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零れた氷  作者: 哀ノ愛カ
4/10

第三片

シスコンキャラを書きたかったんだけど・・・これは・・・

もう、昼近くだというのにまるで食欲が湧かない。

 数時間前に持って来させた朝食もとうに冷めていた。

机の上に置いていても無駄なので、近くにいた式神に命じて下げさせる。

この間から執務室に籠りっきりになっていた隆世の身体は、食事も喉を通らないほどに疲弊し切っていた。

部屋に誰もいなくなったのをいいことに机に突っ伏す。

式神にさえ弱さを見せられないのは性分ではなく、当主としての重責からだ。

 古い伝統と格式に凝り固まったこの業界で『若さ』は武器にならない。今年で成人を迎える隆世だが、土御門の重鎮達にしてみれば子供以外の何物でもないことだろう。

 着物に身を包み、少しでも威厳を見せようと努力したところで、年齢は取り繕えない。たかが二十歳の若造がと、罵られるのが落ちなのだ。

「随分と疲れてるみたいだけど、大丈夫?」

 視界の端にコーヒーカップを机に置く男の姿が映った。

ぶすっとしたまま隆世は応えない。

普段なら絶対に見せない子供みたいな対応だ。

だが、土御門明臣(ひろみ)は例外だった。

「ご機嫌斜めだなあ。せっかくコーヒー入れたんだから、飲んでよ」「いらねぇ」

「そう言わずにさ」

「いいって言ってんだろ」

 甘えているつもりはないが、明臣の前だとどうしても我儘になる。

 悔しいが、それが明臣に心を許している証拠なのだろう。

「そう、じゃ、僕が頂くよ」

 にこにこと笑顔を撒き散らした優男がカップを揺らす。相変わらず良い香りのするコーヒーだ。

「やっぱ、俺が飲む」

欲望に負けて、隆世はそう言った。

一口含むと、コーヒーの苦みとコクが広がっていく。明臣の入れたコーヒーが一番美味しいなと、つくづく思った。

 と、その時。

「隆世ってツンデレだよね」

 思いもしない言葉を掛けられ、隆世は口に含んだコーヒーを吹き出した。

「お前っ!俺が何だって!?」

「ん?だから、ツンデレ」

「ば、馬鹿野郎!俺がツンデレなわけあるかっ」

「そお?僕はずっと前からそう思ってたけどね」

「前からって・・・」

「んーと、七年ぐらい?」

「それ、初めて会った時からじゃねーか!」

 明臣は「そうだね」などと言いながら、ハンカチを取り出して、机を拭く。

「おい、やめろよ。シミになるだろ」

 動転しながらも、そんなところに気が回るのは几帳面な性格ゆえだ。決して明臣を気遣ったわけではない。

「いいよ。どうせ貰いものだし」

 そう言って、明臣は拭いたハンカチを畳んでポケットに仕舞った。

 その後沈黙が続き、居た堪れない空気が流れる。

「で、何しに来たんだよ」

 隆世が折れて話しかけるが、明臣は応えない。

時計の秒針の音が耳について、居心地が悪い。

「おい、ひろおみ――」

「はい、じゃーん」

 コーヒーを啜りつつ訝しげに問いかけた隆世の声が、明臣の陽気な声に掻き消される。

 と、同時に明臣はテレビのリモコンを手にとってスイッチを入れていた。

『ヒロミンの今日の運勢~!!』

 テレビからこれまた陽気な、しかも聞き慣れた声が聞こえてきた。

 そして画面に映し出されたのは、にこやかな明臣の姿。

「ブッ!!」

 思わずコーヒーを吹き出す。

「あらら、君は僕に何回机を拭かせる気だい?」

「んなことより、お前っ」

 隆世の動揺など素知らぬ顔で明臣は再びハンカチで机を綺麗にする。

テレビの中では明臣が星座占いの解説を始めていた。

「説明しろ!!」

隆世の怒鳴り声に、やっと話す気になったらしい明臣が「ただのお小遣い稼ぎだよ」と言った。

「前々から、テレビ取材の依頼とかもあったんだ。でも、あんま乗り気じゃなくて断ってたんだよね。でも、お昼前の番組のレギュラーになってくれって言われてさ。結構なギャラだし、やってあげてもいいかなーって」

