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第四十三回 運命の再会

家斉「異国船は、全て打ち払うべきであると多くの者が考えておるようじゃ。」

茂姫「打ち払い・・・?」

松平乗寛「今こそ、異国船は、一隻残らず打ち払うべきにございます!」

浄岸院(『異国船打払令』。それは日本の領海に現れた異国船を、打ち払うというものにございました。そのことにより、日本は鎖国を貫く道を選んだのでいったのです。)

昌高「異人が薩摩に?」

茂姫『上様に、打払令をおやめになるよう、嘆願して下さいませぬでしょうか。』

昌高「わたくしも、異国がまた更に遠くなるのは嫌にございます。いつかは向こうに渡り、この目で様々なことを見て回りとうございます。それ故、異国船を打ち払うなど、許せぬのです。」

斉宣「そうじゃな。」

浄岸院(しかし文政八年、ついに幕府から打払令が発布されます。)

茂姫「やはり、異国に支配されてしまうのでしょうか。」

家斉「きっと、開国をすることで国の未来が変わると考えている者も、多くおるであろう。そなたの弟達のようにな。」

茂姫「そうでございますね・・・。」

浄岸院(そして・・・。)

重豪「実は長崎で医師を務めているシーボルトなる男が、面会を求めてきておる。」

島津忠方「おじじ様に、でございますか?」

重豪「そなたも、会うてみぬか。」

忠方「はい!喜んで!」

茂姫「わたくしは、この国の美しさが、いつまでも続いていって欲しい、そう思うておる。」



第四十三回 運命の再会


江戸城大奥では、いつものように参拝が行われていた。家斉が帰ると、茂姫も立ち上がり、自室に戻っていった。

茂姫が廊下を歩いていると、後ろから登勢が来て、

「御台様。」

と、声をかけた。茂姫は振り返ると登勢はその場に座り、

「少し、宜しゅうございましょうか。」

と言うので茂姫は、

「何じゃ。」

そう聞いていた。

その後、茂姫は部屋で登勢から話を聞いた。

「水戸徳川家に養子じゃと?」

茂姫はそう聞くと、登勢が言った。

「はい。公方様から相談されたのですが、もしかしたら御台様も何か聞いておられるのかと。」

茂姫はそれを聞き、

「わたくしは何も。」

と言うので、登勢はこう話した。

「水戸徳川家のご当主・斉脩なりのぶ様には今のところ、お子はおられませぬ。斉脩様に嫁いだ峰のためを思うてのことだったのだと思うのです。」

それを聞いて茂姫は、

「そうであったか。それで、峰は何と?」

と聞くと登勢は、

「公方様が二年ほど前、あちら側に持ち掛けたところ、その話は自分達の問題であり、気にかけないで欲しいとのことだったと伺っております。」

そう言うので茂姫は、

「自分の子は自分で生む、それが女子の流儀なのかもしれぬな。」

そう言うのを聞いて、登勢も微笑した。茂姫は続けて、

「わたくし達にできることは、陰ながら見守るということだけのようじゃな。」

そう言うのを聞いた登勢は、

「はい。」

と言い、茂姫を見つめていたのだった。

浄岸院(その年の一一月。島津斉興の嫡男・忠方ただみちが家斉様の偏諱を受け、名を斉彬と改めたのでございます。)

一八二五(文政八)年一一月二一日。忠方は、名前を島津しまづ斉彬なりあきらと改める式を行っていた。その様子を、重豪、斉興も見ていたのだった。

その後、重豪は部屋に斉彬を呼び出し、こう言った。

「そなたはまだ若い。この先、様々な困難に突き当たるであろう。されど如何なる困難といえど屈することなく、自ら向かっていかなければならぬ。此度が、その最初の関門と言ってもよいであろう。」

それを聞いた斉彬は、

「はい!」

と、答えた。重豪は、

「此度の会見、厄介になるであろう。」

そう言うので斉彬が、

「御公儀に、知られてはならぬ、と言うことですか?」

と聞くと、重豪は言った。

「それもあるが、あちらが何を考えておるかじゃ。」

「何を考えているか、にございますか?」

「あぁ。水戸藩ではあの一件以来、異国に対しての嫌悪感、そして異人を討たねばならないと皆が考えておる。まして、攘夷というような風潮まで出てきておる。」

「攘夷・・・。」

斉彬が、そう呟いた。重豪は続けて、

「一歩踏み間違えば、薩摩は他藩からも批判を受けるかもしれぬ。」

そう言うので、斉彬は強い視線でこう言った。

「覚悟しております!父上から教わった異国の文化、わたくしはこの目に焼き付けとうございます。例え誰に何と言われようと、わたくしは己の考えを変えるつもりはございません。」

