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第一章 2.「レジスタンス」

第一章 2.「レジスタンス」


 心臓が、痛いぐらいに跳ねている。

 後方へと走る景色を判別できなくなった。キリキリと、巻き付くように感情が僕を締め付けている。

 24式が、もう少しでベースに着いてしまう。見慣れた形の木々が増えてきて、巧妙なカモフラージュを潜り抜けた先が、近づいてきていた。

 あの、大人達の国にまた戻らなくてはならない。そう思うと、悪寒が止まらなくなる。僕は、何を考えている?

 掻き毟るように動く腕を押さえ、深く息を吸う。吐いた息が後方に溶けていくのを見送る。少しだけ心が整った。

 まったく、おかしな話だ。ベースの中では平常にいられるのに。考えるな。帰還する時だけは、僕は何かに捕らわれてしまう。

 いや、だんだんと別の何かに囚われていく。そう、なにか、ひどく肝要な事。

 AJFは正義だ。

 そう、それが正しい。囚われてなんかいない。僕はAJFに救われた。僕はAJFに尽くすべきだ。AJFがなかったら、僕は生きていけない。そう、大人達について行けば、僕らは大丈夫なんだ………。

 いくばか心が落ち着いてきた。

 本当に、おかしな話だ。AJFが正しいなんて、わかりきったことなのに。

 最後の擬装を角張った装甲脚が越え、山中の開けた場所に行き着く。夕方の薄暗いその中に、小さな一軒家が立っている。 コンクリートは劣化し、時の経過を感じさせるようなその家こそが、AJFの長野支部だ。

 24式はその一軒家を通り越し、50m横の、緩やかな曲線を描く山の表面へと歩んでいく。

 残り5mになり、24式が停止した。ホバーユニットがせり上がり、脚部がシャフトを軋ませながら正座のように折り畳まれる。ゆっくりと、下部ユニットのタラップが接地した。

 そのタイミングで、山の表面だったものが、切り裂かれるように滑らかにスライドしていく。現れたのは、戦闘車が充分入れるほどの大穴だ。

 AJF長野支部は地上の頼りない家屋ではなく、その下だ。家屋は出入り口の一つでしかなく、真の入り口は周辺の山に散在している。

 地下に整然と広がっている4階層の大型基地。それは、目下最大の排除目標である仮設政府に一番近く、最前線である長野の砦だ。

 24式から、第6部隊の面々が降りてくる。ただでさえ暗かった顔はさらに暗く、酷くなっていて、みんなが感情を殺している。だが、隊長だけは、怯えを隠せていなかった。震える腕で体を抱き、戦場に居る時とはまるで違う、幼げな不安を晒している。

 入り口のレール脇のドアから、2人の大人が出てくる。屈強そうな大人と、したたかそうな大人。片方は笑っているが、もう1人は明らかに怒っている。大人達を見た瞬間、体が竦んだ。

 こちらに歩み寄り、厳然とした様子で立ち止まった。こちらから報告するのを待っている。

 「第6部隊、ただいま帰還致しました」隊長の声と共に、腕を曲げて額の位置にかざす。AJFの敬礼は、昔の日本と同じものだと、誰かが語っていた。

 「ご苦労、第6部隊の諸君。だがしかし、なぜFindが死んだ?」わざわざ倉崎の区別名称を口にし、あからさまに憤怒の感情を見せびらかす。

 「彼は、敵兵に撃たれまして………」

 「嘘はいい。自殺したらしいじゃないか」Deskの奴、きっかりと報告してたのか。怯えに支配された中なのに、思わず彼の悪意に感歎してしまう。

 「それは、そ………」

 「はい、それは事実です。僕は倉崎の死に居合わせました。倉崎は銃弾に自ら飛び込んでいきました」みんなが僕を見た。大人が、威圧的な足音を響かせて僕の前に来る。

 「燿名、お前は隊長の報告中に口を挟めと教えられたことはあるのか?」

 「いえ………そうでは、ないです…」大人と話す、それだけのことでこんなにも足が竦む。うまく、喋れない。

 「おい、日比谷、それぐらいにしろよ。ぱっぱと話聞いてクルマ入れねぇと」意外にも、助け舟を出してくれたのは笑い顔の大人だった。怒り顔の大人の肩を窘めるように軽く叩いている。