 悪びれもなく、明臣は言ってのける。

 その図太さに呆れながら、隆世はコーヒーを飲んだ。

「よくも、こんなインチキで金なんて稼げるな」

明臣は隆世と出会う前から渋谷を拠点にして占い師をやっている。胡散臭い、インチキな商売で金儲けをしていることに、隆世は快く思っていない。

どんな商売をしようとそれは明臣の自由なので、やめろとは言わないが、良心が痛まないのかと、小言の一つは言いたくなる。

「インチキじゃないよ」

明臣はしれっと言うが、テレビでは『イケメン高校生占い師、ヒロミンくんでーす!』と紹介されているところだった。

「どんだけサバ読んでんだよ」

「心外だなぁ。僕はちゃんと二十六歳ですって言ったんだよ?でもテレビ局の人が『背伸びしたい気持ちは分かるけど、そこは高校生でいこうよ』って。ホント、失礼だよね~」

 さして、不愉快にも思っていないような風情で明臣は言う。

 隆世と明臣の年の差は七つ。出会った時には成人手前の男だったというのに、隆世は明臣を見て、同じ中学生だと思った。

それほどの童顔。本人は一七〇センチはあると言っている身長も、実際には一センチ届いていない。

今では、隆世と明臣どちらが年上かと聞かれれば百パーセント隆世だと言われるだろう。

「ペテン師」

「小悪魔って言ってよ」

「悪魔」

「悪魔じゃなくて、小悪魔ね。悪魔じゃ、本当に酷い人間みたいに聞こえるからさ」

 付き合っていられなくて、隆世は黙った。

 テレビではやっと占いコーナーが終わり、お昼のニュースに移ったようだった。

「ねえ、隆世」

 隆世にその()はないが、実に小悪魔らしい言い方で明臣が呼ぶ。

「何だよ」

「面白いことになってるよね、君の義弟君」

 常に笑顔を絶やさない明臣の表情が僅かに曇っているように感じた。

「ひろおみ、お前どっからそれを」

「『ひろおみ』じゃなくて、『ひろみ』ね」

すかさず訂正を入れてくるところ、余裕はあるようだ。

「何を知ってる。言え」

「今あることの全てを、見ることができる・・・って言ったら、君は信じてくれるかな」

「冗談はいいから早く―――」

「よく聞いて、隆世」

 稀に見る明臣の本気の声音に隆世は黙った。

 何か良くない予感がする。

 陰陽の流れに一抹の歪み。

 だが、それはほんの一瞬の出来事で。

「大丈夫。君が僕を受け入れてくれるなら、歪みなんて生じない。さっきのは、君の僕に対するほんの僅かな猜疑心からきたものだよ」

 明臣に陰陽師としての力はない。そう、出会ったときに説明された―――はずだった。

「お前、流れが分かるのか?」

 素直な疑問が口をついて出る。猜疑心は押し殺しても漏れ出てしまったようで、辺りが再び波立つ気配がした。

「ダメだよ。僕を信じて。君と僕の間に何かがあれば、糺すのは容易ではなくなる。それは僕にとっても君にとっても本意ではない。そうだよね?」

 七年前に明臣に出会った日のことを思い出す。

『君はまだ子供だから分からないかもしれないけど、大人っていうのは汚いんだよ。君の両親が死んだのをいいことに、総会の連中は隅田家を潰す気らしい。このままじゃ君ん家、なくなっちゃうよ?どうだい?僕と手を組まないか?』

馬鹿にするなと、子供扱いするなと、ガキ丸出しで喚いたのはあれが最後。

『ガキはガキだね。泣いたって何も解決できないよ?でも、君が僕のお手伝いをしてくれるって言うなら、隅田家を守れるだけの教育はこれから僕がしてあげる』

 容赦の無い言葉を笑顔で投げつけてくる。

 こいつは悪魔だと、隆世は思った。

 そして、その印象は今でも変わってはいない。

 だが、この悪魔が欲したのは悪魔らしからぬもの。

代わりに俺は何をすればいいんだという問い掛けに、明臣はこう答えた。

『絶対的な信頼。君が僕を何があっても信用すること。約束してくれるなら、僕は君を盲目的に信頼する』

 そんなことは、口約束でどうこうできるものではないというのに、それでも明臣は求めた。

到底信じることなどできなくて、何が目的だと、その本意を問い質すと、ふっと明臣の笑顔が消えた。しかし、それは一瞬のことで、相変わらずの胡散臭い笑みを張り付けて明臣は言う。

『悲願の達成だよ。土御門家と隅田家の蟠りを消すことこそが、僕の悲願』

 土御門家と隅田家。

 元い、安倍家と賀茂家。

 平安中期以降、二大陰陽家として台頭してきた両家だが、その関係は些か血生臭いものだった。

 天文学を専売特許として獲得した安倍家に比べ、賀茂家の活躍は振るわず、常に安倍家の影に隠れざるを得なかった。

政治の実権が公家から武家に変わった鎌倉以降は、両陰陽家共に廃れたが、室町時代、安倍家は将軍お抱えとなって盛り返した。一方の賀茂家は事実上の御家断絶にまで追い遣られることになる。

 江戸時代、新たな将軍の命の下、安倍改め土御門家に加え再興された賀茂家が江戸へ参上したのも束の間。土御門家の力に圧倒され、江戸に移った賀茂家は絶えてしまった。

 そして、明治。京都に残っていた賀茂家の者が家の威信を掛けて再び帝都へと拠点を移した。それが、隆世の祖先である。

 当時の土御門家に姓を変えるならばと言われてまでの上京だった。

また条件として、土御門の娘を嫁に迎えるよう言い渡され、一代目隅田家当主は土御門の血筋と婚礼を挙げている。だが、二人の間に子供は生まれていない。隅田家を守るため、このことはひた隠しにされてきたが、当時から周知の事実となっていたようだ。 