「よう言うた。それでこそ、わしの血を引いた者じゃ。」

重豪そう言うと、斉彬は嬉しそうにしていたのだった。

その後・・・。

「異人に会う?」

斉宣が、怪訝そうに聞いた。すると重豪は、

「あぁ。斉彬と会う。」

と言うので、斉宣が聞いた。

「そうですか・・・。されど、何故それをわたくしに?」

すると重豪は、

「そなたもどうじゃ。」

と言うので斉宣は少し驚いたように、

「わたくしもにございますか?」

そう聞くと、重豪は言った。

「そなたも、異国についてはよく知っておろう。斉彬に、もっと詳しい話を教えてやって欲しい。」

それを聞いて斉宣は、戸惑ったように言った。

「いや、でもそれは・・・。」

「気に入らぬか。」

「いえ、されど・・・。」

そう言いかけると斉宣は、

「あ・・・。」

と思いついたように言うと、こう言った。

「それならば、わたくしではなく、ちょうどよい者がおります。」

それを聞き、重豪は怪訝そうな顔をした。

更にその後、斉宣は昌高を呼び出していた。昌高が、

「わたくしが?」

と聞くと、斉宣はこう言った。

「そなたしかおらぬのじゃ。頼む。」

それを聞いた昌高は、

「わたくしは構いませぬが、異人に会うのは兄上の夢だったではありませぬか。」

と言うと、斉宣が言った。

「しかし、わたくしは父上に勝るほどの知識を持ち合わせておらぬ。その点、その方であれば人一倍詳しいであろう。」

「はぁ・・・。」

昌高は、少し戸惑ったように答えた。

浄岸院(そして年が明けて、文政九年。シーボルトが江戸に来ることが、まことしやかに噂されておりました。)

一八二六(文政九)年正月。家斉のもとに、また例の老中二人が目通りしていた。

「我々としては、此度の一件、見過ごすわけには参りませぬ。」

松平まつだいら乗寛のりひろが言うと大久保おおくぼ忠真ただざねも、

「そのシーボルトなる者の首を、討ち取りましょう!」

と言った。それを聞いて家斉は呆れ返ったように、

「まだ来ると決まったわけではないではないか。騒ぐでない。」

そう言った。すると大久保は続け、

「奴は二年ほど前から、長崎にて医術を教えているそうにございます。」

と言うと家斉が、

「それがどうした。」

と尋ねると、乗寛は言った。

「それは建前で、この国を偵察に来ておるのではないかと。」

「有り得ぬ。」

「されど、もしもこのまま何の手も打たなかったら、きっとこの国は異国に乗っ取られてしまいますぞ!」

家斉が乗寛を見ていると、乗寛はこう言った。

「鎖国は我が道なのです!異国船をも寄せ付けなかったら、この国は安泰。もし万が一、異国に攻められるようなことがあっても、国を閉じていれば生き延びることができましょう。」

