矢理火を作り出しているようなものだ。何の熱源も燃える媒体もない状態で火をつくる。
「無」の状態を「有」にする。
そこにはエネルギー保存の法則も何もないまさしく「奇跡」の御業だった。
しかし、それがかえって魔法という力を阻害していた。
「奇跡」を起こせるが故に、「奇跡」の力の発展を妨げているのだ。
昔、望の世界では「錬金術」があった。魔術を信じ、鉛を金へと変えるまさしく魔法の様なことを実現させようとしたのだ。そして、この思想を妄信し、様々な実験を繰り返した者達がいた。元素という概念が生まれる前の話だ。
結果、鉛は金へと変わることはなかったが、この長年の実験の結果が科学技術の発展に大きな貢献をしたことは言うまでもない。
つまり、望の世界では「科学」が世界の理であり、サラの世界では「魔法」が世界の理なのだ。
望の世界に「魔法」はないが、サラの世界には「科学」も「魔法」も存在する。魔法文化が発達しすぎたが故の盲点だ。
「ノゾーミ! あなたの助言で魔法がパワーアップしました!」
呼び方が「お前」「そこの男」から「あなた」へと変わった。かなりのランクアップだ。
軽い実験のつもりで助言で、ここまでパワーアップするとは正直思っていなかった。それと同時に、サラの精霊言語に対する知識の深さ、理解力の速さに改めて敬服した。理屈を説明することはたやすい、しかし、それを実践することは困難を極める。
いまは、簡単な実験だったが、今後しっかりとした科学の知識をサラが身につければ、末恐ろしいことになりはしないだろうか・・
彼女の真にすごいところは、理解力・応用力だけではない。その内包している魔力の高さだった。
聞けば、通常の魔法使いは一日に使える魔法の数がある程度限られているらしい、それは決まりや規則などではなく単純に魔法に使用する魔力の問題だった。魔法にもよるが、例えば今サラが行っている爆裂の魔法など通常の魔法使いであれば、一日三発放てば、魔力が尽きる。
サラの放つ魔法は爆発のきっかけこそ「火よ灯れ」だが、風の精霊を操り、酸素を集めるというのは並大抵のことではない。しかも、成功するまでかなりの回数詠唱を続けていた。気を失っても仕方のないほどに、今日だけでもかなりの魔法を使い続けているのだ。
「ノゾーミもっと、いろいろと教えて下さい」
額の汗を拭おうともせずに、サラは一番の笑顔でそう言った。