それでも隅田家を取り潰しにしないのは、土御門家の温情らしい。

または、陰陽京総会を警戒したがゆえか。

なんにせよ、土御門家と隅田家は相容れぬ存在として、明治・大正・昭和を駆けてきた。戦後、開祖安倍晴明の血を引く土御門家の者はいなくなったが、分家の縁者やら養子家が集まってできた陰陽総会が猛威を振るっており、それと牽制し合いながら、何とか隅田は生き残っているのである。

千年の蟠りは、山を越え海の如し。

それを、消すなど到底無理なことだろうし、隆世自身、自分の家を守るのに精一杯で、考えもしないことだった。

 だが、明臣はそれを『悲願』だと言う。

それが間違いなく本意であろうことは直感的に察せられた。過信しているわけではないが、陰陽師としての勘は亡き祖父に劣るとは思っていない。

 だから、その直後に言った明臣の言葉も嘘ではないと知っている。

『そのために、とりあえずは君を助ける。そして、行く行くは陰陽総会の連中をぶっ殺すことを目標に、頑張ろうかなって思っているんだ。ねぇ、手を貸してくれるよね、隆世君』

 京都を拠点とした陰陽京総会に対抗すべくできた陰陽総会の構成員は全員が土御門家出身。

 明臣は笑って身内を殺すと言った。

 後々になってから、「やだなあ~。ぶっ殺すだなんて、例えだよ?要は、総会に君臨してるジジイ共を引きずり下ろして、地べたに這いずり回させるってこと。単に殺すだけなんて芸がないよ」などと、弁明にならない弁明をしていたが。

 信用云々よりも、絶対に敵に回してはいけないような気がして、隆世は明臣についていくことにしたのだった。

 だが、それはきっかけであって、七年間の積み重ねで培われたものは、まさしく信頼だった。明臣の術中に嵌ったのか否かなど考えるまでもないほどに、隆世は明臣を絶対的に信用している。

 だから、僅かな揺らぎで流れが変わることなど有り得ない。

 しばらくの沈黙の後、隆世は口を開いた。

「お前が、お前の全てを話すなら、俺はその全てを信じる」

 甘い。

 完全に手懐けられている。

 そんな言葉が脳裏を掠めたが、関係ない。

 隆世が、隅田家当主で在られるのは、明臣の教育の賜物なのだから。

 そして、隅田家を守ることこそが、隆世の本意。

「そう。ありがとう、隆世」

朗らかに微笑んで、明臣は近くのソファーに座った。

緊張が解けた―――そんな風に見える。

あの明臣がかと、意外に思った。

「陰陽師の力がないと言ったのは厳密に言うと嘘なんだ。まずはそれを謝らないとね。本当にごめん。でも、君みたいに式神は使えないし、術も使えない。妖怪退治や悪霊祓いといった点で僕に何かできることなんてないんだ。だけど、陰陽の流れは察知できる。それに星読みも多少はできる」

「それは・・・」

 隆世は驚愕した。

星読みができる。それはつまり、大陰陽師の証に他ならない。

「それぐらいで、驚かないでくれよ」

「それぐらいって。お前、星読みができることがどんなにすごいか分かってるのか!?」

陰陽の流れが分かる者を隆世は自分以外では祖父しか知らない。祖父曰く、相当の力がなければ陰陽の流れを感じ取ることはできないらしい。

そして、星読みはそれの上を行く技。空に映し出された陰陽の流れを見るのである。何万光年という時間の流れを。すなわちそれは、未来を見るということ。

昔から星読みができる者は権力者に欲せられ、人々から崇められた。

大陰陽師、安倍晴明を始めとして。

それ以来、星読みは安倍家、後の土御門家の特権でもある。

「僕はね、隆世。正統な土御門家の血統なんだ。分家の分家の分家らしいけど、間違いなく安倍晴明の血を受け継いでいるよ。あ、でもこれは総会の連中には内緒のことだから、他言無用で」

先の大戦で土御門の陰陽師達も戦争に駆り出された。力のある、それこそ大陰陽師と呼ばれる者もいたというのに、呆気なく戦死したという。

それが―――

「生き残りがいたってか?」

「うん。僕のおじいちゃんはね、同じく星読みができたらしいんだけど、政府のお偉いさんに『絶対、この戦は負ける』って言って、投獄されちゃって。でも、式神で自分の死体を作って、看守がそれを運び出している隙に逃げ出したらしい。土御門家には獄中死ってことで知らせが来たから、死んだことになってね。その後は・・・まあ、いろいろあったらしいけど、最終的に土御門家の分家筋の養子になって戻ってきたそうだよ。陰陽術は一切使えないけど、長年どこそこの宮司をしてました~って素性を偽ってね。術で相貌も変えてたから、誰もおじいちゃんが獄中死したはずの土御門の人間だとは気付かなかったみたい。これを知ってるのは、孫の僕と・・・息子の父さんだけなんだ」