それを聞き、家斉はじっと二人を見つめていた。

そしてその後、家斉は茂姫に相談していた。

「老中達の異人嫌いにも、困ったものじゃのぉ。」

それを聞いて茂姫は、

「上様は、異国はお好きなのでしたね。」

と言うと、家斉はこう言った。

「父上によく怒られておった。」

すると茂姫は、

「上様も、お会いになれば宜しいのではございませぬか?」

と聞くので家斉が、

「誰にじゃ。」

そう聞くと、茂姫は答えた。

「異人にでございます。実際に会って、ご自分の目でお確かめになれば宜しいではありませんか。」

それを聞いた家斉は、

「それこそ、世間は大騒ぎになるであろう。」

と言うので茂姫が、

「されど、上様はそれでよいのですか?確かめもせずに、異国は悪いところだと決めつけられて。わたくしであれば、納得できませぬ。」

そう言った。家斉はそれを聞くと、

「異人に会うべきは、そなたかもしれんのぉ。」

と言うので茂姫は、こう言った。

「何を仰せです。上様がお会いにならなければ、老中達に知らしめることができませぬ。」

それを聞き、家斉は吹き出すように笑った。それを見て、茂姫も笑っていた。

「そなたは、やはり男に生まれた方がよかったのかもな。」

「今更そのような。」

二人はそう言い、共に笑っていたのだった。

その頃、桑名藩では定信の所に文が来ていた。定信はそれを読むと、

「重豪殿が、異人にお会いになるそうじゃ。」

そう言うのを聞いて定永は、

「何と。その異人というのは、噂に聞くシーボルトのことですか?」

と聞くと、定信は言った。

「そのようじゃ。」

すると定永は、

「例の打払令の発令から、攘夷論争が激しくなってきていると聞きます。」

と心配そうに言うと、定信はこう言った。

「あぁ、此度の会見は密会という形になるであろう。」

すると定永は不思議に思い、

「されど、何故それをわざわざ父上に?」

と聞くと定信は、

「他の者には、くれぐれも内密にとのことじゃ。」

そう言うので、定永も安心したように言った。

「島津様と父上は、昔から仲の良い間柄にございますからね。」

それを聞いた定信も、

「あぁ。ただ・・・。」

と言うので、定永は聞いた。

「ただ?」

すると、定信はこう言うのだった。

「此度の対面は、ちと厄介になるやもしれぬ。」

定信は、少し不安を抱いた表情をして前を見つめていたのであった。

そして大奥では、茂姫の所に登勢が来ていた。登勢が、

「あれから、峰から文が届いて、やはり心配せぬようにとのことでございました。」

と、報告していた。それを聞いて茂姫は安心そうに、

「そうか。子というのは・・・、親に常に心配されているもの故な。」

そう言うのを聞き、登勢はこう言った。

「わたくしは、あの子が元気であれば、それで何よりにございます。それ以外のことは、すべてあの子に任せようと思います。」

すると茂姫も、

「それがよいであろう。」

と言うので登勢は、

「はい。」

と言いながら、頷いていたのだった。

そして水戸徳川家では、縫物をしている女性がいた。それは、峰姫みねひめであった。そこへある女が来て、

「またでございますか。」

と言った。すると峰姫は、

「よいのじゃ、唐橋。斉脩様がお喜びになれば、わたくしは身の持つ限り、御奉公したい。」

と言うのを聞いて、

「はぁ・・・。」

そう言って峰姫を見つめていたのだった。

その夜。唐橋はある部屋の前を通った。すると明かりが漏れるその部屋から、男性の声が聞こえてきた。

「次のお世継ぎは、間違いなく斉脩様の弟君・敬三郎様じゃ。」

それを聞き、唐橋はそっと部屋を覗いた。そこには二人の男がいて、話し合っていた。水戸藩士・会沢あいざわ正志斎せいしさいは、

「お二人の間にお子がおられず、他のご兄弟も他藩に出ておられる今、弟である敬三郎様が後を継がれるのが筋というもの。」

と言った。するともう一人の水戸藩士・藤田ふじた東湖とうこは、

「話によれば、敬三郎様の御長女を養女に迎え、清水家の恒之丞様を婿養子にしようとお考えとか。」

そう言うので、会沢が言った。

「しかしそれでは、血筋が遠くなってしまわれるではないか。ここは何としてでも、敬三郎様を推挙するのじゃ!」

「はぁ。」

その話を聞いた唐橋は目を襖から離すと、気付かれないように歩いて行った。

浄岸院(そして時は経ち・・・、会見の日。)

一八二六(文政九)年三月四日、薩摩藩邸。重豪は上座に座り、その横には斉彬が座っていた。重豪は目の前の斉興に、

「留守を頼む。」

と言うと斉興は、

「はい。お気を付けて。」

と言い、頭を下げた。重豪は斉彬の方を見ると、斉彬も笑顔で頷いた。

そして同じ頃、斉宣も昌高を見送っていた。昌高が斉宣に、

「まことによかったのですか?兄上は行かなくて。」

と聞くと、斉宣はこう言った。

「わたくしはよい。やはり、今更異人に会うのは、気が引けての。」

昌高は黙ってそれを聞いていると、斉宣は思い出したように言った。

「昌高。日本は、全ての人間が攘夷を唱えているわけではないと、是非シーボールトに伝えてくれ。」

すると昌高は笑顔で、

「わかっております。わたくしも、同じですから。」

と言うのを聞き、斉宣は安心そうに笑っていた。すると昌高は、

「では、行って参ります。」

そう言うので斉宣も、

「あぁ。」

と答えると、昌高は立ち上がって部屋を出て行った。斉宣は、それをただ見送っていたのだった。

大奥で、茂姫は縁側に座って庭を見つめていた。

斉宣『わたくしは、己のためではなく、薩摩のためにしたことにございます。古い藩政を洗い流し、無理な暮らしを強いられている民を、助けたかったのでございます。』

茂姫『父の代から仕えている者達を薩摩から追い出してもですか!』

斉宣『薩摩は・・・、姉上が思っている以上に今でも苦しい財政が続いております。あれは、言わば仕方のなかったこと。わたくしは、薩摩をもっと楽にしたかっただけなのでございます。』