 「………作戦の報告は受けている。結果を復唱せよ」大人が渋々といった体で腕を組む。内心、すこし弛緩した。

 「はい。………新たに発見されたポイントDへ捜索に行き、そこを占拠していた救世教団と思われる民兵10人を排除。その後、廃屋の探索をしましたが、何も発見できませんでした」八神隊長が、恐る恐るといった様子で報告する。

 「了解。基地に入り、各自作業にあたれ」

 「了解です」全員で返し、戦闘車移送路脇の扉へ向かう。24式の片付けは、僕らの仕事ではない。基地内では、普通は戦闘車に触れることを禁じられているからだ。理由は考えたくもない。

 隊長を先頭にのろのろと歩く僕らの横を、24式がシリンダーの音を響かせながら追い抜く。地下一階の整備兼待機用のドックに向かうため、移送路を直進していく。

 甲板に立つ大人の腰にぶら下がるショットガンが剣呑な冷気を僕らに浴びせる。僕らの携帯する銃は帰投するとロックがかかり発砲できなくなる。撃てるのは作戦時のみだ。

 けれど、大人のそれは何時でも撃つことができる。基地内でも平気で引き金を引かれることを知っている僕らにとって、銃は正しく大人の象徴だ。

 ドアを閉め、一時的に大人が見えなくなると、いくつもの安堵の息が重なった。

 会話が紡がれることなく、階段を下り地下3階まで行く。フロアのほとんどのスペースが、少年兵に与えられている。といっても、寝床や風呂、食堂など生活に密接しているモノと女子の作業場だけだが。 当然、大人達の居る2階にあるそれらよりも格段に劣るが、有るだけでも十分だ。下界では屋根も食料もない人間なんて掃いて捨てる程いるのだから。

 入り口前にある休憩用のテーブルでトランプを囲んだ大人達に頭を下げ、入り口を抜ける。3階の四方にある階段全ての入り口には、必ず大人が居座っている。一見関心がなさそうな大人達だが、その眼は間違いなく僕らを捉えている。

 視線に気づかない振りをしながらゲートを抜け、がらんとした通路を進む。長方形の巨大なフロアに十字型の通路が走っていて、フロアを4分割している。居住区は下段のユニットにあり、そこに1500人程の少年兵が暮らしている。

 この基地は元々は自衛隊の基地だったらしく、広大で堅牢な造りになっている。どうやってAJFがこの基地を入手したかは知る術もないが、施設の殆どが無傷で遺されていたのは素晴らしいことだ。

 此処に来る前にいた新潟支部など、目も当てられない有り様だった。地下という気が利いたモノではなく、大半は地上にあるバラックの集まりだった。いくら小規模とはいえ、司令部位しかまともな建物がなく、大人でさえもあまり良い環境とは言えなかったようだ。大人達は,常時苛々していた。 僕らに当てられたモノなど、衛生に一辺の配慮がない蛸部屋で、当然の如く毎日病人が現れた。

 新潟支部は食料も武器も何もかもが劣っていた。戦闘車もなく、満足に武装することもかなわなかった。大人曰わく、最低の支部らしい。

 まあ、僻地だった為か、敵襲は少なかったが。その分積極的に遠征に駆り出され、人員は常に不足していた。減る数に送られてくる数が間に合わず、支部は限りなく崩壊に近かった。

 そして、遂には戦闘車を持ち出した教団に制圧された。捕虜になった時にも死を覚悟したが、あの件もかなり際どかった。

 教団は明らかに過剰な戦力を投入してきて、戦闘車3台に追い立てられた支部の人々はなす術なく負け、離散した。

 あの時、栃木第2部隊に所属していた少年兵は5人いたが、その内3人は目の前で挽き肉になった。

 ゲロを吐こうと屈んでいた為、加工され損なった僕は,第2部隊の隊長を勤めていた八神隊長と宇霧さんと共に長野へと逃げた。筆舌に尽くしがたい、異様な経験を得た末に、犠牲を払い僕らは長野支部へ辿り着いた。