 隆世は黙って聞くしかなかった。

 そんな大事な事をどうして今まで、などと言える気にはなれない。

 『家』の重みを誰よりも知る隆世は、むしろ明臣に対し同情心すら芽生えた。

『家』の矢面に立つことの危険性を考えれば、明臣の祖父が下した判断は正しい。あのご時世に、正統な土御門の者が現れれば、否応なく当主にさせられただろう。その時点で一個人の自由は消える。

同時に、死と隣り合わせの仕事も増える。敵は妖怪や怨霊ばかりではない。組織の頂点は内からも外からも疎まれるというもの。

明臣が常日頃から言うように、土御門家が一枚岩でないのなら、なおさらだ。


本当に―――重い。


その重責から逃げることを卑怯とは思わない。場合によっては、それが賢い選択である時もある。

星読みの決断だ。

最善の策を講じたのだろう。

「ま、所詮は分家の分家の分家の血筋だからね。陰陽術の方はからっきしだよ。おじいちゃんはそこそこだったらしいけど、僕なんか全然。星読みだって、僕が読める程度は高が知れてる。・・・それよりさ。僕がさっき言ったこと覚えてる?」

 明臣はからっとした表情で、隆世に問い掛けた。

 見様によっては、これ以上出自については聞いてほしくないような切り返し方だ。

 そういえば、と隆世は思う。

 明臣の家族の話をきちんと聞いたことがない。

 以前話題に出た時は、父親と上手くいってないような口ぶりだったが。

 長年の秘密を打ち明けてくれた明臣への心遣いとして、隆世は明臣の質問に集中することにした。

「さっき言ったこと?」

―――今あることの全てを、見ることができる・・・って言ったら、君は信じてくれるかな。

 確か、明臣はそう言っていた。

「隆世、僕にはね、千里眼があるんだよ。未来は見えないけど、今、何が起こっているかはどんなに離れていても見ることができる」

「本当か、それ?」

 と言いつつも、星が読めると言われた時ほどの衝撃はない。

 にわかには信じ難いことであるのは確かだが、明臣がそうだと言うのならそうなのだろう。

「本当だよ。今、現在のことなら何でも分かる。今まで僕が妖怪、怨霊の情報、君に流してたでしょ?あれは、全部この目で見てきたことなんだ。未来を予知するわけじゃないから、事後報告になっちゃって、犠牲者がでないと対処できないのが歯痒いところだけど」

明臣はそう言って困ったような顔をした。

そして、

「だから、これも事後報告なんだけど。流君が(はっ)()と共闘して怨霊を倒したみたいだよ」

さらっと、そんなことを言う。

「な、んだって!?」

 先ほどまで冷めた表情で話を聞いていた隆世の顔が強張った。

「ほら」

明臣がテレビの音量を上げる。

『たった今入ったニュースです。今日、午前十一時半頃、京都私立宮古学園で三人の女子生徒の遺体が発見されました。繰り返します。今日、午前十一時半頃、京都私立宮古学園で三人の女子生徒の遺体が発見されました。詳しい情報はまだ入ってきておりません。新たな情報が入り次第、またお伝えします』

慌てた様子でアナウンサーが原稿を読んでいる。本当に今、入ってきた情報なのだろう。

「流君達が怨霊を倒したのは午前十一時ぐらい。現し世ではない世界でやり合ってたみたいだから、断片的にしか僕も把握できてないんだけど。まあ、それで怨霊に連れ去られた子達を生死を問わず皆、連れ帰ってきたみたい。生存者、二人。死者、三人。遺体は流君が教員に報告して・・・そこからはもう、大騒ぎって感じかな」

明臣の説明を黙って聞いていた隆世だったが、怒りを覚えずにはいられなかった。

「何で、今言うんだ。お前、前から流のこと知ってたんじゃねぇのか!?流が白鬼と再会したのはもう随分前のことだろ!?」

しかし、明臣は首を横に振って真面目に「いいや」と答える。

その後、宮古学園について何も触れなくなったテレビを消して、明臣は隆世に向き直った。

「前からなんて、どうしてそんなことが言えるの?さっき僕は言ったよね。今のことしか見えないって。・・・君の方こそ、随分前からのことだって、いつから知っていたのかな?」

 笑みを消して逆に明臣が隆世に問うた。

これほど長く笑っていない明臣の顔を見るのは初めてだ。

その異様さに隆世は大人しく答えざるを得なくなった。

「流が白鬼に会ったと話してきたのは、五月の初めのことだ。百花の友達として近づいてきたらしい。流は一人で片をつけるって言ってたが・・・そのまま何の音沙汰もなかった」