そのようなことを思い出していると、

「どうされましたか?」

と、後ろからたきが聞いた。すると茂姫は、

「あ、いや。何でもない。」

そう誤魔化し、また庭を眺めていたのだった。

対面は、江戸のオランダ大使館で行われた。重豪は杖をつきながら廊下を歩き、その後ろに斉彬、昌高と続いていた。三人は洋間で待っていると、戸が開いて男が二人入ってくると、その後から背の高いオランダ人が入ってきた。それこそが、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトであった。シーボルトが重豪に近寄り、英語でこう話しながら手を差し伸べた。

「初めまして。お会いできて、光栄です。」

すると重豪も立ち上がって、シーボルト握手した。斉彬も、その様子を目を輝かせながら見ていた。

その後、シーボルト椅子に腰かけ、机越しに三人と向き合った。そしてシーボルトは、

「私は、あくまで日本と交友関係を築きたいと考えています。我々の目的は、医学を通して若者の育成をすることです。そのためには、まずは国を開かなければならない。」

と言った。昌高も、その話を真剣に聞き入っていた。

「我々は、この国と戦争をするつもりはない。あくまで、我が国の素晴らしさを伝えることが私に託された真の目的です。」

シーボルトは英語で続けた。それを、重豪も黙って聞いていた。斉彬は、何かを紙と筆で書き留めていたのだった。

浄岸院(対面は、それからも暫く続いたのでございました。)

一方、茂姫は家斉と会っていた。茂姫は、

「対面?」

と、怪訝そうな顔で聞いた。家斉は、

「あぁ。老中達が言うには、そなたの父上じゃ。」

そう答えた。茂姫は、

「父上が・・・。」

と呟いていると、家斉はこう言った。

「しかし、まさか異人に会うとはな。」

すると、茂姫はこう言った。

「上様。やはり、国を開くべきではありませぬか?」

「何故そう思う。」

「わかりませぬ。されど、前に斉宣殿も言っておられた通り、この国において、もはや異国との交流は避けられぬのです。いつまでも国を閉じているわけには、参らぬのでしょう。」