 結局、新潟から逃げ切れたのは2人だけだと、長野支部到着時に聞いた。そうして僕らは、第6部隊に組み込まれた。

 ……新潟支部の事を考えれば、長野支部の生活環境は文句無しといえるだろう。生活環境に限ってはだが。

 「じゃあ、あっちだから私達」八神隊長達女子隊員が、反対側の端にある女子住居区へと歩み去っていく。隊長の後ろ姿は戦場にいる時と違った恐怖が滲みでているが、僕らにはなにもできない。

 唯一、助けようとした彼も今日死んでしまった。

 もう、誰も助ける者はいないのかもしれない。




――――――――――――――――― 




 支部長に呼び出されてたせいで、就寝時間を過ぎてしまった。

 誰の影も見えない十字路を歩いていると、第3フロアの端から時々大人達の笑い声とかが聞こえるが、それ以外はしんとしていて何も音が響かない。

 基地の防音性は高く、起こる事の多くを覆い隠してしまう。

 仮に聞こえても、聞こえない振りをする必要もないが。悲鳴に対し何もできないのは互いに分かっているからだ。

 第6部隊に当てられた部屋に辿り着き、ドアをゆっくりと開ける。全員もう眠りに落ちているようで、すうすうと年相応の寝息が聞こえる。

 部屋に3つ設置された二段ベッドの下段に潜り込む。上段で明らかな狸寝入りを決め込んでいた卜部が大きく身動ぎをしたのがわかった。

 大方、司令の呼び出しを僕が盗み食いの事を密告しにいったとでも勘違いしたのだろう。密告は推奨されているとはいえ、相手の死が見込まれない密告は余り美味しくない。生きていれば逆恨みされるし、些細なことで架空の密告をされては面倒だからだ。 「別件で呼び出されただけで、密告はしてないから」小声で上に囁いても、何一つ返ってこない。少しすると、不自然な振動が消えた。卜部は、少しは安心して眠れるのだろうか。僕に関係はないが。

 それから、しばらくの時が経っても僕に眠りは訪れない。寝なければならないのは理解しているけど、眠ろうと思えば思う程、目は逆に覚めてしまう。

 胸の中に靄が蟠っているようで気持ち悪い。心当たりもなく、目を瞑って睡魔を待つしかない。そうして瞼を閉じて、寝返りを打つ。

 今日、幾つ嫌な事があったか。僕は眠れない夜には、そんな事を数えてみる。追いやられるように数え続けると、いつの間にか勝手に意識がなくなっているからだ。

 今日、僕に悪意を向けた事柄は……あれや……これ……。数え続けていると、ふと肉塊が事切れるあのシーンが目に浮かびカウントに追加された。

 そのまま、目をゆっくりと開けると、主を失った寝床が目に入る。昨日まで、確かに温もりを留めていた筈のそれは、当分の間は冷たいままなのだろう。

 バカな彼の面影を虹彩に焼き付け、記憶に結びつける。僕は彼のようにはならない。AJFと共に、仇敵を仕留め続ける。

 それが正しい人として在り方だ。それが正しいという事は分かっている。

 けれど、彼は僕達と違う何かを持っていた気がしてならない。大人に逆らい続けた事も、八神隊長を助けようとしたした事も、そのせいで大人達に袋叩きにされようとも、自分を変えなかったことも、全部が僕に出来ない芸当のように思える。

 もちろん、真似をする気はない。いかに何かが正しい事象であったとしても、死んでしまっては元も子もないのだから。

 何もできず、中途半端なまま安楽的に自壊を選択した彼を心から軽蔑できる。

 倉崎のベッドに中指を立てると同時に、僕は意識を手放してた。




――――――――――――――――――




 夢の中で、大勢がドタバタ走り回るような音を拾った。音を拾う以前の夢は無く、唐突に現れたようだ。

 階段を上がるように、夢が内容を薄くしながら現実へと近付いていく。

 そうして脳が働き始めたから、僕は身体を起こした。部屋の外からはやはり小煩い騒音が聞こえていた。

 ドアの上に掛かる時計を見ると、午前4時を少し過ぎた頃で、起床時間よりかなり早い時だ。

 第6部隊の面々はまだ睡眠を甘受しているようだ。物音1つ立ってない。

 普段着であり、寝間着でもある制服の上に特種繊維でできた外套を羽織る。この外套は以前の功績により特別に支給されたモノで、一般支給品のそれよりも性能が高い。

 無音でドアを開けると、身なりを指定通りに整えた少年達が静かに歩いている。1のワッペンを縫った彼に話を聞くと、どうやら来賓を迎える為に叩き起こされたらしい。礼を言って部屋に戻り、皆を起こす。