「それで放置しちゃう君の神経を疑うよ」

ぼそりと呟く明臣の言葉が胸に刺さる。

それが気がかりでここのところ執務室に籠っていたなどと、口が裂けても言えないと思った。

「だけど、お前だってそんなことは知っていたんじゃねぇのか?」

「知っていたと思うよ。本来ならね」

 不可解なのはこっちの方だというのに、明臣の方がより不可解そうな顔をして言う。

「現在のことなら全て見える。もちろん、見るものはセレクトして見ているわけだけど。特に隆世や流君の周辺は見逃さないようにしているんだ。いつ何をしたとか、誰と会ったとか」

よく聞いていると、非常に気持ち悪いことのような気がするが、隆世は無視を決めた。

「それに、星読みも欠かしたことはない。今回のような非日常の出来事を察知できないはずはないんだよ。宮古学園を取り巻く陰陽の流れの歪みにも気付けなかったなんて、本当は有り得ない。それがどういうことだか君には分かる?」

 分かるかという問い掛けに、隆世はだんまりを決め込む。

「分からないなら、分からないって素直に言いなよ」

「別にいいだろっ。ああ、分かんねぇよ。これでいいか!?だったら、さっさと言え、馬鹿!」

 当主になってから、無知に対する恥がいっそう強くなった。

 これも『家』の矢面に立つということの弊害か。可愛げがなくていけないと、よく明臣にからかわれている。

「まあ、いいよ。分からなくて当然だし?だって、星読みにしか分からないことなんだから」

と、嫌味な笑みが返ってきた。が、それも束の間。一転して再び真面目な顔で明臣は語り出した。

「未来がね・・・変動してるんだ。昨日、星が示していたこととは違うことが今日起きる。空に映る陰陽の流れが定まっていない・・・つまりね、未来が見えないんだよ。もちろん、未来は日々変わっていくものなんだけど、それにしてもその変化が速すぎる。速すぎて、僕の目では追えないんだ。だから、宮古学園のことが分からなかった。千里眼で見るものの大体は星読みで目星を付けたものだったから。・・・ごめん」

 最後に明臣は隆世に謝った。

 何がどうなって口にした謝罪の言葉なのか理解するのに手間取る。

 だが、ようやく理解した隆世は少し笑ってしまった。

「はっ。馬鹿だな、お前。見えなくなったからって、お前が役立たずになったわけじゃねぇだろが。今となったらお前の悲願は俺の悲願でもある。だから、謝んなよ、らしくねぇ。未来なんて分からないのが普通だ。仮に千里眼もない、本当に普通の人間だったとしても、同じことだ。それでも、お前には総会を引っ掻き回して、悲願を達成できるだけの力はある。そこまで俺が信頼してやってんだ。分かるよな?意味」

―――君が僕を何があっても信用すること。約束してくれるなら、僕は君を盲目的に信頼する。

 あの口約束はもはや鋼よりも硬い絆となっている―――そう感じているのは自分だけではないと信じて。

「もちろんだよ。君が言うんだ。それを僕は信じるよ」

 明臣はやっといつもみたいに笑った。

「それに、変わらないこともある。星を見る限り、まだ前に言った飛騨地方の影は消えてないよ。用心した方がいい。流君には言ってくれたよね?」

 信州、飛騨山地。

近々何かあると、明臣が隆世に知らせに来たのは半月前のことだ。

『流君との巡り合わせが良くないみたいなんだ。気をつけるように言っといてね』という言葉を残してさっさと帰ったものだから、隆世は断る機会をなくしてしまい、結果声も聞きたくない相手に電話を掛けることになったのだ。

そういえば、流の修学旅行先がどんぴしゃだった。

「忠告はしたけど・・・流の修学旅行、信州の登山になったらしい」

何で言ってくれなかったの?といった風情で明臣が溜息を吐く。

「言いそびれたんだよ!でなくても、あの場所は嫌な記憶しかないってのに。しかもその後に流が白鬼に会ったとか、それが百花の友達になってるとか抜かすからっ」

「はい、言い訳しない。君、ちゃんと人に謝るってことできないの?」

 この場においては文句など言えない。

 明臣の最もな意見に「悪い」と短く謝る。

 すると明臣は、声を上げて笑い転げ、「やっぱりツンデレだよ、君」と言った。

「おい、もう用はないんだろ?出てけ」

 一気に不機嫌になった隆世は、部屋の出口を指して静かに怒りを顕にした。

 一瞬でも素直になった自分が馬鹿らしい。

 「はい、はい」と適当に返事をして、部屋を出ていこうとする明臣の背中を見送る。

 扉を開けて、そのまま帰るのかと思いきや、明臣は振り返って「そうそう」と切り出した。

「流君達が倒した怨霊の被害者の中に百花ちゃんもいたんだよねー。大丈夫。ちゃーんと、生存者二名の中に入ってたよ。良かったね~。頭の中にビジョンとして怨霊と百花ちゃんの姿が見えた時はホントびっくりしたけど。ま、助かったんだし、結果オーライ?じゃ、またね、隆世」