茂姫がそう言うのを聞いて家斉は、

「そうであったな。」

と言って立ち上がると、こう呟いた。

「直接会うてみるかの。」

それを聞いて茂姫は、

「えっ?」

と聞くと家斉は、

「いや。」

そう答え、部屋の奥へ入っていった。それを、茂姫も不思議そうに見ていたのだった。

そして薩摩藩邸に、昌高は戻っていた。斉宣は、

「どうであった、シーボルトは。」

と聞くと、昌高は言った。

「わたくしは、初めて異人を見ました。それ故か、何か他と違うものを感じたのです。」

「他と、違うもの・・・。」

「あ、兄上が言っておられたことは伝えました。しかしあちらも、できることなら日本国と交友関係を築きたいと申しておりました。」

それを聞いた斉宣は嬉しそうに、

「そうか・・・。」

と言っていると、昌高はこう言った。

「わたくしは、父上に感謝しております。」

「父上に?」

斉宣が聞くと、昌高は言った。

「父上は、幼き頃からわたくしに異国の学問を学ばせてくれました。もし、父上がいなければ、わたくしはこれ程までに異国を愛しておらなかったでしょう。」

「異国を、愛する・・・。」

話を聞いて、斉宣も繰り返した。昌高は、

「それについては、兄上も同じにございます。」

と言うので斉宣が、

「わたくしも、同じ?」

そう聞くと、昌高はこう言った。

「父上のおかげで、異国を好きになったのですから。」

それを聞いた斉宣は微笑して、

「そうじゃな。」

と、少し俯きながら言った。すると昌高は思い出したように、

「あ。そう言えば、わたくしは近いうちに、江戸城に上がります。」

そう言うので斉宣は驚き、

「江戸城に?」

と聞くと昌高が懐に手を入れ、

「これは、兄上に。」

そう言うと、斉宣に書状を差し出した。斉宣は、恐る恐るそれを広げた。斉宣は読み始めると、目を疑ったように顔を上げ、こう言った。

「わたくしが、姉上と・・・?」

それを聞き、昌高も笑顔で頷いた。斉宣はその後も、驚き続けていた。

その後、昌高は江戸城の廊下を歩いていた。

そして家斉の前に平伏していると、家斉がこう言った。

「そなた、異人と会うたと聞いた。」

「はっ。」

昌高がそう答えると家斉は、

「よい、顔を上げよ。」

と言うので、昌高はゆっくりと顔を上げた。家斉は、

「それについて、何かと咎めるつもりはない。ただ、ちと興味を持っただけじゃ。それで、どうであったのじゃ。そなたの感想を聞かせよ。」

そう言うので、昌高は息を吸い込み、話しだそうとした。すると、女性の足音が聞こえてきた。そしてその部屋に、茂姫が現れた。茂姫は懐かしそうな目をして、

「昌高殿・・・!」

と言い、家斉の横に座った。昌高も、それを驚いたようで見ていると、家斉は言った。

「御台は、異国についてわしより興味を抱いておる故の。」

昌高が、

「はい・・・。」

と言って少し戸惑っていると、茂姫は言った。

「わたくしにも、お聞かせ下さい。」

それを聞き、昌高は話し始めました。

「向こうは、日本と戦をするつもりはないようです。あくまで、友好的な関係を作りたいといっておりました。そのため、国を開くべきだと。」

それを聞いた茂姫は、

「やはり、そうでしたか・・・。」

と言うと昌高は続け、

「この国は、一刻も早く打払令を廃止し、異国と交流を深めていかなければならないと思いました。異人を斬るなど、あってはならぬことと存じます。」

そう言うので、家斉は言った。

「仮に、力尽くで開国を迫られてきたらどうする。」

昌高はそれを聞き、

「話し合うことも、大切にございます。」

そう言うので茂姫は、

「よくわかりました。本日はまことに、御苦労にございました。」

と言うのを聞き、昌高は頭を下げた。すると男が一人部屋の前に来ると、

「申し上げます。島津斉宣様と言うお方が、御台様にお目通りを願うてきておられますが。」

そう言うのを聞いた茂姫は耳を疑ったような表情で、

「えっ・・・?」

と呟くと、家斉を見た。家斉は頷くと、茂姫は嬉しそうに立ち上がり、急いで部屋を出て行った。昌高も頭を下げながら、微笑んでいたのだった。

部屋では、斉宣が待っていた。すると茂姫が部屋に駆け込んできたので、斉宣は咄嗟に頭を下げた。それを見て茂姫は笑顔で、

「斉宣殿!」

と、声をかけた。斉宣は躊躇っていると、茂姫は斉宣のすぐ前に座った。

「お顔を。」

茂姫は言うと、斉宣は恐る恐る上げた。そして目に入ってきたのは、茂姫の笑顔だった。茂姫は、

「お久しぶりです。」

と言うと斉宣も俯き、

「はい・・・。」

そう答えた。茂姫は、

「そう硬くならず、以前のように振る舞って下さい。」

と言うので斉宣は、顔を上げた。すると茂姫は、

「わたくしはまず、あなたに謝りとうございます。」

そう言うので斉宣は、

「謝る?」

と聞くと、茂姫は言った。

「わたくしはあの時、あなたの気持ちをわかっておりませんでした。何故あなたが、あそこまでして藩を変えようとなさったのか。後で思えば、わたくしはあなたを傷つけるようなことを言ったと、己を悔いました。それ故、謝りたかったのです。申し訳ありません。」

それを聞いた斉宣は、

「姉上。悪いのは、わたくしにございます。姉上に言われ、目が覚めました。あの時姉上がいて下さったから、わたくしは自分を見つめ直すことができたのです。ありがとうございました。」

