棄てられたみどりの見る夢
冷たい雨。
私をここに連れてきた人間たちにとってはそうではないかもしれない。しかし、私の故郷とはあまりにも何もかもが違っていた。
私の母、そして父は、毎日ケツァールをその肩に乗せ、彼らと美しさを競いあっていた。彼らの美しい碧色が、強い日差しに照らされてまるで宝石のようにキラキラと輝いていたのを覚えている。私が彼らを見上げてそれを言うと、ざわざわと豪快に体を揺らして笑っていた。
空を見上げる。
キラキラと宝石のように輝いていた陽射しはそこにはなく、ひたすらに広がる灰色の空から、白い雨
粒が私の体へ降り注いでいた。
なんて冷たい雨なんだろう。
私はため息をついた。ため息と共に体の力が抜けていくのを感じた。
地面には灰色の水溜まりが出来ていた。溺れてしまう事はないだろうが、足元の土を拐っていく水の流れはただひたすらに不愉快だ。
ふと、水溜まりの波紋が収まり、灰色の水面に私のシルエットが写り込んだ。
表情は見えないが、くたびれたような、項垂れたような輪郭はただ情けかった。
そこに、水面が鎮まった原因が写り込んだ。人間だ。
大きな傘が、水面に写る私に被さった。
冷たい雨。
窓を叩く雨粒が硬質な音を奏でる。
どうやらこの雨は人間たちにも堪えるようで、私が立っているテーブルの回りに綿花を詰めて作った布を垂らし、そこに足を、あるいは肩まで身を突っ込んでいた。
中はどうなっているのかはわからないが、足元に暖かさを感じるので、恐らく中も暖かいのだろう。
もう何年になるだろうか。
度々、故郷の姿を思い出しては、懐かしさに惚けている。
空を見上げる…とはいうものの、そこに青空は無く、茶色い天井の真ん中に、小さな太陽がずっとそこに浮かんでいた。
すっと、私の方に手が延びてきた。
私の隣に置かれた黄色い塊がその小さな手に拐われていった。
足元を見ると、つややかに磨きあげられた木の板が小さな太陽に照らされた私の影を写していた。
少し、背が伸びたような気がする。
パチンと音がして、太陽が消えた。
ああ、夜が来た。
強い日差しに照らされて目を覚ます。
テーブルの上から降り、窓に近づいたのは何年前だろうか。
もう、故郷のことなど灰色の記憶になってしまったが、この陽射しの強さはその記憶を呼び出してくれる。
手が伸びてきて、私の足元に水を蒔く。
あの日、私の脇から黄色い塊を拐っていった小さな手が、大きくなって私の足元を濡らした。
「ねぇ、お父さん、水、あげたよ。」
「おつかれさん。それにしても、大きくなったね。」
「私のこと?」
「お前も、その木も。こんなに小さかったのに。」
「この木、そんなに小さかったの?」
「そうだよ。冬になるとこたつ出すだろう?あの上に置いてたんだよ。覚えてないか。」
「覚えてないや。」
「テーブルヤシって言うんだけど、もうテーブルの上には置けないなぁ。普通、こんなに大きくならないんだけどなぁ。」
「いいじゃない。立派で。」
「水しかあげてないのになぁ。」
冷たい雨に打たれたのは、もう、何年前になるだろうか。
あの日、傘をもって現れた男は、私を掬い上げ、家に連れて帰りました。
日を重ねると、あの冷たい雨の日よりももっと、体の端々が凍りそうになるほど寒くもなりました。
今日も私は、四角い窓の側で空を見上げています。
見えるのは青空、あるいは茶色い天井。
灰色は過去にあるだけ。
青空を流れる宝石の様な太陽と小さな太陽。
小さな太陽はちうも突然姿を消して、夜を誘う。
ケツァールの代わりに、大きくなった小さな手が、私の肩を撫でました。
私はさわさわと体を揺らして、ほんの少し、微笑みました。