 眠りを邪魔され不機嫌そうに対応した彼らも、大人の命令である宗を伝えたら直ぐに簡単過ぎる支度を始めた。

 全員が似たり寄ったりの格好になり、纏まって少年達の流れに乗る。彼らの表情は硬く、来賓は誰かは誰も知らないようだ。

 階段前に辿り着くと、そこに居た大人達に率いられて地上のダミーハウスへ向かう。

 カモフラージュと外の訓練場の監視を主な目的とするダミーハウスも、それなりに広く作られていたお陰で、エントランスとして使われる事もある。

 ちょっとしたホールぐらいの広さがある入り口に僕らは集められる。どうやら呼ばれたのは第1~第15部隊の者だけのようだ。人数の確認を終えた支部長が、声を上げる。

 「諸君、召集ご苦労。本題に入るが、今日、急な話ではあるが、我らが偉大なリーダーがこの長野支部を訪れる事になった」支部長の歓喜に満ちた言葉が紡がれると同時、エントランスに大きな歓声が響き渡る。もちろん、僕も叫んだ。叫ばない奴などいるはずもない。リーダーが、物部総司令がやってくるのだから。

 「だがしかし!」大きく厳つい声が、少年達の歓声を抑えるように叫ばれた。ぴたりと静かになった僕らに、支部長は急に落胆したかのような表情を見せた。

 「リーダーは、所用で遅れるそうだ。………全国を飛び回る御方だから、仕様がない事だ。諸君らもさぞかし、落胆していることだろう。恐らく、今日は来れない」

 AJFは日本全国に支部を持ち、リーダーはその全てを定期的に訪れるという。残念ながら、僕はいつもタイミングが悪く、リーダー訪問の機会に居合わせたことはないが。

 「だが、リーダーの親衛隊である第88部隊が既に到着している。敬意を表しながら、彼らを迎えようではないか」言葉と共に、観音開きの大きなドアが開けられる。

 瞬時に敬礼をし、身体をきつく固めた。

 ドアから最初に副支部長が入ってきて、後ろに少年少女達が続く。僕らのと違う、装飾のついた制服に、88と描かれた紋章が縫いつけられていた。雰囲気も鋭く、圧倒的な戦闘経験の差を放っている。なるほど、これが親衛隊か。

 15名の第88部隊が綺麗に動作を揃えて整列すると、大人達から惜しみない賞賛が飛んだ。

 支部長の労いの言葉を眉一つ動かさず聞く彼らを敬礼を送り続けながら見る。親衛隊という割には、女子が半数を占めており、意外に感じる。身体こそ細いが、抜き身のように危険なのだろう。普通の少年兵である僕らとは比べ物にならないはずだ。

 リーダーの趣味なのか、全員がかなりの美男美女だ。

 だが、特筆すべきはその瞳だ。形容できない程の、なにかを秘めたその瞳。彼らは、どういう経緯でその色に染めたのだろうか。じっと見つめると、吸い込まれそうになる。何物か分からないが故に、強く引き込まれる………………?

 今一瞬、目があった?いや、瞳は動いてなかった。なら、錯覚だろうか。ほんの少しおかしな気分だ。

 目があったように感じたのは、前列の右端にいる少女の瞳を覗いていた時だ。短く髪を切りそろえているが、右サイドの髪だけは長い。まるで人形のように端正な少女だ。他の親衛隊と同じく、不動の姿勢で直立している。

 だが、見れば見る程になにか不思議な違和感を感じる。

 なにが、引っかかるのだろう。

 

 

 

         

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