と言うので、茂姫は微笑した。茂姫は話を変え、

「時に、父上や昌高殿は異人にお会いしたとか。」

そう言った。すると斉宣は、

「わたくしは、未だにわからぬのです。異国は、それ程までに危険な存在なのでしょうか。何ゆえ、打払令など、間違った道を選んだのでしょうか。」

と言うのを聞いて茂姫は、

「打払令は、間違いであったと・・・。」

そう言うと、斉宣は言った。

「はい。打払令は、間違った選択だったと思います。もっと他に、道はあったと思います。」

「他の道・・・。」

茂姫は繰り返すと斉宣は続けて、

「異国船を無闇に打ち払うより、異国と渡り合えるよう、技術などを取り入れるなどすれば、よかったのではないかと・・・。そうでもしない限り、この国はずっと立ち止まったままにございます。」

そう言うのだった。それを聞いた茂姫は微笑み、

「よかった・・・。」

そう言うので斉宣は思わず、

「えっ?」

と聞くと、茂姫はこう答えた。

「あなたは、何も変わっておりませぬ。いつまでも、あの日のまま、綺麗なお心を持っておられます。」

「綺麗な心・・・。」

斉宣も、そう繰り返した。茂姫も斉宣を見つめながら、あの時のことを思い出した。

『心がいつまでも同じところにいて、前に進めずにいるから、それが憎しみに変わるのだと、わたくしは思います。』

斉宣も同じことを思い出したのか、笑い出した。茂姫は少し不思議がっていると、斉宣は言った。

「姉上も、人をおだてるのが上手なのは、今も昔も変わっておりませぬ。」

「まぁ。」

茂姫もそう言い、笑っていた。そうしていると、夕陽が山に沈み始めているのが見えた。それを見ながら茂姫は、

「このまま、時が止まって欲しいものですね。」

そう言うので、斉宣も暫く茂姫を見つめた後、笑顔で、

「はい。」

と答えていた。二人はその後も、互いに笑い合っていたのであった。

その夜。茂姫は家斉の所へ行っていた。茂姫は、

「上様。」

と声をかけると家斉が、

「何じゃ。」

と答えると、こう言った。

「お心遣い、まことにありがとうございました。お蔭で、楽しい時間を過ごすことができました。」

「そうか。」

家斉はそう言っていると茂姫は、

「どうされましたか?」

と聞くと家斉は、

「家慶の様子はどうじゃ。」

そう聞き返してきた。

「若様の、様子ですか?」

茂姫も、聞き返した。家斉は、

「ちと、そなたを頼りすぎておるのではないかと思うてな。」

そう言うので茂姫は、

「それは・・・。」

と言っていると、家斉は振り返ってこう言った。

「あの者が、大奥に度々出入りしておると聞く。」

「それが、何か問題にございましょうか。あの方がわたくしを頼ってきて下さることで、わたくし自身も多々救われております。」

茂姫は聞くと、家斉がこう言った。

「いや。あやつが、そなた以外を頼ろうとしておらぬような気がしてな。老中達の話を聞くと、あまり相談などを受けたことがないらしい。」

すると茂姫は、

「それが・・・、お譲りになられぬ一因であると。」

と言うと家斉は、

「そうかもしれぬ。」

そう言うので、茂姫はこう言った。

「わかりました。わたくしに、お任せ下さいませ。」

それを、家斉はただ見つめていたのだった。

翌日。茂姫は縁側に座り、考えを巡らしていた。たきが、

「御台様?」

と聞くと茂姫は、

「家慶様が他の者を頼るようになるには、どうすればよいものか・・・。」

そう呟くように言っていると、たきはこう言った。

「御台様は、人のために日々取り組まれておいでなのでございますね。」

それを聞いて茂姫は、

「あぁ。」

と言っていると思いついたように、

「そうじゃ・・・。」

そう言い、たきの方を振り返るとこう言った。

「そなた・・・、家慶様に仕えてみぬか?」

たきは驚き、

「はい?」

と言いながら、茂姫を見つめていた。

その後、茂姫は家斉の所にたきを連れて行った。茂姫は家斉に、

「上様。お願いにございます。この者を、表向きの中臈に挙げて下さいませぬか?」

そう言うと家斉は、

「何のためじゃ。」

と聞くと、茂姫は答えた。

「若様は人を頼らぬというより、母代わりであるわたくしに固執してしまっていると思うたのです。大奥と表を行き来できる者であれば、気軽にお声をかけられるのではないかと。」