 バタンと戸の閉まる音ととんでもない爆弾を残して、明臣の姿は消えた。

「それを・・・最初に言え!!」

 らしいと言えばらしいが。

 さっき自分は何で謝ったんだと本気で後悔し、隆世は天を仰いだ。

 横目に時計を見ると午後一時を超えている。

 さすがに何か食おうと、式神を呼んで食事の用意を命じた。

 無性に腹が減っていた。



*        *         *



 先生を呼んで、警察が来て、質問攻めにあって・・・解放された頃には夕方になっていた。

 玉零と隼の姿はない。後のことは頼むと言って消えたのだ。

 今は百花と共に帰路を歩いている。

「流兄様・・・今日は大変でしたわね」

 百花はあの後、保健室に運んでベッドに寝かせておいた。「音楽室を出た後、急に倒れたから保健室まで運んだの」と、玉零が話しておいてくれたらしい。百花は流達に起こった事情を何も知らずにいる。それが良いのか悪いのかは、正直流には分からない。

「そうだな。お前も倒れたし・・・もう、大丈夫なのか?」

 そもそも、気分が悪くて授業中に音楽室を出たと言うのだから、余計に心配だ。


 いや、心配などと。

 そんな資格はない。


 なのに、

「大丈夫。起きたら学校が大変なことになっててびっくりしたけど、私は平気」

 百花の笑顔で癒される。

 ずるいと思う。自分が。

 都合が良すぎて、嫌になる。

 例え、玉零が許しても、流自身が許せない。そんな過ちをまた犯してしまった。

「流兄様?泣いてるの?」

「え?」

 百花が心配そうな顔をして流を覗きこんでいた。

「あら?ごめんなさい。なんだか、泣いているように見えたから。でも違ったみたいですわ」

 そんな、泣くだなんて。

「あーほら、警察の人に何時間も事情聴取されたしさ。疲れてるんだよ。それでだと思う」

「そう、なの?」

「そうだよ」

 そうだ。泣く権利などとうの昔に失くしているのだから。


―――どうして貴方は、そうまでして無理に心を凍らせているの?

 

それは、凍らせる必要があったから。

 心も、涙も凍らせて、そして、やっとのことで流は立っていられるのだ。

 それを溶かして零すことなど、あってはならない。誰よりも、流が、それを許さない。

 きっと氷雨も―――許さないだろう。


「流兄様。そういえば、修学旅行はどうなりましたの?」

様子のおかしい流の気分を紛らわせようと百花が気を遣ったのか、唐突に話題を変えた。

しかし、それは失敗だ。

「ああ、言ってなかったな」

最近忙しくしていたので、百花ときちんと話す機会がなかった。通学時には玉零が入ってきたし、家では玉無姉妹が騒いでいる。

「信州の・・・北アルプスの登山になった」

 正直に言うと、百花の顔が曇った。

 百花は当時小さかったとはいえ、自分の両親がどこで死んだかぐらいは聞いて知っている。そして、なぜ死んだかも。

「・・・流兄様は悪くありません」

 ぽつりと呟く百花の頭を撫でる。

「そう言ってくれて、ありがとうな」

 感謝と懺悔を繰り返す。

 その心は酷く醜い。

「さ、早く帰ろう。扇さん達が待ってる」

 うんと頷く百花を横目に、流は歩を進めた。



*        *         *



「あ、やっと出た。ちょっと、何してたのよ」

 夕日が沈む、その赤の中を玉零は一人歩いていた。

『すまん。ちぃと離せない用事があってよ』

 携帯電話の向こう側から聞こえてくる友の声は些か疲れているようだった。

「千、貴方何してんの?もしかして危ないこと?だったら私も――」

『いや、いい。大したこたぁねぇよ』

 長年共に妖怪退治をしてきた親友は、笑って玉零の申し出を断った。

「でも、もう解決したわよ?宮古学園の件は」

『そりゃあ良かった。じゃ、玉零。このまま学園にいてくれねぇか』

「は?」

 思いもしない頼みに戸惑う。「何で?」という問いに千歳は「なんでもだ」と、答えにならない返事を寄こした。

「訳分かんないんだけど」

『まあ、そう言わずによ。修学旅行だっけ?学校には楽しい行事もあるみたいだし、な?』

「私、一年生で入ってるから、修学旅行なんてないわよ」

真面目に応えると、千歳は笑い出した。

『違いねぇ。でもそれなら、連いて行きゃあいいだろ?他学年のお友達作ってよ』

昔から不真面目な男ではあったが、こうまで適当な事を言われるとさすがの玉零もいらっとくる。

「もう、切るわね」

本気で電話を切ろうとすると、「待て待て待て」という慌てた声が聞こえてきた。

「何?」

『お前さん、ちょいと前に起こった信州の事件覚えてるか?』

千歳は唐突にそう切り出した。

「え?あの飛騨山脈一帯の妖怪が根こそぎ狩られたってやつ?」

記憶にも新しい。

それも悲惨な事件だったので、なおさら覚えている。

『あの辺りを治めていた妖怪がいなくなって、だいぶ荒れてるみたいだぜ。何でも新参者が現れて住み着いてるらしい』

「新参者って?」

『正体なんざ知らねぇよ。まだ、悪さはしてねぇから放っておいてやってるが。そうだ、玉零。もし、そっちに行く機会があったらよ、調べに行ってくれねぇか?』

機会などと、水臭い。

「今からでも行くわよ?」

『そう言うと思ってたぜ。まあ、もう頃合いか・・・じゃ、頼むわ』

 そう言うと、千歳は電話を切った。

「千の方が信州には近いのに・・・様子を見に行けないほど忙しいのかしら」

 日が落ちる。西の空の赤が消えかかり、街灯が付き始めていた。

「玉零様。探しました」

「ごめん、隼。千と話してたの」

 隼は何とも言えない表情で「左様ですか」と応えた。

 どうも、隼は千歳のことが好きではないらしい。

 数少ない妖怪同士仲良くすればいいのにと、玉零は思う。

 もうこの国に、妖怪と呼べる妖怪はほとんどいない。

 もちろん、今回の宮古学園の件のように怨霊による事件は数え切れないほどある。人がいる分だけ、人の世が心が闇に覆われれば覆われるほど、怨霊は増えていく。だが、怨霊は妖怪の一歩手前の存在であり、きちんとした一個の意識と体を持った妖怪とは違う。

 稀に妖怪となる怨霊もいるが、それは珍しい。江戸の世になる前はそうでもなかったらしいが、玉零の知る例としては千歳以外には思い当たらない。

 そもそも妖怪とは、神に近い存在だ。

 そのほとんどが堕ちた荒ぶる神であり、人に災いをもたらす。

しかしそういった、人間に危害を加える妖怪は、時の陰陽師に、そして玉零や千歳のような者達によって退治されてきた。その他の妖怪はひっそりと山奥に暮らすのみ。多くは争い事を好まず、妖力も弱まった者達ばかりだ。

それが、あの事件で。

七年前の冬。飛騨地方で隠れるようにして暮らしていた妖怪達が滅せられた。

詳細は分かっていない。少なくとも人間ではないように思っている。あれほどの術を使える陰陽師など、この時代にはいないだろうから。

だが、よりにもよって信州とは・・・気が滅入る。

「千の頼みで近々信州に行くことになったから」

「信州、ですか」

「どうしたの?」

 いつもなら二つ返事で「分かりました」と言うのに、聞き返すとは珍しい。

「いえ、修学旅行とやらの行き先も信州だったな、と」

「修学旅行?宮古学園の?」

「はい」

 そういえば、百花がそんな話をしていた。

 『六月に流兄様が修学旅行に行くの』と楽しそうに話していたのを思い出す。

「なーんか、引っかかるわね」

「何がですか」

 思わず呟いた言葉に隼が問う。

「え?ううん。何でも」

 ないと言い切れるか、偶然が重なり過ぎてはいないかと玉零は自問自答した。

 だが、その答えは出てきそうになかった。

 とりあえず「何でもないわよ」と言っておく。

「では、転校の手続きはもう千歳殿の方で?」

「あ、それは・・・」

 どこかに潜入するといった場合、その手筈は全て千歳がやっている。

 昔はこんな面倒なこともなかったというのに、近代化が進んで動き辛くなった。特に近年はセキュリティの問題で書類申請やら手続きやらが多い。

 それらを千歳は人脈と妖怪脈で突破しているのだ。

 妖連合『百鬼』―――数少なくなった妖怪の保護と取り締まり、そして怨霊退治の派遣を引き受けている。

 その会長が千歳なのだが、その千歳がこのまま学園にいろと言っ

た。恐らくは本気で。

 籍は学園に残すつもりなのだろう。

「会長様がまだいろって」

 隼の眉がぴくっと動いた。

「玉零様は些か千歳殿の言いなりになり過ぎていると思います」

「まあ、そう・・・かもね。でも、いいじゃない。私は好きで千に使われてるんだから」

「玉零様!」

従者にとっては堪えられない物言いだったようで、隼が声を上げる。

「玉零様は(しら)()家の御当主で在らせられるのですよ!あのような元人間の下賤な者に使われるなどっ」

隼の言葉に今度は玉零の眉が跳ねた。

 玉零の最も忌避する言葉と、要らぬ重圧が同時に襲ってきたからだ。

「もっと自覚をお持ちになって下さい。本当は、このようなことをしているべきではないはずの御方なのですよ!?」

 隼は追い打ちを掛けるように、その責務を問うた。

本当に―――重い。

白鬼家の当主など。

重くて、玉零には支えきれそうにないというのに、玉零の父は家督を譲った。

今から二年前のことである。

「父上もまだご健在だというのに、酔狂な事をなさったものだわ」

「何をおっしゃいますか。()(かげ)様も玉零様を信頼なさってお譲りになったのではありませんか!貴女様以外に御当主にふさわしい方などおりません。白鷺(はくろ)様でなくとも十分に―――」