それを茂姫の後ろで、たきは聞いていた。すると家斉が、

「よいであろう。」

と言うので茂姫は嬉しそうに、

「ありがとうございます。」

そう言い、頭を下げていたのだった。

そしてすぐに、家慶の所にも行った。家慶が、

「母上の代わりを?」

と聞くと、茂姫はこう言った。

「若様が、わたくしを頼ってきて下さるのは、嬉しゅうございます。されどこのままでは、ご自分のためになりませぬ。なので、これからはこの者を若様にお付けいたします。」

するとたきは手をついて、

「たきと申します。不束者ではございますが、何卒宜しくお願い申し上げます。」

と言うと家慶はたきの方を向いて、

「宜しく頼む。」

そう言うので、たきは頭を下げていた。振り返ってその様子を見ていた茂姫も、安心したような表情を浮かべていた。

その頃、喬子が自室の縁側に座っていた。

『自らお戻りになり、辛かったこととお察しいたします。それ故、暗闇から抜け出すことは、勇気がいたことと存じます。』

茂姫が言ったことを思い出し、溜息を吐いていたのだった。

水戸徳川家では、峰姫が唐橋に聞いていた。

「お世継ぎを?」

すると唐橋が、

「斉脩様のお話を聞かぬうちに、勝手に決めようとしている者達がいるのでございます。」

そう言うので峰姫は、

「何と言うことじゃ・・・。それに、わたくしもまだ子を産めぬと決まったわけではない。斉脩様のお世継ぎは、斉脩様ご自身でお決めになること。唐橋、その者らをちゃんと見張るのじゃ。」

と言うので唐橋は、

「承知致しました。」

そう答えた。峰姫は、不満そうな顔をしていたのだった。

薩摩藩邸では、重豪は縁側に出ていた。

「斉宣が、な・・・。」

重豪はそう呟くと、斉興は言った。

「はい。父上も、嬉しそうにしておられました。」

それを聞いて重豪は部屋に入ると、座りながらこう言った。

「わしも、もう年故、また会いたいものじゃ。」

斉興も、笑顔でそれを見ていたのだった。

その頃、別の部屋の縁側では斉宣は文を読んでいた。

『この間は、夫の取り計らいでお会いできたこと、嬉しく思いました。お次は、どうぞご自分の意志で足を運んで下さいませ。わたくしは、いつでもお待ちしております。また、父上にも宜しくお伝え下さい。どうか、この先もお元気でと。機会があれば、父ともまた会いたいものです。』

それを読みながら、斉宣も微笑んでいた。そして涙が出てくると、それを拭うのだった。それを後ろで見ていた藩士の広郷は、

「如何されました?」

と聞くので斉宣は、

「いや、何でもない。」

そう言って文を畳み、懐に仕舞うと中に入っていったのだった。

そして大奥でも、茂姫は部屋で文を読み、それを置くとこう言った。

「斉宣殿も、きっとわかっておいでなのであろう。父上が、もう許してくれているということを。」

それを、近くにいたひさは聞いていた。茂姫はその後も、嬉しそうな顔をしていたのだった。

その頃、家斉は小部屋へ清茂を呼び、茶を点てていた。清茂が、

「あの話・・・、宜しいのですか。」

と聞くと、家斉は言った。

「別に構わぬ。家慶の次の世継ぎは、政之助と決まっておるからの。」

「はぁ・・・。」

清茂はそう言うと、家斉は言った。

「そこまでして、お美代のまことの父の寺を大きくしたいのか。」

それを聞いた清茂は、

「それは・・・!」

と言って言葉に詰まっていると、家斉は清茂に茶を出すと言った。

「まぁよい。今は、それについてあれこれ聞くつもりはない。」

そして、また茶を点て始めた。清茂は、家斉が出した茶碗の中身を、ずっと見つめ続けていた。

そしてそのことは知らない茂姫は、廊下に出て沈む夕日を眺めていたのであった。



次回予告

茂姫「この国が生まれ変わる日は、そう遠くないのかもしれぬ。」

乗寛「公方様にも、会見を求めてきております!」

茂姫「これは、またとない機会とお心得下さい。」

斉宣「公方様に・・・?」

家慶「父上は、身勝手なのではないでしょうか。」

家斉「わしの気持ちは変わらぬ。」

喬子「わたくしは、間違えておりました。」

治済「あやつは、わしの自慢の息子じゃ。」

茂姫「父上様は、上様を信頼しておられました故に。」

  「日本地図を?」

家斉「シーボルトが、隠し持っておったそうじゃ。」

乗寛「鎖国か、開国か・・・。」




次回 第四十四回「鎖国か開国か」 どうぞ、ご期待下さい!

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