口が滑ってしまった、そんなところだろう。

隼はバツの悪い顔をして、途端に口を噤んだ。

「ふさわしいかはともかくとして、私しかいないのなら務めは果たすわ。現に本家の仕事を疎かにしたことなんてないでしょ?だったら、文句なんて言わないで」

何かを言おうと口を開きかけた隼を制す。そして、有無を言わさず、玉零は家路を歩き出した。


千歳が用意してくれたワンルームのアパート。そこで玉零は隼と暮らしている。

予算の関係でその物件しかなかったようだが、今まで文句はなかった。

しかし今日だけは、隼と一緒にいたくないと心から思う。

当主の件に加えて、兄、白鷺の話。

本当にうんざりだ。

そして何よりも千歳に対するあの言い草。

人間を見下した言い方は、もはや言っても聞かないので何も言わなかったが。

『家』のことよりも心が病むのは白鬼の性だ。

 元は人の子だった千歳も、妖怪狩りを生業とする陰陽師も、生き霊となって人を襲う佐々木美香でさえも、愛おしいと感じる。

 玉零にとって、人とは愛すべきものに他ならないのだ。

人間はおぞましく、醜い生き物です―――と、 隼は言うが、妖怪だっておぞましく醜い者もいる。

 だが、贔屓しているのは確かで。

 妖怪の罪は許せなくても、人の罪は許してしまう。

 そんな主人を持った隼も気の毒というもの。

 隼に非はないのに、こうして避けられてしまうのだから。

 兄ならば良かったのかと、当たるのもお門違いだというのに、止められない。


 黒く染まった空に星が瞬く。

ふと、この時代に星読みができる陰陽師はいるのだろうかと、玉零は考えた。

戦後、土御門の本来の血筋は絶えたと聞く。それを考えるにつけても胸がはち切れそうだ。

(恭一郎・・・)

 心の中でそっと今は亡き想い人の名を呟いて、人の命の儚さを憂いた。

 七年前の信州の事件を聞いてもこれほど心が騒ぐことはない。

 何て、自分主義な。


『妖怪殺しの妖怪』

 邂逅した陰陽師に言われた言葉が思い起こされる。自身でも納得できる言い方だったが、人の子に言われるのは案外きつい。

 でも―――

例え、愛する『人』から忌み嫌われようと、変わらずこの身を盾とし、同族を屠っていくのだろう。

 それが、白鬼の宿命。


 その流れは止められない。



*        *         *



 夕日が差し込む。

窓ガラス越しの赤は鮮やかで、黒い影を際立たせた。

「消えちまったな、おめぇさんの怨霊」

 黒い影と会話するのはいつぶりだろうか。

「消えて良かったんやない?もう、しんどかったし・・・これで、私もただの人間。どうする?喰うか?おいしいかどうかは分からへんけど」

「はっ、冗談だろ?俺にそんな趣味はねぇ。俺を何だと思ってんだよ」

「悪魔。鬼。妖怪。そんな類やと思てるけど」

 素直な答えに黒い影は豪快に笑った。

「違いねぇ!でもな、生憎俺は人を喰う種族じゃねぇんだ」

「じゃ、何?どんな種族なん?」

「ま、強いて言うなら、おめぇさんと同族だな」

 率直な疑問の答えははぐらかされたらしい。黒い影は適当な事を言う。

「あ、そう」

そんな様子の私に黒い影はまた笑った。

「それはそうと、おめぇさん、これからどうすんだ?死にたいって言ってたが。今から死ぬのか?」

きっと、この黒い影に頼めば殺してくれるんじゃないかと思う。だけど、

「ううん。まだ死なない」

 今は生きてみたいと思っているから。

文句を言うかと思われた黒い影は、随分と大人しくしていた。

あまりにも返事が遅くて、振り返る。

すると、黒い影はもうそこには無かった。

「もう、会うこともない、か・・・」

 少し惜しい気もする。

 別れの挨拶ぐらいはしたかった。


 私を嗾けて、怨霊にして、人を襲わせて、罪の意識を植え付けて、知り合いの鬼に倒させて・・・。しかも、この鬼がとんでもないお節介さんで。

 私の罪まで背負って、叫んで、生きろと言って・・・。


「自首しよう」

 テレビで宮古学園の事件が報じられていた。

 私は大学進学で東京にいるから、犯行は無理と言われて釈放されるかもしれないけど。

 法が罰しなくても、罪は償っていくつもりだ。

 あの、白の鬼と共に・・・。



これ以来、私の歪んだ未来は、元のあるべき、正しい道に沿って、流れ始めたよ

うに思う。


美香に近づいた黒い影って・・・!どう考えても彼ですね笑

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